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チルドレン  作者: 稗桜晶
1/1

第1話 嵐帝の十和

   プロローグ


 夜の闇に包まれた霊園(れいえん)に殺気という気配が立ち込む、その場には外見年齢十代くらいのセーラー服の少女が、約全長三メートル近くはある巨大な牛の怪物が、追いかけている。

「だ・・・誰か、助けて・・」

 必死に逃げる少女。

 辺りには誰もいない。息も切れ始め、死と言う恐怖に怯え、涙目で逃げ惑う。

「グルルル!」

「ギャアアッ!」

 少女は怪物のうねり声で足元をつまずいて転んでしまった。

 立ち上がろうと体を起こす。しかし、へとへとに植えた少女に力が入らない。

「ガルルアアアア!」

 怪物は大口を開けて、少女を丸のみにしようと近づく。

 もうどうにもならない。怪物に食い殺されてしまう。

 日常じゃそうそう訪れない死の恐怖が、こんなにも壮絶だなんて考えたこともない。

 死んだらどうなっちゃうんだろ、苦痛を味わいながら朽ち果てるのかな。

(そんなの・・・そんなの嫌だぁぁぁぁぁ!!!)

 少女は叫ぶこともできずもがきながら心の中で(なげ)く。だが魔獣(まじゅう)は少女の気持ちを踏みにじるように、頭上に足を上げる。

 両目をつむり、助けてと泣き叫ぶ。すると、

「ガルァアァアアア」

「食らえええ!」

 怪物は悲鳴を上げた。少女はとっさに目を開くと、セミロングで赤髪の女の人が真後ろに立っている。

 灰色のマントを身に着け、素顔は見えないけど、助けが来たんだと少女は安堵(あんど)しているようだ。

「早く逃げろ。死にたくなければ」


「はっ・・・はい!」

 安心したのか、体はすんなりと起こすことが出来、霊園の出口へ走り出す。

 牛の怪物は頭から黒い血のような液体を垂らしながら、赤髪の少女を睨みつける。妨害されたことに激怒していた。

「ここで決着をつけてやる」

「無茶はダメだ。さっきもやられそうになったんだよ」

 少女が一歩前にでると、独断行動を阻止しようと茶髪で紺のブレザーを着た少年が前に割り込む。少女とは同年齢の外見である。

「せっかく探偵団(たんていギルド)が集結したんだから、ここはみんなと力を合わせて行動しようよ」

「そんな必要はない」

「彼の言う通りよ」

「ミヨさん」

 少年が身振りすると青色髪の少女、美世舞華ミヨマイカが意見に賛同して、隣にいた。探偵ギルドへ強引に入団させられる切っ掛けを作ったマイカは何処か嬉しそうにしている。

「ガルルッ!!」

 探偵団のやり取りに魔獣は激怒するように雄叫びを霊園中に響かせた。

「喧嘩してる場合じゃないよ! モタモタしてると牛さんが襲ってくるよ!」

 探偵団のムードメーカー、金髪ショートカットの少女が慌ただしく言う。少し日焼けしている彼女は、家守鈴ヤモリスズという名前で探偵団の一人だ。

 ちなみにマイカやスズ、他の二名も少年と同じブレザーを着用している。

「そうだね。こんなことしてる場合じゃないよね」

 少年は戸惑いつつも、スズに言われ状況を整理することにした。

 一方で魔獣はイライラと殺意のオーラを全身から放っている。いつ襲ってきてもおかしくない。

 こういうときこそ平常心で取り組もう。少年は冷静に団員たちの目を見配りして話す。

「よ~し気を取り直して、作戦タイムを・・・」

「大変だよ、トワちゃんが一人牛さんの所へ」


「えええ!?」

 スズが指を指す方向に振り向く少年。視線の先には魔獣に駆け出す綺麗に髪をヒラヒラさせる少女の姿があった。トワと呼ばれている少女は何も考えず一人先走る性格のようである。

「待ってよトワ!」

 少年の呼びかけに動じる余裕もなく、トワは掛け声と共に、(さや)を持ち替え抜刀術(ばっとうじゅつ)をするような動きで魔獣の前足へ接近する。

「てやあぁぁぁっ!!」

「ガルルルッッ!!」

 牛型の魔獣は、前足の鋭い爪でトワを踏みつぶそうとする。

 トワは刀を抜かず、スタイリッシュに魔獣の懐へ滑り込んだ。

 そして鞘からようやく抜き出し、刃の先端を腹部に突き上げた。

「ガルル~~ッッッ!!」

 グサッと突き刺し、魔獣は激痛を受け断末魔を発した。

 トワは下敷きにされる前に素早く抜け出す。

「さすが私が見込んだ新米探偵ね」

「呑気に見とれてる場合じゃないですよ」

「失言だったわね。ごめんなさい」

 マイカはてへぺろと少年に見せて誤魔化した。

 平和すぎる反応に困る少年はやれやれと無意識に頭をかく。

「それじゃあ私たちもトワに負けないように、助太刀するわよ」

「りょーかーい!」

「お任せください」

「彼女に美味しいとこだけ持っていかれるのも釈然としないしね」

 探偵団のみんなは、負けじと合戦しに乗り出す。それぞれ得意な武器(ウェポン)を何処からともなく現れ手に取った。

 まるで手品をやってるみたいに。

 

 ハンマー、ナギナタ、ボウガン、ロッドとバリエーションも様々。何処かのSF映画に出てきそうなデザインだ。普通の男子学生に見せたらきっと一度は振り回してみたいハイセンスな一品である。

「ひるんでいるからと言って油断しないように、反撃に注意して」

「わかりました!」

 マイカの的確な注意を心得て、魔獣の周囲に展開する少女たち。

 ひるんでいた魔獣は体制を立ち直ると、少女たちを蹴散らそうと暴れ出す。

 そんな彼女たちの戦う光景をただ一人、見守ることしかできない少年は拳を震わせた。

「僕は彼女たちに任せる事しかできない・・・のかな・・」

 非力な自分は高みの見物。少年は悔やむ。

 精霊力(せいれいりょく)に目覚めた者でしか、魔獣に対抗するすべがない。精霊力の素質はあると言われているようだが、その使い方がわかってないだけかもしれないが、例え精霊力が使えたからと言って武器も扱えない。

「これで終わりだ!!」

「ガルルル・・・ルル・・・」

 悩んでいる間に、牛型の魔獣は朽ち果てうつ伏せになっていた。討伐が完了したのである。

「ざっとこんなものか、五人がかりだし当然か」

「でも市街地に入り込む前に、討伐出来てよかったですね。ちょっとかわいそうだけど」

 すでに死体と化している魔獣を惜しむように見守るスズ。もしかしたら起き上がるんじゃないかと思う程、安らかな死に顔であった。

 マイカは魔獣の生気を確かめる。

「起き上がることはないわよ」

「こうしてみるとちょっとかわいくも見えるのになあ」

 トワは容赦ないきつい発言をスズに突きつける。

「たかが魔獣なんかに情けをかけるな。その甘さが、狩られることにもなりかねないぞ。覚えておけ」

「そうかもしれないけど、なにもそんな言い方しなくても、本当は苦しんでいたんだよ。悪い人に利用されていただけなんだよ。それなのに」


 二人の会話に水をさすマイカ。

「落ち着いてスズ。魔獣は危害を及ぼす危険な存在なのは確かよ。でもその分、削ぎ取れる部位は武器の素材や、資金源(しきんげん)にもなるんだから、活用できるだけいいんじゃないの」

