アルバートside
俺の名前はアルバート・フローライト。ミドライト王国の東部の領地を治めているフローライト家の当主だ。
王都からも離れているこの領地は、代々このフローライト辺境伯家が守ってきた。
昔海を超えた先にあるイースト王国と戦争した時もこの領地を超えることさえ許さず、その栄誉を称え、辺境伯という地位をもらった。
ここ、フローライトでは力がすべてだ。大切なものを守るには力が必要だ。剣でも魔法でもフローライトの者は強いものが多い。
色々な種族が住むこのミドライト王国の中でも、魔物の数が圧倒的に多いフローライトだが、その被害数はほとんどなかった。きっと大きな被害に遭う前に討伐し、被害を最小限に抑えているからだろう。
そして、今日もSランク級の魔物が出たという情報を聞いて、討伐して帰っている途中だった。
「…アル、あれ何かしら?」
後ろに座っている俺を振り返って、そう問いかけたのは、俺の妻であるオリヴィア。魔物が多く出るフローライトの森で昔から暮らしていた民族の一人で、昔狩りの途中で俺が一目惚れしてもうアタックした。狩りの腕前や武器の扱いは俺に負けず劣らずで、討伐にもよく参加してもらう。今日も参加してもらっていた。
「なんだ…あれは…」
リヴィが見ていたのは、フローライトの屋敷がある方角。その空には、見たこともない明るい光を発するものがものすごい勢いで飛んでいた。
思わずリヴィと二人で乗っていた俺と契約している聖獣である白虎・シトラの足を止めていた。俺の後ろにいた部下たちも一緒に立ち止まる。
その光るものは、スピードを緩めることなく落ちていく。どんどん高度を下げたそれはそのまま遠くの森に消えていった。
『アル、あの光が落ちたところへ向かうか?』
シトラのその問いかけにハッと気がつく。
私やリヴィも含め、皆が今の光に驚き固まっていたみたいだ。
「そうだな…何が起こったのか確認しないといけないな」
「私も一緒に行くわ」
「…わかった。ひとまず俺たちだけで様子を見てこよう。皆は先に屋敷に帰っていてくれ」
あれがなんなのかわかっていない今、討伐のために集めた部下たちは人数が多すぎるだろう。もしも魔物だった時に下手に刺激はしたくない。リヴィと二人だけで行って、様子を見てくるだけでいい。そのあとのことは、あれがなんだったのかを確認した後で判断しよう。
俺の優秀な部下たちは、俺とリヴィの二人だけで危険なところへ行くのにいい顔はしなかったが、なぜその判断に至ったのかは予測できたのだろう。渋々だが俺たちとはわかれ屋敷の方へ帰っていった。
「シトラ、どこに落ちたのかわかるか?」
『あぁ大丈夫だ。その近くまで一気に飛ぶぞ』
シトラのその言葉に頷いて、リヴィが振り落とされないように腕に力を込めて支えた。
『行くぞ』の声と共に、空間が歪む感覚がする。次に目を開けた時には、森の中にいた。
『この先だ。…気配からすると魔物ではないだろう。たくさんの精霊の気配がする』
「精霊?どの属性だ?」
精霊の最上位である聖獣のシトラは精霊の気配も正確に読むことができる。
属性とは、この世界で使う魔法の種類だ。風・水・火・土・光・闇の6つがある。
強さは10段階。2種類以上の属性がある一定の強さを持ち、練習すると掛け合わせた複合魔法というのも使えるようになる。
『属性は……6つすべてだ。すべての属性の精霊が大量にいる』
「すべての属性?」
「…それも大量に?光や闇も?」
昔と比べて精霊の数が減ったこの世界では、すべての精霊を偶然一気にみることはほとんどできないだろう。比較的精霊の数が多いフローライトの領地でも元々少ない光と闇の精霊を見かけることは珍しかった。
俺の隣で辺りを警戒しながら話を聞いていたリヴィも驚いたように声を上げた。
小さい頃から俺よりも精霊に会うことの多かったリヴィにしてみれば、光と闇の精霊に出会うことは驚きなんだろう。
『…光と闇も他の4つよりは少ないが、たしかにいる。喜んでいるものも怒っているものもいて…正直何があったのかわからない』
聖獣であるのにわからないことが悔しいのか、シトラが少し落ち込んだように頭を下げた。
俺はそんなシトラの頭を撫でる。
「…とりあえず、見てみるか」
「ええ、何かを確認しないと始まらないわ」
「ゆっくり慎重に行こう」
俺は剣を、リヴィは弓矢を構えて、シトラの指示通りに歩き出す。少し歩けば、さっきの光が落ちたであろう木々が倒れ、開いた空間が見えて来た。
「…アル、あそこに何かいるわ。精霊たちもたくさん」
「あぁ…ここからじゃあまだよく見えないな。精霊たちが多すぎる。もう少しだけ近づこう」
そう言った瞬間だった。
「ねえ、ここどこかしってる?」
そう周りの精霊たちに問いかけた幼い少女が見えたのは。
見たこともないほど真っ白な髪。その髪に負けないくらい同じく白い肌。瞳の色は見えないが髪や瞳の色が白に近いほど魔力が多いと言われているこの世界で、その幼い少女の魔力が果てしなく多いのは明確だった。
そして、もっとも目を引くのは…その背中から生えた真っ白な翼だった。
「…ここで何してるんだ?」
小さな子供をもつ親として、こんな小さな子をこのままにしておくことなどできない。
リヴィもそう思ったのか、女の子に一歩近づいてそう問いかけた俺を止めなかった。
