6話
次の日、教室の引き戸を開けると、未来の席の周りには人だかりが出来ていた。名前は知らないが、同じクラスの女の子だ。その女の子達は、代わる代わる質問をしていく。
その中には、
「握手しても良いですか?」
と、まるで街中でイケメン俳優を見つけて、話しかける熱狂的なファンのような女の子もいた。しかし、未来に慌てる様子はない。何故なら、私にとってもこの光景は中学の時からの日常で、何一つ変わっていないのだ。
「咲菜、おはよう!」
「おはよう!」
未来に手を振りながら自分の席に向かい、荷物を机の上に置いて、席に着く。恵一の机を見ると、荷物はなく、席にも誰も座っていない。
数分経つと予鈴が鳴り、未来の周りに居た生徒は名残惜しそうに席へと戻る。未来達と喋っていて気付かなかったが、いつの間にか来ていた恵一は眠そうな顔で着席していた。
朝の挨拶が終わり、授業が始まる。授業と言っても本格的なものではなく、新学期の恒例行事である『自己紹介』だ。出席番号順に始まり、未来の自己紹介に一切の失敗は見当たらなかった。高校一年にして、スターの貫禄が身についている。
私も緊張していたもののこれと言った失敗もなく、自己紹介をこなすことに成功した。
自分の番が終わり、安心しながら自己紹介を聞いていると、恵一の番が回ってきた。緊張する素振りも見せず、黒板の前に移動し、自己紹介が始まる。クラスの視線が恵一に向く。
「戸倉恵一です。出身中学は―――――」
「戸倉君、もう少し大きな声で」
「あ・・・・・・はい」
ちらほらと嘲笑が聞こえる。別に聞こえない訳ではなかったが、先生に指摘され、もう一回やり直した恵一は一回目に比べ、少しだけ大きな声だった。
七崎君の番が回ってくる。緊張は微塵も感じられず、直前の自己紹介が恵一だったこともあり、その声は本当の声量よりもはっきりと聞き取りやすい大きな声に聞こえる。
全員の自己紹介が終わり、委員会決め、係決めが始まる。未来は新入生代表宣誓をしていたこともあり、先生から学級委員に推薦され、全会一致で学級委員になった。そして、その後の委員会決め、係決めの進行を任された。
授業中、恵一を見ると、肩肘を突き、気の抜けた表情で外を眺めていた。せめて、授業に参加しているフリぐらいはしなよ!と言ってあげたい。頭の中でそんな考えを巡らせていると、私の方が話に付いて行くのが難しくなった。話に集中しようと教壇を見ても視界の片隅にチラチラ入る気の抜けた恵一が気になって仕方ない。
委員会決め、係決め、その後の授業も全て終わり、下校の時間になると、誰が言った訳でもなく、私と未来、恵一、七崎君の四人で一緒に下校した。未来と七崎君と別れ、今日も恵一との二人の時間になる。四人で一緒に帰ることになった時からこうなるのではと密かに期待し、待ち遠しかった。
「恵一、ちゃんと先生の話聞いてる?怒られちゃうよ」
「ちゃんと聞いてるよ」
「本当に?」
「本当に」
「そんな風には見えなかったよ」
それから二人で並んで歩き、二人になるまではふあんなに長かったのに、喋っていたら一瞬で私の家に到着し、恵一はいつものように右手を挙げて、こっちを見る。
「また明日ね」
「うん、また明日」
私も恵一に応えるように手を振り、恵一はそそくさと家へと帰って行く。私にとって特別な、恵一にとって当たり前の下校が終わりを迎えると、昨日と同じ寂しさを感じた。