「そうですけど」

「はいはい。要件は済んだのだから解散しましょう。ね」

 落ち込むスズをフォローしたマイカは笑顔を振りまき、手を叩いて団員たちの武装を解除するように呼び掛けた。

 団員たちは一息ついて、武器をカードに変換させ、ポケットに仕舞い込む。

 被害者の女子高生の見送りと、魔獣の運搬は街の自警団(じけいだん)に任せ、探偵団は帰宅中であった。

「しっかし便利な武器だよね。精霊の武器って、こうやってコンパクトに持ち運びできるし、人に対しての殺傷力もないし、デザインもイカしてるしね~」

 さっきまで魔獣に同情していたスズは、元気を取り戻そうと夜道を歩きながら、武器の話題を持ち上げていた。マイカはうんうんと話を合わせる。

「そうよ。だからちゃんと大事に扱ってあげなさい。一つ一つ魂が込められてるんだから」

「魂か・・・」

 トワはマイカたちの会話に耳を傾けていた。なれ合いは好きじゃない。一匹オオカミとして生きてきた彼女にとって、この空気は逆に窮屈(へんくつ)そうだ。

 少年は少しでも探偵団に溶け込んでもらおうと引き留めようと呼びかけるが、全く相手にしてもらえない。

「先に下宿に帰る。じゃあな」

「待ってよトワ。もう少しいたって」

「無駄話する必要はない。眠いから黙って帰る」

 そう言ってトワは川を飛び越え、走行中の路面電車へ飛び乗った。とても眠たい人ができるスタントではない。

 路面電車はそのままトワを乗せ、夜明けと共に走り去って行った。

「出会った時よりは、大分丸くなったような気がするかな。トワ・・・」

 少年と探偵団は立ち止まり、夜明けを見上げる。フト少年は初めてトワと出会った頃を思い返した。


  第1話  嵐帝エンペスト十和とわ


  1


 少年が見開くと、オンボロの木製の天井、薄汚れた掛け布団を払いのけ辺りに視線をくばる。どうやらここは自分の知っている所ではない。とある家の一室。

「ここは一体、何処なんな・・」

 室内の壁は丸太で出来た部屋であった。少年は起き上がり、眠りにつく前の出来事を思い出そうとする。しかし何も思い出せない。まるで脳内から記憶だけが、かき消されてしまったようである。

「僕は、なんでここにいるんだ・・・」

 少年は着ているラフなTシャツと半ズボンを見下ろし、触れて思い出そうとした。やはり今着ている服装も、過去の記憶も思い当たる節がない。

「ダメだ。何も思い出せない・・。でもなんだろう。この焼かれたようなヒリヒリするお腹の痛みは・・」

 少年は何となく腹部に手をかざす。微かな腹痛という感覚はあるが、特に傷ができているわけでもないようだ。

 もちろんこの痛みにも心当たりがない。

 少年が頭を抱えていると別室から男女の話声がひそひそと耳に入る。

「さっきまで()()()()()!? あの少年がか?」

「えっ?」

 少年は耳を疑った。少し不安を抱きながらも会話を聞く。

「信じられませんよね。だってあの子、胸元から血を流していたんですよ。常識的に考えたらもう死んでたんです。それなのにあの子、いつの間にか呼吸し始めたんです。まるで生き返ったように」

「何かの間違いだろ。もしかしてアンデッドの(たぐい)とかいう奴か?」

「しーっ! 声が大きいですよ。隣の彼が目を覚ましていたらどうするんですか!」

 少年は流れる汗をぬぐえずにいた。少年やあの子というのは、おそらく自分を指しているのだと確信する。


 確かに焼き付くような胸の痛み、あまりにも条件が一致しすぎていたと、少年は無意識に推測してしまった。

 普通なら信じない怪奇現象(かいきげんしょう)、いやむしろ信じたくない。

「とっとにかく、村長に伝えた方がいいんじゃないか、アンデッドの類なら、早いとこ目覚める前に、始末した方が?」

「始末ってまだ未成年の子供よ!」

 自分自身の外見年齢は十五歳前後である。やはり自分の事であったと判明してしまった。

 男の方は焦り始めたのか、裏声を鳴らす。女性の方は戸惑っている反応だ。

 (死んでいた? まさか本当に・・)

 少年は心の底から震え上がる。こんなところにはいられない。もし自分がアンデッドの類だったら収拾つかなくなる。

 最悪村人全員、殺しに襲い掛かるかもしれない。

 少年は窮地きゅうちに追い込まれてしまう。

 一刻も早くこの家から誰にも見つからず脱出しなければと、室内を探索する少年。

 するとカーテンが閉められたところに目が入った。

「あれを使うしかない」

 窓の外をこっそりと見下ろす。どうやらここは村ではなく、人里離れた森の中に建てられた二階建ても家であった。

 近くに人の気配はなく日が暮れようとしている夕暮れ時だ。

 夜の森は危険かもしれないが、逃げ場のないこの室内にいるよりはマシだと判断し、出ることにした。

「よし、今なら・・」

 少年は気づかれずに窓を開け、カーテンを命綱代わりにぶら下がりながら降下する。二階との高さはそんなになかったおかげで、すんなりと脱出に成功する。少年はその足で森の中へと逃げ込んだ。


 どこまで走っただろう。辺りはすっかり暗い林に囲まれた怪しげな所にたどり着いてしまった。

 村人が追ってくる様子はないようだが、人とは違う得体のしれない怪物が出てきそうな、淀んだ空気だ。


 ある意味人間よりも、もっと恐ろしい化け物に狙われるかも。

「はぁはぁ・・なんで後先考えずに走っちゃったんだろ。ちゃんと交渉する手立てもあったはずなのに・・」

 息を切らせ、身勝手な行動に後悔する少年。しかしそんな考えもしている余裕もなく、今度は獣らしき遠吠えが少年の耳をすり抜けた。

「ガルルルゥゥゥ」

「なんだ今のは!」

 少年は素早く木の陰に背中を押し付け、辺りを警戒した。

 そして林の中をかきむしり、身をかがめながら、辺りを捜索していると、ツルに覆われた石畳の丘にたどり着く。

 そこには灰色のマントを身に着けた真紅(しんく)の髪をした少女と、背中が木々に引っかかりそうなくらい巨大な牛型の魔獣が対面するように向かい合っている。

「仲間ってわけじゃないよね」

 少年は呟いた。すると何かの気配を感じたのか、木々を見上げる。

「危ない!!」

「えっ?」

 スナイパーに狙われているのか、少年はとっさに茂みから飛び出し、少女の方へ走り出す。

 一方少女はやってきた少年に反応できず、つかまれて地面に転がり込んだ。

「うわああ!」

「くっ!」

「ガルルルウッ!」

  何かがドスン!と轟音が響き渡り、さらには土ボコリが充満した。

 牛型の魔獣も、何が起きたのか辺りを警戒し、森の奥深くへと退散して行った。

「大丈夫!」

「お・・お前・・・今」

 少年は右手を地面につけて体を起こす。


 目を開くと、そこには仰向けで倒れ、赤面している少女と目が合う。そして

「え? やわらかい? この感触ってまさか・・」

「どっどっど・・・!!」

 少年は焦った勢いで、少女に床どんをやらかし、おまけに左手に果実のような柔らかな物をわし掴みしていたのである。

 少年も遅れて赤面し急いでその場から立ち上がる。

 左手に残る、ほのかな感触は忘れられそうもなかった。マントを羽織っていたにもかかわらず、生地が薄いせいか、その触り心地は意外にも生々しく少年の脳裏にまで焼き付いてしまっている。

