7. 腹黒と石頭と私
「ああ……池馬くん…… いつか、いつか、分かってくれると思ってた……!」
ミワちゃんは、池馬・Chara・Haragleyのキレイな顔が後悔に沈んでいるのを、胸を締め付けられるような気持ちで眺めていた。
――― 彼のせいで、学校に行けなくなるほどに傷つけられた。
けれど、ミワちゃんは確かに、彼の全てが…… イケメンな所もお金持ちな所も込みで、大好きで…… もしかしたら、そこが、彼を傷つけたのかもしれない。
――― そうだ、彼があんなことをしたのは、わたしが悪かったんだ……!
もう一度、やり直そう。
今度こそ、本当に、彼を愛そう……!
だって、この人を本当に愛してあげられるのは、わたししかいないんだから……!
それがモラハラ暴力パートナーに溺れていく者の思考回路なのだ、とは気づかぬまま、ミワちゃんは決意を固めて口を開く。
「わたしは、ずっと、池馬くんのことが大好きだよ……! 別れた後も、(恋愛ゲームの中の池馬くん似のケイゴくんに) ずっと夢中だった……。
わたし、池馬くんの心が好きなんだよ。お金とか、顔とかじゃないの。信じて……!」
「ミワちゃん……!」
「池馬くん……!」
そして、ふたりの顔がそっと接近し……
「ちょっと待ったぁぁぁあ!」
接近した池馬の顔を、グイッと押し退け、立ちはだかったのは、遅れてきたヒーロー・間地緒 拓朗である!
「ミワさん、目を覚ますんだ! ソイツは腹の底まで真っ黒なヤツなんだ!」
間地緒は、ミワちゃんと池馬の時間が止まっている間に、mini文字による講習を受けて池馬の企みを知ったのだ。
「そんな……嘘だよ! 間地緒くん、池馬くんを嫉妬して、そんな嘘ついてるんだ……!」
「違うよ、ソイツはミワさんを……!」
「いや、嘘っ!」
耳を塞いで叫ぶミワちゃん。
そこに。
「ひゃっはははは!」
池馬の歪んだ笑い声が、響いた。
「うっわー、笑えるねえ! ケナゲに愛を信じる女の子! 一途で可愛くて…… バカげていて、憎たらしいよ、ねえ……?」
「……! 池馬、くん……?」
呆然とするミワちゃんの足元にて、半回転スピンで作戦成功を喜ぶのは、©*@«とº*≅¿、そして未来miniたちである。
<よし、自白剤はちゃんと効いたようだな!>
<即効性ですからね!>
タイムマシンで時間を止めた彼らは、その間に超強力な自白剤を調達し、池馬に、使用限度の2割増でしっかりと注入しておいたのだ。
池馬がその真っ黒な腹の内を暴露すれば、ミワちゃんも目を覚まし、真のイケメンとは何を指すのかを知るだろうと…… そんな作戦なのである。
「ひゃっははははー!」
薬の効果で、壊れたように笑い続ける池馬。……いや、彼は本当は、ずっと以前から壊れていたのだろう。
「茶番劇は楽しいねェッ……! みぃんな、バカばっかりでさっ!
ねえ、もっと見せてよぉ……っ?」
そんなセリフと共に、壁に立て掛けるようにして置いてあった角材を手に勢い良く振り回す。
「ぐぅっ…… いっ……!」
故意か偶然か、角材は、間地緒の肩に、強く当たった。
肩を押さえて呻く、間地緒…… 脱臼か骨折、だろうか。
筋肉に包まれた左腕がぶらり、と力無く下がっている。
「間地緒くん……っ!」
「うひょひょひょひょぉっ! ほうら、心配したふりキタッ! キモオタを心配してあげるヤサシイオンナノコなのワタシ、ってか?」
「そんなんじゃ……! そんなんじゃないよ!
間地緒くんは、いつもわたしを励ましてくれてた……友達、だから……っ!」
「そぉかいっ……! やぁっぱり、優しくておキレイじゃあん?
んじゃ、そのかわいいお顔が彼氏の俺に潰されても、笑って許してくれるよねェ……? ヤサシイミワちゃん……!?」
「きゃあっっ!」
頭の上から、角材が容赦なく迫ってくる……!
ミワちゃんは悲鳴を上げて、目をギュッとつぶった。
数瞬の、後。
「………………あれ?」
いつまで経っても攻撃がこず、恐る恐る目を開けた彼女が見たのは。
「……ミワさん……絶対……守る……から……」
彼女の代わりに、頭に角材を喰らって失神寸前の間地緒 拓朗。そして、うずくまり、顔の真ん中を押さえて呻いている池馬の姿だった。
「うぉぉぉぉっ! 鼻がっ! 鼻が……っ!」
――― 実はminiたちは、何かの役に立つこともあろうかと面白半分に、『頭だけ骨太君』 なるカルシウム剤を、間地緒に注入しておいたのである……!
その結果、間地緒の頭は、鉄のような強靱さを備えた石頭となったのだ。
そこに当たった角材がへし折れるのは、当然の理といえよう…… そして、折れた角材は人気ファッションモデルの池馬・Chara・Haragleyの鼻に直撃。
――― イケメンの鼻は、あらぬ方向へとねじ曲がってしまったのだった。
「だ、大丈夫? 池馬くん……っ!」
「寄るなぁ……っ! 見たら殺すゾッ!」
「きゃ……っ」
暴れる池馬の手が、ミワちゃんの頬に直撃しそうになった、その時。
「やめろ……ぉッ!」
池馬を止めたのは、失神寸前で朦朧としているはずの間地緒である……!
「君が今、しなきゃいけないのは……! そんなことじゃ、ないだろう……!」
彼は、最後の力を振り絞ってヨロヨロと立ち上がり、池馬を睨み付けた。
「なんだとぉ……っ! キモオタの癖に生意気なっ!」
「オタクは専門知識集団だっ!! バカにするな……ッ!」
「……ハイ、スミマセン、スミマセン! ……って、なんで俺が謝ってるんだよぉぉぉぉっ!?」
それは、間地緒の怒りパワーが一挙に爆発したせいである。
――― バカにされたオタクの怒りは、ヤサグレたチャラ男を跪かせることさえ、できるのだ……!
しかし、間地緒の体力も、既に限界であった。
「……っ! ……っはぁっ……、……っはぁっ……、……っ……」
息を切らしながら、彼は、静かに池馬を諭したのだった。
「……君が今しなきゃならないのは…… 救急車を呼ぶことだ…… できれば、2台……」
「間地緒くん……っ!」
――― 愛するミワちゃんの悲鳴が聞こえたのを最後に、間地緒の意識は途絶えたのだった。