14話
私達が観覧車に乗る時には、空は赤く色づき始めていた。私が先に乗り、後から乗り込んだ恵一は私が座った方とは逆の席に座る。恵一と二人きりの閉ざされた空間に身体が火照っているのを感じた。
上に行くに従って、空の綺麗なグラデーションはより明瞭に彩られていく。恵一はその絵画のように広がる景色を観覧車に付いているバーに腕と顎を乗せ、眺めていた。私にはその光景が恵一も含めて一つの芸術作品のように見えた。
やっぱり、好きだな―――――――。
改めてその横顔をじっくり見ていると、無性に恵一を愛しく思う気持ちが溢れ出る。
私はこの観覧車にどうしても恵一と一緒に乗りたい理由があった。
昔、私達がこの遊園地に一緒に来た時、今回のように恵一と二人で観覧車に乗っていた。その時の私達は二人とも観覧車に乗ったことがなくて、外に居る人が小さくなり、観覧車から見える背の高い建物を次々と追い抜き、どんどんと空へと近づいていく初めての感覚に二人で興奮したことを今も鮮明に覚えている。
しかし、その興奮を一瞬にして、恐怖が呑み込んだ。
私達のゴンドラが頂上に辿り着いた時、急にゴンドラが止まったのだ。
「え、何?何で止まったの?」
急にゴンドラが止まり、幼いながらも嫌な予感を感じた。その感覚は直ぐに現実となり、私達の乗っているゴンドラは風に煽られ、左右に激しく揺れる。
「キャァァァァァァ!!」
何が起こっているのかも分からず、初めて体感する生々しい死への恐怖を受け止めることを出来るはずがなかった。ゴンドラは揺れ続け、収まる気配はない。パニックを起こし、ゴンドラの端でしゃがみ込んで、震えながら泣いていると、一緒に乗っていた恵一が向かいに座り、私の手を握った。
「大丈夫!僕が一緒にいるから!」
「イヤだ!!怖い、怖いよ!!」
「大丈夫、俺がいるから!」
「怖い・・・・・・・。死にたくないよぉ・・・・・・・」
「大丈夫!死なないから、安心して」
「でも・・・・・・・・」
「大丈夫だから、ね?」
この時の、恵一の光り輝いて見えた瞳を私は一生忘れることはないだろう。それまで、頼りがいがある訳でもなく、どこか抜けていて、積極性のない恵一に異性としての魅力を感じたことは一回もない。
「もっと・・・・・・近く来て」
私が溢れた涙を拭いながらお願いすると、恵一は膝立ちをして、私を自分の胸に抱き寄せる。
「これ以上は無理だよ」
急に恵一に抱きしめられ、今まで恵一に抱いていた感情とは別の何かが生まれているのに気付く。それは決して嫌なものではなく、とても温かく、幸せなものだった。
この時からだろう、私は恵一のことしか見えなくなっていた。
恵一はたまに頭を撫でてくれて、それまでの恐怖から少しずつ落ち着きを取り戻すことが出来た。しばらくすると、謝罪のアナウンスが流れ、それと共に観覧車は再び動き出した。地上に着くまでの間、私達はずっと手を繋ぎ、たまに私がハグをねだると、恥ずかしがりながら応じてくれた。
このことを恵一は覚えているのだろうか。さっきは覚えているようなことを言っていたが、どこまで覚えているかは定かじゃない。この後、成長していくに連れて、恵一とは疎遠になっていたが、あの時のことを思い出すと、嬉しくて、恥ずかしくて、いつも顔が解れてしまうのだ。
この感情が芽生えた時と同じ状況にいる私の頭の中は恵一を想う気持ちで埋め尽くされ、今にも溢れそうになっていた。目を逸らすことが出来なくなっていた私の視線に恵一が気付く。
「ん?何?」
恵一と目が合ったその瞬間、私の体は無意識に動き、恵一の唇にキスをした。