 少女も立ち上がり、歯ぎしりさせながら少年の頬に音速のスピードでアッパーを食らわせた。

「この紳士野郎がぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ぎょへええええええ!!!」

 少年は砲丸投げのような軌道で吹き飛ばされ、木の柱へと頭部から激突。

「ちっ! 逃げられた」

 殴り終えた少女は辺りを見回し、魔獣を取り逃がしたと悔やんでいた。少女は怒りという殺意を全身に放ち、倒れている少年の元へ歩み寄る。

「いたたた。違うんだこれには理由があって・・・メロンじゃなくて・・」

 赤くはれた頬をさすりながら少女を見上げる少年。すると彼女は腰につけてる刀を取り出し、先端を鼻へ突きつけた。

 少年はひえっ!と声を上げ、怯えるように尻餅をついたまま後ろへ引き下がる。

「お前のせいで逃げられたぞ。どう落とし前つけてもらおうか?」

「え~とその・・・」

 右半分を前髪で隠している素顔だが、よく見たら凛としており、かなりのべっぴんさんである。鋭く光る赤い左目は少年に向けられ逸らすこともできない。

 少年は脅迫に応じる他なかった。


  2


「なるほどね。記憶喪失(きおくそうしつ)か」

 星々がまたたく夜空の下で、焚火(たきび)をする少女と少年は、荒れ果てた大地の崖近くに居座っていた。

 あの後、少女に協力して森を抜けることができた。

 交換条件として道中大トカゲを一匹狩り、その死骸を運ぶ要員として扱われることになってしまった。

「君は運がいいな。本当なら見捨ててやるつもりだったんだがな」

「はっはあ」

「まあ、あんな展開をやらかした上に、私にいかがわしい行為をしたのだからな。それなりに責任はとってもらうぞ」

「責任って・・」

 少女はあの行動に未だ根に持っているようだ。助けるためとはいえ、痴漢(ちかん)的行為をやってしまったのだから仕方ない。

 そういいつつも、少年は頬を赤くさせ左手を見た。その視線をを半開きの目で睨む少女。

「何掌を眺めている。私の胸がそんなによかったか?」

「いやっ、そういうわけじゃ!」

「私みたいな薄気味悪い奴の胸を触っても、何の欲情も出ないだろ」

「薄気味悪いかな」

「・・・」

 少女は無愛想に黙り込んでしまった。

 落ち込んでいると推測した少年は話題を変える。

「でもでも、肌とか赤髪とかすごく綺麗だよ。僕は好きだな・・ははは」

「・・・」

 頷く様子もなく、パチパチと燃え盛る焚火を眺めていた。無反応である。

「ごめん、話つまらないよね。自分の記憶すら曖昧なのに・・・」

 燃える焚火に枝を投げこむ少女の寂し気な表情を見て、少年は口を止めてしまった。


 薄明りの中ではあったが、少女の瞳の色はオッドアイでとても可憐に見える。その分何処か悲しそうにも思えてしまう。

 少年にはそう見えていた。

「そういえば名前を聞いてなかったな」

「なっ名前、そうだね。まだ名乗っていなかったね。ハハハ」

 少年はフト意識を戻し、苦笑いする。

「何が可笑しい?」

「いや~何でもないよ」

「早く答えろ。それとも名前すら思い出せないのか?」

「トシゾー、それが僕の名前」

「言っただけなのに覚えていたのか~。キミ本当は記憶喪失してないんじゃないのか? さっきから人の顔をジロジロ見たり、やましい発言を口走ったり」

「何ですか。その疑うようなジト目。やめてくださいよ。記憶がないのは本当なんですから、ただ・・」

「ただなんだ」

「いや、何でもないよ」

 トシゾーは一瞬話そうか悩んでいた。自分が本当は生き返っていたことを、しかしそれを言って彼女はどう反応するのかが怖かったのだ。

 信じずにスルーしてくれるかもしれないけど、それをサラッと言える程の度胸はなかった。

「それで、君の名前は」

「トワだ。伊智葉十和イチバトワ

「いい名前だね」

 トワはトシゾーの褒め言葉に動じることもなくドライに対応する。

「褒めてもなんもでないぞ」

「正直に答えたんだけどな。トワはいつも一人で旅をしてるの?」

「まあな。人探しをしてる途中だ。君はアカデミーに送ってやる」

「アカデミー?」


「とりあえずここから先のセイレーンという街まで持っていく。そこで君とはオサラバだ。名前など、覚えてもらう必要はない」

 トワは立ち上がり、近くの落ちている木の枝を拾い始めた。

「アカデミーってなんですか?」

召喚士(しょうかんし)の育成所専門だったんだが、今は精霊力を持たない一般生徒共通の学校になっている。あの辺りには占い師や化学者などもいる。そこに行けば、君の記憶が戻るんじゃないか」

「召喚士? 精霊力? さっきから専門用語が多くてアヤフヤなんですけど・・」

 トシゾーは困惑した顔で問いかけると、トワはめんどくさそうに彼を睨んだ。

「最初っから説明しなきゃダメか?」

「ごくごく」

「あぁめんどくせ! まずは腹ごしらえだ!」

「ちょっと何やってるんですか!! ひええ!」

 トワは集めた枝を放り投げた。すると今度はトシゾーが運んで来た大トカゲのしっぽを持ち上げ、なんと根元からナイフをギコギコと切り始めた。

 トシゾーは痛そうな光景に思わず声を上げて立ち上がる。

「決まってるだろ。夜食の準備だ!!」

「もしかしてここで解体するんですか?」

「勘違いするな。削ぎ取るのは尻尾だけだ。それなら平気だろ」

「いやいや、切り落とすだけでも、結構痛々しいんですけど!!」

「うるさなあ! 解体してんだから少し黙ってくれ。飯はいらんのか?」

「腹減ってるよ!!」

「だったら文句言うな」

「ひえええ~、下痢になるのだけは~」

「そこまで心配すんな。多分尻尾くらいは食べられるはずだから、火を通せばな」

「多分? 保証はないの?」

「食ったことない」


「もうダメだ!!!」

「冗談だ。そこまで絶望するな。だいたい君はリアクションが大げさすぎるぞ。テンション芸人なのか?」

「トワさんが言うと冗談に聞こえないんだよぅ。僕はここで待ってます」

 人ではないとはいえ、生き物の部位を切断するのは見るに堪えがたい程の生々しい光景であった。

 しかしトワは平然と手慣れたように刃物を入れてゆく。

 見ていられないトシゾーは、解体ショーが終わるまで、両耳を塞ぎ背を向けてうずくまっていた。そんな情けない姿を呆れジト目で見るトワ。

「尻尾をさばくだけでなっさけないな~それでも男かよ」

 ちょっとしたコントを挟みつつも二人の重苦しい空気からようやく解放でき、夜は明けていくのであった。


  3


 灰色の空の下、砂地が広がる荒野を二人が道なりに歩いていた。昨日は森の中で視界が悪かったが、ここは逆に視界が良すぎて落ち着かない。人っこ一人も見つからず、まるで人類が滅んでしまい、自分たちが最後の人類だと考えてしまうような光景である。

