2-2 混ざって、とけあう。
浮かない顔をしているね。何かあったの。
誰も彼もが、私に顔を合わせるたびに、そんなことを言う。
あの日から、あの時から。
加倉先輩と、出会ったその日から。
歯車が狂ってしまった、なんて表現がよく似合っている。
七也とも希月とも、関係がギクシャクしてしまっている。
何が悪いのかと考えて行き着く先は、不覚にも加倉先輩を押し倒してしまったあの時。
私が、言ってしまった一言。
『二度と、話しかけないで!』
思い出すだけで、胸がムカムカとする。
割れっぱなしのスマホは、今の現状を表しているみたいだ。
「ねいねい、そのスマホ直さないーの?」
休み時間、スマホをいじっていたら、小波が声をかけてきた。
「おまじないかなにか?」
「直すのが面倒でね……」
「意外と腰が重いんだねえ」
「そんなに意外?」
ここ最近、そんなことを言われてばかりな気がする。
「私ってどう思われてるわけ?」
「彼氏もいて、ほどほどに友人もいて、いわゆるリア充ってやつだよねえ」
「そんなこと、思ったことないな」
「あっは。自分でリア充って思ってたら、超嫌なヤツだよ」
まあでも、と小波は珍しく真面目な顔をして見せる。
「もっと不真面目に生きればいいのにーって思うよ」
「不真面目に?」
「型にハマった優等生ってつまんないじゃん。ミズっちそれだよね。まあ、そうならざるを得ない理由があるのかも知れないけど」
「……もっと言って。なんか」
「ドMなの?」
「あんまりこういうこと言われないから」
変わりたいと思う。変わってしまいたいと思う。
当たり障りのない言葉はいらない。
小谷小波の言葉が心地良い。
理由を求めている。
「そういうこと、言われないように君が仕向けてきたんでしょうよ」
「私が?」
「隙を作らない。作ろうとしない。だーかーら、一目惚れなんてしないなんて、強がったことも言ってみちゃう。それが自分を苦しめてるって気付いてきたんじゃないの?」
「小波は、誰に一目惚れを?」
「……それは言えにゃいねえ。話が逸れてるし」
「意外と秘密主義なんだね」
「意外、意外。世の中、意外だらけだねえ」
「……何も知らないだけなのかも。他人のことも、自分のことも。スマホのいじりすぎで何も考えてないんだ」
「んっふっふ。いいねえ、ミズっちゃん」
小波の瞳が、キラキラと輝きだした。
「私たち、いいお友だちになれそうじゃない?」
「それは、どうかな」
「あは。ミズッちのこと大好きになりそう」
「嘘つき」
「ばれた?」
不気味に、私たちは笑い合う。
一息ついて、小波は言った。
「早くあの人と仲直りしにゃよ」
「小波さんは、神様なの?」
「そうありたかったけどねえ」
簡単に神様にはなれないんだね――憂うように、小波は言う。
なんだか、触れてしまってはいけないことに触れてしまったような気がして、私は話を戻す。
「葛藤しているの」
「青春だーねえ」
「あの人と話すと、心がかき乱される」
「貴重な体験だ」
「私が、私でなくなるような気がして、怖い」
「ロマンチストねえ」
「確かに」
「そうやって、うじうじ悩んでる時間、もったいなーよ。幸せの法則、ご存知?」
「知らない」
「いつやるの、今でしょ!」
「予備講師のやつ?」
「私は、真理をついてると思うのよ」
両手を広げて、小波は言う。
「人って、残念ながら不変ではないのよ」
「細胞が入れ替わるって話?」
「思考と思想と理想の話」
「言葉遊び?」
「こうやって、宮下水葉と小谷小波がディベートを重ねることで、互いの考えが混ざり合う。混ざり合って、新たな思考が生まれる。新たな思想を獲得する。新しい理想を掲げる。人が群衆で生活していながら、調和を大切にしていながら、どうして個人とか個性が求められていたりもするのかって? 人が互いの、そういう思考や思想や理想を取り入れて、混ぜ合って、アップデートしていくためなんじゃないかなーって」
だから時折、鮮烈なカリスマ性を持った人間が、群衆を率いたりする。
小波は、誰かを思い浮かべているのか、どこか遠くを見ているようだ。
「難しいこと、考えてるんだね」
「意外と?」
「うん。意外と」
「ミズっちも考え過ぎッてことよ。後先考え過ぎ。人は変わるんだよ。どうなるのかも、どうなっちゃうのかも、数年先も、数日先も、数時間先も、数秒先だって」
ふいに手を、握られた。
恋人つなぎだった。
「ドキっとした?」
「……ちょっとだけ」
「にひっ!」
くしゃっと顔を崩して、小波は笑った。
「分かってくれた?」
「分かったかも」
「誰かのために生きてるんじゃないんだよ」
チャイムが鳴った。とても大切な時間が、終わろうとしている。
「他人のためでも。家族のためでも。恋人のためでも。過去の自分のためでも。未来の自分のためでもない」
至言だね、と私はまだ繋いでいた手に、力を込めてみる。
なーんちゃってと、小波は照れくさそうに笑った気がした。
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