2話
近くにある階段を下り、改札を通ると、新入生とその親で高校まで続く波が出来ていた。その波に乗り、十分ほど歩いたところに私達がこれから通う『私立東上丘高等学校』はある。正門からは一昨年、新築された白く綺麗な校舎が見え、斜め前には『入学式』と書かれた看板が立てかけられている。そこでは写真を撮るための列が出来ていた。
「恵一、咲菜ちゃん、写真撮るよ!」
恵一のお母さんに促され、私達は二人で看板を挟んだ。
「恵一、もっと笑いなよ」
写真嫌いの恵一の仏頂面は変わらなかったが、空の右手をピースに変えた。写真を撮り終わり、お母さんのスマホを覗き込むと、恵一に比べ、私はダブルピースではしゃいでいて、少しアホっぽい。
校内に入ると、私達生徒は教室、保護者は体育館に集合のため、お母さんと恵一のお母さんとはここで別れた。
恵一は校内を物珍しそうに見回している。ピロティを歩いた先には校庭が広がり、嗅いだことのない新鮮な空気を大きく吸う。
周りに視線を配ると、私達と同じ高校一年生に見える生徒が下駄箱前に群がっていた。そこでは先生が何かを配っているようで、私も人を避けながらそこへと向かう。
「ありがとうございます」
紙を受け取り、混み合った下駄箱前を離れて恵一の所へ小走りで向かう途中、もらった紙を見るとそこには沢山の名前が書いてあった。
「恵一、クラス表貰って来たよ」
クラス表を二人で見ると自分の名前を見つける。
「私、三組だ。恵一は?」
「俺も」
「本当?」
恵一の返答に名前を捜すと、やはり恵一は三組だった。
「やった!!恵一と一緒だ!これからもよろしく!!」
「よろしくー」
恵一は覇気のない、棒読みで返したが、私はそれが気にならないほど嬉しく、口元が緩み、もう一度クラス表を確認。再び、口元が緩んで小さくガッツポーズ。
「新一年生は一旦、自分の教室に行って下さい」
先生の呼びかけに生徒は下駄箱を目指して歩き始めた。自分用の磨かれた綺麗な下駄箱に外履きをしまい、上履きに履き替えて群がった生徒はそれぞれの教室へと別れる。
私達も上履きに履き替えると、壁に張り紙を見つけた。
「三組、二階だって」
「うん、分かった」
下駄箱から右に行くと、一組と二組があるらしい。しかし、私達が使う階段は左にあったので、中の様子を見ることなく、階段を上がり、直ぐ左にあった三組を発見する。
「恵一、三組あったよ」
「お、近い。ラッキー」
今日、初めて恵一の表情が少しほぐれた。
「だね!」
私も釣られて顔が緩む。
三組の引き戸は少し空いていて、その隙間に手をかけて、引き戸を開けた。
「咲菜、こっち、こっち」
知っている声に名前を呼ばれ、喜んで名前を呼んだ彼女の席、真ん中より少し廊下側、一番後ろの一つ前の席に駆け寄った。
「良かったぁ。未来も三組だったんだ」
「うん。これからもよろしく!」
「よろしく!はぁ、良かった。また未来と一緒だ。クラスが一緒なのは中一の時以来かな?」
「かもね!」
未来は同じ中学校出身で同じ陸上部。未来を初めて見た時、ショートカットで中性的な整った容姿に一瞬、男の子にも見えたが、スカートを履いていたことで女の子だと気付くことが出来た。もし、この時、スカートを履いていなかったら、女の子だと気付くことはなく、男の子と勘違いをしていたかもしれない。そんな容姿に加え、男の子に負けず劣らずの運動神経の良さも相まって、未来に好意を寄せる女の子は数多い。
「あ、咲菜の席、私の後ろだよ」
「本当?」
「うん。早乙女と瀬川だからね」
「やった。まただね」
座席は出席番号順に指定されていたため、出席番号が続いていた私と未来は席も続いていて、これは中一の時も同じだった。自分の机にカバンを置き、席に座ると、未来は後ろに振り返る。
「南中の子、他に見た?」
「ん~、恵一くらいかなぁ」
「あ~、戸倉」
「そうそう」
私達が通っていた南下田中学校の生徒はこのクラスには私と恵一、未来の三人しか居なかった。
「でも、三人同じクラスで良かったね」
「本当にそう思ってる?」
未来はイタズラを仕掛けようとする子供のようなにやけ顔を見せる。
「どういうこと?」
未来は身を乗り出し、一瞬にして間合いを詰め、耳に吐息を感じる。
「戸倉と一緒だったら、それだけで良かったんじゃない?」
突然の未来の問いに、吐息を感じた耳を抑え、反射的に未来と距離を取る。一気に体温が上がったのが分かり、顔が赤くなったのを悟る。
「な、何で?恵一は関係ないじゃん!」
「本当に~?」
未来は頬杖を突き、首を傾げる。あのにやけ顔で。
「ほ、ほm、本当だよ」
ちょっと噛んだ。
未来のにやけ顔がすっと真剣な表情に切り替わる。
「じゃあ、私が戸倉と付き合っても問題ないよね?」
「え?」