 昨夜の夜食の尻尾は、普通に美味だったらしく、下痢を起こすことはなかった。そのおかげでトシゾーはこの通り力強く運搬に励む。

道中拾ったリアカーに大トカゲを乗せ、引きながら進んでいる。

「それにしても何もないですね。アカデミーの方向はこっちでいいの?」

「ああ」

「セイレーンに行けば、アカデミーがあるんですね」

「まあな」

  素っ気無いトワの回答に、心底不満(しんそこふまん)を抱くトシゾー。心当たりのない今、彼女の勘を信じるしかない。

 二人は果てしない地平線を歩き進めた。

 道のりは険しくなり、リアカーで運ぶにはかなり手間取っていた。


 大破した遺跡の橋を渡り、時には足場の悪い沼地に遭遇(そうぐう)し、焼き焦がれた民家の破片を踏みながら進んだりと、かなり長い距離を歩き続ける。

 そして一時間過ぎた。

「はぁ・・はぁ・・トワさん・・・まだ町は着かないんですか・・」

「トワでいい。疲れたのか」

 ヘトヘトになりながらもリアカーを引くトシゾー。体力に限界が近づいていた。

「そりゃあそうですよ。かなりの距離を運んでるんですよ。押し出したり、引っ張ったり。疲れるのも無理ないよ」

 トワは腰に刀を着け、バックを背負ってるだけなので大した疲れを見せていなかった。

 そんなトシゾーの意見を聞かずに、突然空を見上げだす。

「どうかしたんですか?」

「雨だ」

「ええっ!」



 トワたちは近くの大樹の根元へリアカーごと移動させ雨宿りすることになった。完全に雨漏(あまも)りを防ぐことは出来ないが、ずぶ濡れになるよりはマシである。

「まだ距離はあるぞ。雨が止んだら出発する。それまで休んでおけ」

「少しは手伝ってくれたっていいじゃないですか~ もう」

 トシゾーはふくれっ面をしながらジメジメする木の根に座り込み周囲を見渡す。

 霧雨が降り注ぐこの辺りは、民家のガレキが所々散乱していた。それだけでなく人間の骨らしき異物も(いた)る所に散らばっており、とても空気が汚染(おせん)されている。

「この辺りはなんでこんなに荒れてるの? さっきの遺跡といいあそこの民家とかも」

「被災地だからな。今となっては魔物と化した獣たちの狩場でもある。今はいないが、夜になるとウヨウヨ集まるんだ」

「リアカーに乗せた魔獣の死体で寄ってきたりしない?」


「コモドリザードは腐るのに時間がかかる。長持ちはするが、モタモタしてると他の肉食獣に目を付けられることもある。的になる前に街に運び終えればいいがな」

「他人事みたいなこと言わないでよね」

 大トカゲの死体は雨で少し濡れているが、腐っているような悪臭も出ていなかった。まだ大丈夫そうである。

「この大トカゲ、コモドリザードって呼ばれてるんだね。魔物の死骸って結構持つんだね」

「・・・・・」

 トワは立ったまま大樹に背を持たれ、遠くを見続けたまま黙り込む。何か気に障ることでも言ってしまったのか不安になるトシゾー。このままじゃ気まずい、再び話題を何処からか持ち上げる。

「さっきの話に戻るんだけど、ここが被災地ってことは、元々は村があったの?」

「おそらくはな」

「原因はあるんですか? 例えば精霊の森に火を放って、逆鱗(げきりん)に触れてしまったとか?」

「さあな。アカデミーに行けば、もっと詳しい奴がいるかもしれん。こういう話はしたくないから、私の前でするな」

 さっきよりも重くなってしまった。

「ごめんね。なんか余計重苦しくなっちゃったみたいで、あ~あ、早く記憶が戻ってほしいなあ~」

 トシゾーは面白おかしく棒読みで呟きながら、トワの表情を横目で見た。視線を合わせようともせず、ただ遠くを見つめたままである。申し訳なさそうにトシゾーは謝る。

「本当にごめん。うざかったよね」

「気にしなくていい。こういうことには慣れてる」

「トワ・・」

「アカデミーに着いたらすべて終わる。だからもう私に話しかけないでくれ」

「何を言ってるんですか」

 トワは真剣な瞳でトシゾーを見つめる。

「私は疫病神(やくびょうがみ)だからな。この右目には()がある」

 相変わらずトワの顔は前髪で隠れてよく見えない。昨晩はとても綺麗に輝いていたのに、今は薄くなって


おり、避けているみたいな視線に見えた。否、トシゾーにはそう見えているだけかもしれない。

 するとトシゾーはうっすらと笑うように呟く。

「そんなことないよ。君は()()()()()()・・・あっ!」

「ぷっ!?」

 トワは意外な感想に思わず口から唾を拭きだし、そして首を振って気が抜けたのか、爆発するように笑い出す。

「ぷっハッハハハ」

「なっ何がそんなに可笑しいのさ」

 トワの反応に困惑するトシゾーはキョトンと尋ねた。

「君はマヌケだな! 美しいをふつくしいなどと言い間違えるとは、一発ボケのつもりか、やはり君の喪失前は、お笑い芸人だったのだな。ハッハッハッ!! センスあるぞ!」

「活舌が悪かっただけじゃないか! もう笑いを取ったつもりないんだけどな~」

「はっはっはっ・・・腹いてえ~」

 トシゾーは眉を八の字に曲げて困った表情になっていたが、腹筋を抑えながら笑い続けるトワの顔を見て、トシゾーはホット安心したように釣られて笑みを浮かべる。

「ハッハッハッ・・。 雨が上がったからさっさと行くぞ。遅れるなよ~」

「ちょ・・ちょっとまだ雨が上がってないよ」

 霧雨(きりさめ)が降っている空の下に出るトワ。その表情は恥ずかしさを隠しきれず、未だにニヤケが止まらずにいた。

(私も()()()だな)



