5-5 あふれて、こぼれる。⑤
「今、何時? 宮下」
「えっと」
枕元に置いてあった目覚まし時計を見る。
「夜中の三時、ですね」
「うーん……起きるには全然まだだけど、ちょっと目が覚めたな」
「す、すみません。私のせいで」
「謝らなくていいって。引け目とか負い目とか、私に感じなくていいから」
「そうは言っても、先輩ですし……」
なんて、先輩後輩なんて壁は取り壊したいのに、変に行儀よくしてしまう私がいる。
「またそれだ」と先輩は言った。
「一年早く生まれたからって、そんなに偉いもんじゃないよ」
「でも、少なくとも先輩は私より偉いです」
「ふはああああああ」
あくびともため息ともつかないような、先輩の息を吐く音が鈍く響く。
「ほら、宮下。横になって」
「へ、は?」
「夜は長いよ。こうなったらとことん語り合おうよ」
「い、良いですけど私、床で寝ますよ」
「ふっふっふ。この布団から出られるものなら出てみなよ」
ぶる、と思いがけず身震いする。
ほんの少し上体を起こしただけだというのに、冷たい空気が肌を突き刺してくるようだった。
「ほら。これで風邪でも引いたら、それこそ私に悪いと思わない?」
先輩に腕を引かれて、私は諦めて、諦めたふりをして、布団へと倒れ込む。
「暖かいね、宮下」
「そう、ですね」
「……宮下は、こうやって誰かと同じ布団で寝たことある?」
「ない、ですよ。ないです」
母親以外には、とは言えなかった。
「あ、ごめん。やらしい感じの意味とかじゃなくてさ」
「……それを言うとやらしい感じになるじゃないですか」
「ん、確かに……」
「もう……」
「や、でもさ……ほら。なかったの?」
歯切れ悪く、先輩は聞いてくる
「……本当になかったの。そういうことって」
「……気になるんですか」
「気にならない、は嘘になるけど」
寝返りを打って、先輩は私に背を向ける。
「どういう感覚なんだろう、って思う。他人を受け入れる感覚って言うのかな……。頭ではそれがどういうことかよくよく理解は出来てるんだけど、なんとなく想像がつかなくてさ」
独り言みたいに、先輩は言う。
私は、先輩の背中に答える。
「残念ですけど、そんなの私にも分からないですよ」
「……それは、ちょっと意外だったな、宮下」
「意外だと思われてる方がショックなんですけど」
「別に誰にでも股を開くなんて思ってないよ」
「また……」
暗闇のせいか、言葉選びが煩雑な気がする。
話の中身も、なんだかどんどんと穴底へ落ちていく。
「私より年下なのに、時々すごく大人っぽく見えるからさ、宮下」
「……別に関係ないですよね、それ」
「そうかな。誰かと向き合えた果てに、それはあるんじゃないかって私は思うんだよ。それで、誰かと真剣に向き合えることは、ああ大人だなって思う」
「美化しすぎです」
だって、それは小波に言わせれば、さんだいよっきゅーの一つでしかない。睡眠や食事と同じ程度に求められるものに過ぎない。
今だって、ねえ。私は、あなたの背中に劣情を抱いているというのに。
「美化……。うーん、美しくはないんだろうけど」
「けど?」
「なんていうのかな。人を好きになれるエネルギーみたいなのを、私は持てるのかなって思っちゃうよ」
誰かを好きになったことはない、と以前に先輩は言っていた。
「誰かを好きになる機会は、多分あったんですよね」
「ま、青春してれば一度や二度や三度くらいはあるよ」
「どうして好きになれなかったんですか」
「私が聞きたいよ」
「タイプじゃなかったんです?」
「どういうのが好きっていうのも、よく分かんないな」
「その気持ちは分かります」
「……これ、聞いてもいいか分からなかったから聞いてなかったけどさ」
先輩はまた寝返りをうって。
私と、向かい合う。
「どうして、宮下は彼のことを好きじゃなくなったの」