驚いたように俺を見上げるその子は、瞳に涙を溜めていて。溢れ出した涙はポタポタと地面に落ちた。2歳くらいに見えるその子はボロボロのワンピースのような服を着ていて、体を支えている腕は折れそうなくらい細かった。
俺は怖がらせないようにゆっくりと近づいていく。
「こどもか?お父さんやお母さんはどうした?」
『ちかづくな〜!』
『アテナをきずつけたらゆるさない〜!』
その時、女の子を庇うように周りにいた精霊たちが一斉に前に出た。そして警告してくる。
それはシトラの言っていた通り、6つの属性の精霊がいた。
「精霊がこんなに…どうなってるんだ…?」
『あれ?このひとぼくたちのことみえてる〜』
『ほんとだ〜じゃあまりょくがつよいってこと〜?』
思わず出た俺の言葉を聞いて、精霊たちが驚いたように話している。そして、女の子の肩や頭に乗って、話しかけている。それと同時に俺たちを警戒していた精霊たちが少し警戒を解いたのがわかった。でも、女の子はさっきと同じように俺やリヴィを見て怯えている。
空を見ればもうすぐで完全に日が沈み切るところで、夜になったら冷えるこの森からこの小さな女の子を連れて出ていきたいと思った。場所によっては凍えるほど寒いこの森は、女の子の体には厳しすぎるだろう。
「大丈夫だ。俺たちは怖いことしないぞ」
「、やっ!」
早く連れて帰りたい。その気持ちが溢れていたのか、思わず早くなってしまった足と、伸ばしていた手を見て、女の子はパニックになったように暴れ出した。
痛くないように気をつけて抱き上げる。
「大丈夫、大丈夫」
『だいじょうぶだよ〜』
『こわくないよ〜』
周りにいる精霊たちも一緒になって声をかけてくれるけど、落ち着く様子はない。
「アル、私に任せて。とりあえず屋敷に戻りましょう。もうそろそろ寒くなるわ」
「…ああ、そうだな。精霊たちも一緒にフローライトの屋敷へ行こう」
『うん!いく〜!』
女の子をリヴィに渡し、不安そうにしていた精霊たちにも声をかけて、シトラの元へ向かう。
シトラの背中に乗った時には、リヴィの腕の中にいる女の子は落ち着いて。
精霊たちは聖獣であるシトラに驚いたけど、シトラはわかっていたのか特に気にする様子もなく、屋敷へと転移してくれた。もちろん精霊たちも一緒に連れてきてくれた。
「今、帰った!子供用のベットを一つ、俺たちの寝室へ用意してくれ。それからセリシアを呼んでくれ」
どこかから俺たちのこと見ていたのか、ちょうどいいタイミングで開いた扉から屋敷へ入り、近くの侍女に声をかける。俺たちを出迎えてくれた侍女や従者たちは、リヴィの腕の中で意識を失ってしまっている女の子と大量の精霊を見て驚いたような顔をしたが、すぐに「おかえりなさいませ」と礼をして各々仕事をし始める。
「リヴィ、とりあえずセリシアに見てもらおう」
翼があるだけで、他は俺たちと同じように見える女の子は、誰に診せたらいいのかわからないがひとまず医療の知識があるセリシアを呼んだ。セリシアはリヴィが信頼している侍女だから信頼できるだろう。
奥へ行くと寝室へと繋がっている家族のリビングのような部屋でセリシアを待つ。
小さな暖炉に魔法で火をつけて、その前に女の子を寝かせた。もちろんふかふかの毛布を何枚も重ねた即席ベットの上に。リヴィは熱がないか確かめていた。
「ねえ、アル。この子、熱はないけど体温が低すぎよ。34.5℃しかない。そもそも平熱がわからないわ」
「平熱か…わからないと熱があるかの判断もできないな」
「ええ…とりあえず呼吸は穏やかだし、大丈夫だとは思うのだけど…」
リヴィがそう言った時、ノックの音がしてセリシアが入ってきた。
「アルバート様、オリヴィア様、おかえりなさいませ。それで御用のほうは…」
セリシアは言いながら女の子が目に入ったのか、驚いて動きが止まった。
「セリシア、この子を診てあげて。熱は計ってみたけど、34.5℃しかなくて平熱はわからないの」
「…かしこまりました。失礼いたします」
セシリアは女の子の横に座った。そして首筋に手を当てて脈を確かめた。
リヴィも心配そうに女の子の手を握る。
「…どう?大丈夫かしら?」
「…はい。人を基準として考えれば大丈夫だと思います。呼吸もちゃんとできているようですし。熱に関してはわからないですが、今日は暖かくして眠りましょう」
「ええ、わかったわ。セリシアありがとう」
セリシアが部屋から出て行った後、俺も女の子の隣に座ってその小さな手を握った。
「リヴィ。俺たちもそろそろ寝る準備をしよう。こどもたちにも会いに行かないと」
言いながら女の子の頭を優しく撫でる。
思い出すのはちかづく俺をみて怯える女の子。何か怖い思いをしたんだろう。震えて顔を歪めて苦しそうに息をして。折れてしまいそうなくらい細い腕や足。小さな体。
守ってあげなくてはならない。ひと目見た瞬間そう思った。
「…そうね、こどもたちは…今日はみんな一緒に寝てもらいましょう」
いつも一緒に寝ている末の息子を一番上の息子に預けて、女の子をリヴィとの間に寝かせる。
穏やかなその寝顔を見て、ホッと息をつく。
「…かわいいね」
「ああ、かわいいな」
その背中に翼があったとしても、この子が人じゃないとしても、守ってあげたいという気持ちは変わらない。
この子がどうか穏やかに眠れますように。
そう願いながら目を瞑った。