 再び歩き始めてから約二十分後、第一村人も遭遇することなく街の見える丘へ到着したトワたち。

 トシゾーは汗をぬぐいながら街を見下ろした。

 セイレーンと呼ばれる市街(しがい)は、洋風の名前とは裏腹に瓦で出来た家が並ぶ和風を思わせる街である。

 海が近く、港の方には商店街があるようだ。


「はあ、長かった・・」

「ご苦労だったな。だがまだ安心はできんぞ」

「ここまでくれば魔獣とかに襲われる心配はないから安全でしょう」

「いや、魔物よりも、もっと質の悪いハイエナ共がいる。今ここにな」

「えっそれって・・・」

 トワは鋭い視線で辺りを警戒し腰の鞘に手をかざす。トシゾーも何か嫌な気配に気がつき身振りして動揺する。

 そして何処からともなくダチョウらしき生物にまたがった盗賊風貌(とうぞくふうぼう)の三人組が現れ、トワたちの辺りをぐるぐると回る。

「おい見ろよお前ら、こんなところに死骸の運び屋がいるぞ!」

「ヒャッハー本当ッスね~ こいつらからかっさらって、資金を横取りしやうしょう!」

「いいねいいね。大儲けだぜええ!!」

「な・・なんなんですかこの人たちは」

「こいつらは盗賊だ。こんな風に待ち伏せして取り分を横取りする質の悪い奴らさ」

「ハイエナってこの人たちのことだったの」

 トシゾーは手をアタフタさせる。盗賊たちは通せんぼするように前に集まった。

「さ~て痛い目を見たくなかったら、大人しくその死骸をオレたちに寄こしな」

「アニキ~」

「どうした急に」

「あの女から妙な気配を感じるッス」

「何言ってんだ。気のせいだろ。よっと!」

 アニキと呼ばれる盗賊は飛び降りて、左手を差し出し「金を渡せ」と仕草を見せる。トシゾーはこういう時こそ説得しようとトワの前に出る。

「ちょっと待ってくださいよ。僕たちは運び屋じゃないんです。避難民なんです! ここまでたどり着くのに大変な旅路を・・」

「うっせえ!」


 トシゾーの言い分を(さえぎ)るように、盗賊は容赦なくトシゾーの腹部にドスンとパンチを食らわされた。

「うっ!」

 腹を両手で押さえ膝をつくトシゾーは激痛に苦しむ。その姿を見て盗賊たちは小馬鹿にして笑う。

「きれいごと言ってんじゃねーよ! 言い訳する暇あるんなら、自分の身くらい守れってんだぁ、ヒッヒッヒッ」

「その辺にしておけ」

「ああ?」

 トワが力強く盗賊たちに忠告。すると後ろにいる盗賊の下っ端たちが彼女を見てビクビク震え始める。アニキ盗賊は平気な顔でトワを挑発し前に出る。

「おいおい、まさかオレらとやろうってのか? 嬢ちゃん?」

「アニキ! それ以上刺激しちゃならねえッス!」

「何ビビってんだお前ら」

 アニキ盗賊が言い終える瞬間、頬に小さな痛みがほと走った。さらにそこからゆっくりと傷が開き始め、血がうっすらと流れ始める。

 盗賊は何が起きたのか急変させ口を半開きさせ、呆然とする。

「あ・・・アニキっ!? 頬から血が!」

「な・・・何だこりゃあ?」

 頬を指で触れると、血痕(こんせき)らしき赤い染みとヒリヒリする痛みが襲い始める。

「痛って これは・・・まさか」

 アニキ盗賊は知らぬ間に追い詰められていたことに気がつき、全身から汗が流れ出る。

 さらにトワは追撃するような口ぶりで、逆に脅迫する。彼女の左手は確かに鞘にあって、抜き出した素振りは見えなかった。

「今度は腕につけてやろうか? それとも膝か? 言っておくが、私の抜刀術は並大抵の速さでは見切れんぞ。それでも避けれる自信があるなら抵抗してみろ。この零距離でな」

 トワは容赦のない恐ろしい目つきでアニキ盗賊を見下ろす。中二病みたいなことを言っているが、トワの抜刀術は本物である。頬の傷口が、動かぬ証拠だ。


 余裕をぶっこいていたこの男も恐怖のあまり抵抗する余裕も消えていた。すると一人の下っ端が、

「思い出したぞ。こいつ嵐帝エンペストの十和だ。間違えねえ」

「嵐帝ってあの災害精霊(ディス・スター)の!?」

「災害精霊?」

 トシゾーは腹を抑えながら頭を上げて耳に入る。

「マジかよっ! 早く逃げるぞ!!」

「ひえええ!」

 盗賊たちは、小悪党並みの弱さを見せて。台風一過のごとく、荒野へと退散して行くのであった。

「その名を軽く口にすんな、今度会ったら本当に首を跳ねるぞ」

 トワは逃げる盗賊たちに警告するように呟いた。

「しかし、あんな奴らを生かしてしまうとは、君を拾ってからどうにかなってるな」

「トワ、さっき言ってた災害精霊って?」

 トシゾーは腹部をさすりながら立ち上がり、トワに尋ねた。すると今度は街の方角の岩陰から拍手しながら和服を着た少女が笑みを浮かべて姿を現す。

「さすがですね。精霊力の気迫だけで、見事盗賊にめらを蹴散らしましたね」

「いつからそこにいた」

「少し前ですよ」

 トワは警戒して睨みをきかせている。出てきた彼女は紺色(こんいろ)の髪をしており、トワと年齢が近い体系だ。少しばかし胸元にボリューム感があり、トワとは違う大人の魅力がある。

「大丈夫ですかそこのあなた。腹パンされましたけど」

「僕は平気です。意外と頑丈みたいですから」

 昨日のグーパンといい、トシゾーは意外にも自己再生による完治が早いようである。トワは彼の特異体質に薄々気づいているようだ。

 トシゾー自身はまだ実感はないが、大丈夫ですと笑顔でアピールする。

「自己紹介が遅れましたね。私は美世舞華ミヨマイカ、セイレーンで占い師をやっております。そしてアカデミーの理事長もやっております」


「占い師さんで理事長ですか。その格好は」

 麗しに着こなしているマイカの和服姿にトシゾーはつい見とれていた。水色と赤でコーディネートされた色合いだが、髪型とマッチしており、まさに大和撫子と言っても過言ではない。トシゾーのむっつり顔を横目で見て呆れているトワはどことなくマイカに対抗意識を燃やしていた。

「気にしないで下さい。これは私の仕事服ですから」

「いいえ、そんな目で見てたつもりでは」

「んんっ!!」

 トワがワザとらしく強く咳払いする。

「とりあえずここで話すのもなんなんですから、街へどうぞ」

「はっはい」

「それでいいんんだ。リアカー忘れるなよ」

「わかってますよ!」


  4


 魔獣の買収は、マイカの知り合いに任せて、トシゾーたちは一軒の建物へおじゃますることとなった。

「ようこそ、セイレーンの占い館へ」

「占いの館って聞くからてっきり」

「洋風の館だと思いました?」

 建物の入り口は旅館を思わせる三角形の屋根が取り付けられた建造している。しかしそれ以外はオフィスビルでよく見る四角い外見であり、何となく違和感のある建物だ。

「見た目はあれだが、室内は割と風情があるな」

 トワはフムフムと感心しながら室内を見回す。天井には金のシャンデリアが二つぶら下がっており、壁には民族の不気味な仮面がいくつか飾られている。

 テーブルには水晶玉や星座表の下敷き、さらにはタロットカードが置いているなど、様々な占いグッズがあるようだ。


「ミクロ、マクロ、お客様がいらしましたよ」

 マイカが室内の奥に向かって呼びかけた。すると奥から猫のような外見をした二息歩行の獣人(じゅうじん)が子供のようにやってくる。

「わーいオキャクダーオキャクダー!」

「こらこらミクロ。はしゃがないの!」

 白と黒の毛並みをした二匹の生物を見て、トシゾーは目を丸くして後ずさる。パッと見たら可愛らしいぬいぐるみの外見だが、リアリティに考えたら驚くのが普通である。

「なっなんだこの生き物は! 人の言葉を話せるよ!」

「落ち着け、あれは式神(しきがみ)だ」

「し・式神?」

 トワは知ってた口ぶりで答えた。

「その通りよ。この子たちは私の助手をやってくれる式神たちよ。二人とも自己紹介しなさい」

「はーい!」

「了承しました」

 白い毛並みに黒の和服を身に着けている猫が一足先に出て、無邪気に自己紹介する。

「ミクロです。マイカちゃまの助手をやっておりま~す」

「それはさっきマイカ様が言ったじゃないのまったく。私はマクロと申します。ミクロの姉分をやっております」

 一方マクロの方は黒い毛並みで白の和服を着ている。ミクロとは性格が真逆のようで、こっちは至って大人しい。

「無邪気で白いのがミクロ。冷静で黒いのがマクロと思えばいいわ。それじゃあ二人とも、それぞれ持ち場についてね」

「はーい!」

「まるでオセロみたいだね」

「オセロ? なんだそれは?」

「昔はやったゲームだよ。知らないの?」


「ああ、オレオというお菓子なら知ってるが、それみたいなものか」

「それは知ってるんだ。色的に同じだけど」

「記憶がない割には、そういうくだらない知識は残ってるようだな」

 トワとトシゾーがしょうもないコントをやってる間に、ミクロマクロはコソコソと室内の整理を行っていた。平均的に人間よりも三分の一くらいしかない二頭身の二匹。最初は驚くが、慣れれば愛くるしく見えてくるものである。女の子に見せたら、抱きしめてそのままお家に持ち帰りされてもおかしくない可愛さだ。

「結構、かわいいかな」

「トワ?」

「いや、何でもない」

 トワはトシゾーの視線に気がつき、頬を赤らめそっぽを向いた。なんだかんだでトワも女の子らしく、可愛い物に目が無いようである。そんな愛嬌(あいきょう)のある一面を見れたトシゾーであった。



「準備完了しますた!」

「そこはしました。でしょ」

 一分後、掃除を終えたミクロマクロはちょっとしたツッコミを入れつつも、敬礼(けいれい)してマイカに報告していた。

「ご苦労さん。それじゃあ始めましょうか」

「始める? 何の話だ?」

 マイカの発言に疑問を抱くトワ。

「さっき言いましたよ。占いです。ここまで来てもらったんですから、あっお代は値引きしておきますから、遠慮なさらないで」

「占うならここにいる紳士芸人だけにしてくれ」

「紳士芸人って?」

 きょとんとするトシゾー、するとトワが目を見て君の事だと視線を向ける。

「ははは・・やっぱり僕のことだったんだね」


「いいでしょう。早速占ってあげましょう」

 マイカはやる気に満ちた顔立ちで椅子に腰かけ、水晶玉に両手を添えてのぞき込む。

「僕はまだやるとは一言も・・・」

 彼女の真剣な表情を見て邪魔しちゃ悪いと声を募らせるトシゾーは黙って見る。マイカは糸を巻くような手ぶりで水晶玉を直視しし続ける。別に玉が光っているわけでも、何かが映し出されているような光景は見えない。

 そして見終えると顔を上げて答える。

「どうやら、あなたは一度()()()()()()()()()ようですね」

「!?」

 トシゾーは幽霊を見てしまった時の驚く素振りをみせ、背筋がピンと跳ねた。

 ここまでトシゾーは、自分が死んで生き返ったことは、トワも含め誰にも話していなかったのだ。その秘密が直球で当てられてことに恐怖すら感じていた。

 この美世舞華は一体何者なのか、聴かずにはいられなくなり、テーブルを叩いて尋ねる。

「な・・・なんでそんなことまでわかるんですか、誰にも・・」

 トシゾーは振り向きトワの表情を伺った。

「誰にも話してないのに・・」

 トワは少し口を半開きにしていたが、トシゾー程驚いてはいなかった。

「それで・・死ぬ前の記憶は何か見えましたか?」

「残念ですけど、私がわかるのはそこまでの記憶だけです」

「そっそうですか・・・」

 トシゾーは言いたくなかったことを先に言われたことにショックを隠せなかった。最初は村人たちの妄想話だと思い信じたくなかったのである。しかしここにいる占い師の発言により、もはやそれが真実であったことに絶望するしかなかった。

 トシゾーはこの場に座り込んで、俯いてしまった。

「やっぱり僕はアンデッドの類だったのか・・・」

「いいえ、あなたは正真正銘の人間ですよ。トシゾー君。それに伊智葉十和」


 マイカの助言で顔を上げるトシゾー。トワもマイカの発言に口をへの字に曲げた。 

「予言があったのです。もうじきセイレーンに、私の運命を変える救世主(きゅうせいしゅ)が現れると、それがあなたたちである。私はそうだと信じてるわ」

「運命? 救世主? 今度は何の話ですか?」

「トシゾー、耳を貸す必要はないぞ」

「トシゾー君。あなたがこの世に舞い戻ったのは、とある精霊のおかげなの、おとぎ話みたいな出来事だけど、これは事実なの。トシゾー君、そしてトワ。私に協力してほしい」

 マイカは目をキラキラさせながら胸に手を当てて二人を直視する。

 トシゾーは急展開な状況に混乱気味のようであり、トワは睨みつけたまま黙り込んでいた。

「運命の存在だなんて・・僕はただの難民ですし、彼女はたまたま助けてくれた傭兵(ようへい)にすぎませんよ。そんな僕らが・・」

 両手をプルプルさせて慌てるトシゾー。トワはまったく信用していないようで背を向けて立ち去ろうとする。

「予言などくだらん。どうせ人違いだろ、ここにいるのは紳士芸人と・・・疫病神だけだ」

「トワ! 少しはマイカさんを信じてあげようよ。そりゃあまあ昨日の事は悪かったと思ってるよ。でもそこまで言わなくても」

「黙れ!!」

「うわっ!」

 トワの叫びに飛び跳ね、また尻餅をついてしまうトシゾーは、怒らせてしまったと反省する。

 一方トワは一瞬取り乱したことに気がつき、足早に立ち去ろうと歩き出す。

「とにかくだ。私の目的は達成した。失礼する」

「お待ちなさい」

 足を止め、鋭い視線で振り向くトワ。マイカは先ほどのワクテカした表情とは一転し真面目な顔で話す。

「自分が災害精霊を引き連れる器だから避けようとしてるの? それともただ目障りだから?」

「これだからアカデミーの召喚士とは会いたくなかったんだ・・・こんなことになるんなら、殺しておけばよかった‥()()


「トワ・・謝らなきゃいけないのは僕の方だよ」

 トワは視線をそらし、唇を噛みしめて後悔したように手を拳に変えて握りしめる。


「貴方はそれが原因で他者から忌み嫌われてる。でも私は違うわ。むしろ貴方には力を貸してほしいのです。拒否権を奪うつもりはないわ」

(そういえばその)

 トシゾーは思い出す。盗賊たちが話していたことを、確かトワのことを{嵐帝の十和}って言っていた。

「その話は聞き飽きた!」

 トワは怒りをあらわにさせ髪を逆立て、右腕を振りマイカをまた睨みつける。まるで獲物を陰から狙う、肉食獣のような気迫だ。

 トシゾーやミクロマクロも、トワの放つ殺気に怯える。これが災害精霊が放つ負のオーラなのかと。この世の物とは思えない程の戦慄(せんりつ)が室内にほとばしる。

「早とちりしないで、少なくとも私は彼らとは違うわ」

 マイカはトワの気迫に動じることもなく、むしろトワを受け入れようと身構えている様子だ。

 二人が睨み続けて約三十秒後、トワは右目付近を片手で押さえ、急に呼吸が荒々しくなっていた。

「ぐっ! やはりあんたとは仲良くなれそうもないな。私の事は忘れてくれ」

 トワはそう言い残し再び背を向けて出て行ってしまった。呆然とするトシゾーは何も言えなかった。そんな重苦しい空気をマイカが笑みを作って、トシゾーを励ます。

「気にしないで下さいトシゾー君。災害精霊を引き連れる人は、ほとんどひねくれものが多いですから」

「・・・気づいていたのに、どうして何も言えなかったんだろ。あそこまで怖い顔をするトワは初めて見ました」

 トシゾーはまだ震えが止まらず、俯いている。トワの殺気に相当怯えてしまっているようである。

「あなた。彼女が器だって薄々気がついてたのね」

「はい。何となくですけど、トワの口ぶりとか、あの灰色の右目で・・」

「意外と推理力(すいりりょく)はあるようね。なら話してもいいかもね」

「話す?」


 マイカは再びテーブル席に座ってトシゾーを見上げる。

「彼女の両親は震災で亡くなったの。その間、十歳までは修道院で育てられたそうよ。何の苦悩もなく、友達も多かった。けどある日、誘拐されたの」

「誘拐?」

 トシゾーは目を丸くさせた。

「数日後、召喚士たちによってトワは無事保護された。その代わり、彼女の右目の色が変わっていたそうよ。誘拐は集団行動だったと知られてますけど、その詳細は未だ迷宮入りとのことです」

「あの右目は生まれつきじゃなかったの?」

「そうらしいわね。検査したところ、それは災害精霊封印の器になっていたことよ。何の目的でされたのかは、ほとんど情報がないわ。迷宮入りってことね」

「眼球が器? そんなことが可能なんですか?」

 トシゾーは不可思議な内容に動揺して冷や汗が流れ始める。マイカはハンカチを取り出し、トシゾーの額を拭いた。

「災害精霊の封印は、人間のどの部位でも可能です。その部位がちゃんと機能している所ならね。その結果、彼女に対する扱いがひどくなったわ。保護してくれた修道院を始め、市民や子供たちから白い目で見られ、さらに差別や虐待もされるようになり、人々から忌み嫌われる存在になってしまった。六年間はずっと山籠(やまごも)もりしてたそうよ。普通じゃありえない避難生活を強いられていたそうね。ひどすぎる話よね」

 マイカは立ち上がり、飾ってある仮面などをいじりながら話を続ける。

「それじゃあ、トワがああして右目を気にしていたのは、そういうことだったんだ・・・。助ける方法はないんですか、精霊と切り離すとか」

「それはダメよ。一度災害精霊の器にされてしまったら、その器が死ぬまで切り離すことは出来ないわ。たとえ切り離しが出来たとしても、災害精霊に生命力ごとすべて持っていかれてしまうわ。つまり、死ぬ以外に災害精霊から解き放つことは不可能ってことよ。残念だけど、今の召喚士では、彼らに抗う術はないの、その代わり、強大な精霊力を引き出すことは可能だけどね」

「そんなのあんまりですよ。トワが可哀そうだよ」

 トシゾーはどんよりと俯いてしまう。いつもは凛とした性格のトワにそんな過去があったことに、気づい


てあげられなかったことを悔やんだ。

「深刻に考えちゃだめですよ。とは言っても私じゃどうしようもないしね。でも望みはあるかも」

「エーナニナニ、ドウユウコトナノー?」

「しーミクロ今は黙ってなさい」

 沈黙するトシゾー。見つめ合う二人を端っこで困惑するミクロと、空気を要むように水を差すマクロ。

 真剣にトシゾーを見つめるマイカは、なんだか楽しそうである。すると彼女の手から、カードのような物が取り出す。

 そしてその束をトシゾーの手に持たせた。

「なんですかいきなり」

「私に協力してください。あなたが本当に自分の記憶を取り戻したいのなら、このカードを使って」

「ど・・・どどどどういう意味?」

 カードを手放そうとするトシゾーだが、マイカの両手に捕まれ手放せない。

「早くトワの元へ、彼女の精霊力が暴発し始めてます」

「暴発?」

「彼女は災害精霊の力を完全に操れるわけではないのです。ここまで長期間抑えられていたようですが、それも限界にきている時期です。放っておけば、彼女は理性を失い、一定時間は嵐の災害を引き起こしかねないのです。そうなればセイレーンは多大な被害がでます」

「マイカさん。何故そんなことまで」

「話してる時間はないようです。あなたならトワを救えるはず、だから一緒に来て」

 唐突に宣告されたマイカのとんでも発言に戸惑うトシゾー。しかし彼女の顔は真剣である。

 男トシゾーは、彼女に押し負け、協力することになった。そして手渡されたカードをぎゅっと手に掴んだ。

「よくよく考えたら僕は一度死んだ身。ならば、今度は死なない程度ギリギリに頑張ってみるよ。トワには借りがあるから」

「よく決心がついたわ。でもね、これだけは忘れないで。返してもらったその命、決して無駄にしないように、あなたに精霊のご加護(かご)がありますように」


 そう言うとマイカはマリア様のような素振りで目をつむり、両手を合わせて祈って見せた。


  5


 精霊力(せいれいりょく)、それはこの世界で使われているいわば魔科学のような存在。たとえるなら魔法や超能力に近い性質だ。

 この力は人によってその能力は様々であり、使い方も異なる。それを操る者を召喚士と呼ばれてる。

 素質のない人間でも、ある条件で精霊や魔獣と契約することにより得られるケースもある。解約すると力は失い、二度と覚醒しなくなるデメリットもある。

 念力や手品のように扱う人もいれば、身体能力を向上させるために使う人、農家や家事として活用して生活している。

 トシゾーたちがいるこのニムラ諸島(しょとう)は四つの島に分かれており、南東の島にいる。名前はイア・ルクス島だ。

 諸島に住む人々は他の大陸と違い、もっとも多く召喚士が住まう地域として名を轟かせている。

 そのため、各地で精霊力を使った犯罪も多く、虐待やテロ殺人など悪用する者も現れる。そしてその犯行は、最悪の事態を起こすこともある。それが災害だ。

 自然現象とされてきた災害だが、ここ数年、その現象は六割以上は精霊によるものだと解明された。原因は、長きにわたる環境破壊(かんきょうはかい)自然伐採(しぜんばっさい)や公害などが引き金となり、精霊たちの怒りを引き起こしたゆえんとも呼ばれ、災害精霊と化し生活を脅かす存在となってしまったと推測されている。

 災害精霊の力は脅威であり、討伐することは困難。そこで被害を食い止めるべく、召喚士たちはある最終手段を実行しざる得なかった。それが人体を使った封印である。そのやり方は今だ解明されておらず謎が多い。

 被害者に仕立て上げられるトワにも、その災害精霊の一つを右目に宿す器となってしまっている。

 この六年間、度々災害精霊の苦痛に苦しむ日々を過ごしてきたトワ。少しは慣れたとはいえ、油断すればあっという間に生命を奪われてしまう。トワ自身、常に自分とも戦っていたのである。

 しかしその近郊きんこうが抑えられなくなっていた。ある異物の影響で・・・。


 街外れの荒野でうねり声を発しながらゆらゆらと歩くトワ。すでに彼女は正気を失いかけており、右目の痛みに耐えるのに精一杯である。

 空は夕焼けで、日が沈み始めている。辺り一面オレンジ色で断崖絶壁だ。刑事ドラマでよくある最後の山場シーンで使われているような場所である。

「はあぁつ・・・くそっ! なんでこんなときに・・・」

 トワは岸壁に背持たれて座り込む。息を切らせ苦しそうだ。そして何処からか灰色の(もや)がトワの体を包み込む。

「はぁはぁ・・くそっ 一体どこに」

 朦朧もうろうとしながらも、トワは靄を振り消そうと両腕を振り回す。しかし靄は振りきれずますます濃さを増してゆく。

 そこへトシゾーとマイカがやってきた。

「いましたわ! あそこです」

「トワワァァァ!!」

 叫びながら駆け寄るトシゾー、だがトワは刀を抜き彼に向ける。

「来るなあ!!」

「トワ?」

「危険です。不用意に近づいてはなりません」

 トシゾーの隣にマイカがやってきた。トワに眠る災害精霊の暴発は、確実に進んでいるようだ。彼女の右目から煙が出ているのが何よりの証拠。

 こういう時、一体どうすれば助けられるか。苦しむトワの表情を伺いながら観察する。

(何か、何か手は!)

 しかしそんなことをしている余裕はなく、トワは起き上がり二人に斬りかかる。

「うわあっ!! やめてくれ!」

「させません!」

 マイカが何かの文字が書かれたカードを取り出すと、瞬時にナギナタっぽい形に変化しトワの刀を止める。ナギナタというよりはスピアに近い原型でもあった。


「くっ!」

「ううううう」

 刃が擦れ睨み合う二人を、少し距離を取ったトシゾーは目を補足して、トワに付着する何かに気がつく。

「そうか、もしかしたら」

 ひらめいたようにポンと手を叩くトシゾーは、張り合っているトワの背後に回ろうと駆け出す。

「ダメですよ! うかつに近づいたら!」

「てやっ!!」

 トワは接近するトシゾーに視線を向け、させまいとナギナタを押しのけ、体を一回転させ飛び跳ねる。

「うわっ!!」

「まずいですね。このままでは」

 素早い動きでトシゾーの前に着地し、刃を向ける。さすがに身体能力では天と地の差は歴然れきぜんだ。

 トワの目に、正気はほとんどない。まるで催眠術にかけられた操り人形みたいな状態。

 予想以上に時間稼ぎができず戸惑うトシゾー。だがここで引き下がったら今度こそやられる。

 前かがみになってトワの心理を先読みしようと勝負に出た。伸るか反るかのバクチである。

「くっ! こうなったら、やるしかない」

 彼女に正気はないとはい、もしかしたら体は覚えてるかもしれない。そう睨んだトシゾーは胴体反応で見定め、神経(しんけい)を集中させる。

 だがそんなことを見過ごさない。

 刀の先端が襲い掛かる。トシゾーは目を細め、トワの動きを予測し左腕を前に持っていく。

 つまり腕を盾代わりに身構えている。

「なっ・・なんだと!」

 先端はマイカからくれたポロシャツ長袖を貫き、ガツンと内部へと突き刺さる。

「ぐうううう!!」

 その絶句しそうな地獄絵図(じごくえず)を身近で視界に入るトワの表情に一瞬だけためらい、動きが止まる。腕は確実に突き立てているが血が流れ出ていない。


(トワが一瞬、トワった! なんちゃって)

 片目を開け、トシゾーは心の中でサブイギャグを言い放つと、刺さっている左腕を大きく振り回す。腕から刃がすっぽりと抜くと同時に、トワの手から滑り落ちた。

 実はトシゾーの腕には甲冑を身に着けており無傷である。

(よし、今がチャンスだ!)

 トシゾーは右手で何かを掴もうとトワの首元へ伸ばす。

「トワにマトワる寄生虫(きせいちゅう)を潰す!」(まさかの二連続でちゃっかりギャグを言ってしまった。何言ってんだ僕は)

「寄生虫? そんなのがいたのですか?」

 マイカが唖然と呟いた。

  直感だが、トシゾーは彼女に寄生していると予測してこの行動に出たのである。睨んでいた通り、トワの首筋の陰に小さい灰色のイイダコみたいな一つ目の生物がトシゾーを見つめている。

 靄ではっきりとは見えないが、おそらくこいつがトワを苦しめている元凶であると推理した。

 ヌルヌルして触りたくないが、トワを助けるためにも今は我慢しよう。そう決意したトシゾーはさらに右手を伸ばす。トワはまだ止まっている、もう少しで掴みそうな位置まで到達する。

 しかし寄生虫は隠れてしまい、トワが瞬時に動き出し、間合いを開こうと下がり始める。

「しまっ・・・!!」

 トシゾーは急展開に足がつまずく。

「うわっ!」

「トシゾー君、危ない!」

 前へ転びそうになるが、足元を見てかかとをつけ重心でなんとか持ちこたえた。だがトシゾーの右手は思わぬところを掴んでしまっている。

 その部分は以前も味わったことのある柔らかな山であった。

「前にもあったような、このC以上はあるような、ないようなつつましい感触は」

「・・・・・・」

 トワはまたしても凍り付く。今度は本能的に停止しているようだ。


 二人を包んでいた灰色の靄は消え、ようやく視界がハッキリする。

 右手の柔らかい感触に視線を戻すと、トワが眉を潜め赤面しており、そして胸元にある二つの山の左側をがっしりと鷲掴(わしずか)みしてるじゃあ~りませんか。

 やはりそういうことであった。

「あっ! ・・・またやっちゃった・・・。 ごめんなさい。ワザとじゃないんです。こっこれはそう、カミが舞い降りたんですよきっと」

 トシゾーはようやく理解し、素早くトワから離れ、言い訳しながら頭を下げた。かくしてトシゾーは二つの山を制覇タッチしたのであった。

「おっ・・・お前は・・・記憶がない割には、本当にくだらない知識だけはあるんだな~」

 気がつけばすでにトワの目は元通りに透き通っており、意識が戻ったようである。

 暴走していたことが嘘のように消えているが、その代わり全身をかくかくさせ、両腕で胸を(おお)い隠す。まるで電車で痴漢の被害を受けた女子高生のような光景である。どちらかと言うと怒りをこみ上げているオーラだ。

 女を怒らせると痛い目に会うというが、まさにその通りである。

「あらまあ」

 マイカはどこか憎しみじみたトーンで呟く。

 トシゾーは両手を出しながら後ろに下がる。逆にトワは睨みつけながらトシゾーを追い込む。

「一度のみならず、二度までも・・・」

「ごっゴメン トワ! でも暴走は無くなったみたいで、むしろ感謝して・・・やっぱりなんでもありません!!」

 両手を合わせて謝罪を訴える。殴られないように何度も弁護して言い聞かせようと苦笑いして見せる。あの痛みは二度も味わいたくないようだ。

 トワは落ち着きを取り戻したのか、トシゾーを追うのやめて刀を拾う。さっきの正気のない暴走で怖かったのに対し、今度は正気があるうえ、毒々しくオーラを放っている。そしていつの間にか、トワの右手に何かを潰したのか、灰色のゲル状液を握っている。

 おそらく寄生虫を自力で撃沈させたのだ。これはこれで違う意味で恐ろしい。


 まさに殺意の波動だ。

「治まったみたいで本当によかったよ。トワ、だから刀はもう仕舞ってもいいんだよ。元凶は君の手で始末したんだからね」

 トシゾーは懲りずにまだ許しを乞うように説得を続けた。もちろんトワの機嫌が収まることはない。不気味に笑みを浮かべ、とうとう懺悔ざんげの時間が訪れる。

「ふ・・・ふっふっふっ・・・言いたいことはそれだけか?」

「えっ?」

 その時、唖然としたトシゾーの頬に、素早いジャブが飛んできた。

「ぎょへええ!!」(またこのパターンだよ!!)

 トシゾーは何が飛んで来たのか見当もつかず、歯が抜け落ちる程の衝撃をモロに食らい、吹き飛ばされた。

 しかし実際はそこまでの威力はなくマイカの足元に転がり込む程度で済んでいた。

 その表情は嬉しさもあるが、内面は残念という感情もあった。マイカは心配そうに「大丈夫?」と身をかがめて眺めている。

 殴り終えたトワは眉を潜めたまま息を荒させ、刃を鞘に閉まった。

「ま・・まったく、・・・はあはあ・・・そういえば、私はなぜここに」

 怒りで我を忘れていたのか、辺りを見回すトワは意味不明気味であった。そして遠くで伸びているトシゾーを発見し、訳が分からなそうにきょとんとして尋ねる。

「そういえば、トシゾーを名乗る男が襲ってきて、思いっきり殴る夢を見ていたような」

「はっ・・・ハハハハハハ」

「まあ、色々あったのよ。気分はどう?」 

 マイカはトシゾーをほっぽりだし、トワの体調を心配した。トシゾーは半泣きで笑っている。

「右目が少しうずくが、たいしたことないな。トシゾーらしき男を殴ったおかげか気分が清々しくなった」

「間違えなく僕本人ですよ・・・」

「なんともなくてよかったわ。とりあえずトシゾー君に感謝したら」

「紳士芸人に? 何故?」


「捨て身の勢いであなたを助けようとしたのよ。早とちりであんなんになっちゃったけど、私が支給させた甲冑を付けていたから軽傷で済んでると思うけど」

 トワは釈然としない顔でトシゾーの元へ歩み寄る。近づくと彼の顔は四谷怪談(よつやかいだん)に出てくるオイワさんみたいに赤く腫れていたが、命に別状はないそうで笑っている。

 どうせ顔の腫れも、数分で治るだろうと、そんなに心配していないトワであった。

「お帰り、トワ・・・」

「・・・・・」

 トシゾーはかっこよく言い放った。トワは彼の発言にすぐ返答せず、数秒間を空けてようやく返しす。

「腕に甲冑を仕込んでなかったら、今頃片腕転がっていたぞ。グーで殴られただけましだと思え」

「そこは、ただいまって言うところでしょう」

「私の事は放っておけばいいものう。やはり君は、つくづく大マヌケなのだな」

「それが紳士のモットーだからね」

「そんな顔と体制で言われても説得力ないぞ」

「トワが言わないでよね」

「君がルパンダイブしてきたからだろ」

「そんなことはしてない。放っておけばきっと断崖から落ちて助からなかっよ」

「あの高さなら耐えられる。鍛えてるからな」

「また言いがかりを・・・」

 永遠に続くトシゾーとトワの会話劇に、マイカは思わず笑いだす。

「はっはっはっはっはっ、あなた達本当に面白いわ。二人で漫才とかやったら、絶対売れますわよ」

「そういうジャンルは紳士芸人だけで十分だ」

「だから芸人じゃないって!!」

 また会話劇が始める二人であった。

 かくしてトワの暴走は、一人の少年によって事なきをえたのである。だが、二人の出会いはまだ序章に過ぎない。始まったばかりなのだ。


第2話に続く

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