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とけて、宮下。  作者: 水野つき
第1章 ひかれて、おちる。
3/33

1-3 夢だと、願う。

 走る、走った。無我夢中で、何も考えたくなくて、私はひたすらに走った。


 雨が降り注いでいるというのに、私の中でどんどんと熱が帯びていく。


 どうすれば、この熱は引いてくれるのだろうか?


 気が付くと、私は自宅の前に帰ってきていた。

 玄関の鍵を開けたところで、私は折り畳み傘を置いてきてしまったことに気が付く。

 仕方なく、私は二つ分の傘を持って、七也の待っているバス停に歩き出す。


 私と、あの人がぶつかった曲がり角には、折り畳み傘も、あの人も、いなかった。


 あの出来事は、夢の中の出来事で、私の妄想で、本当は何も起こらなかったんじゃないか。

 そう思わせるぐらいに、何だかその曲がり角は整然としていた。


 夢であって欲しいと、私は願う。


 あの時、抱いた気持ちは、嘘であって欲しい。


 そうでなければ、私は、七也は、いったいどうなってしまうというのか。


 ●


「ごめん、お待たせ」


「み、水葉、びしょびしょだよ!? どうしたの!?」


「へ、ああ、びしょびしょ?」


「折り畳み傘、差してたよね? 何かあった!?」


 慌てふためく七也を見ていたら、熱がすっと引いていくようだった。

 ああ、安心する。いつもの日常に戻って来たと感じる。


 やっぱり私は、七也のことが好きなんだ。


「何でもないよ」

 私は、七也のことを抱きしめる。

 七也の体温はすっかり失われてしまっていて、冷たい。

 私の中に帯びていた熱を分け与えるように、私は力強く、力強く、七也を。

「何でもないから、安心して」


「み、水葉?」


「ごめん。ちょっと、七也がいなくなってるんじゃないかって心配で」


「……水葉を置いてなんかいかないよ、僕は」


「うん。そうだよね。……うん」


 ごめん、ともう一度、私は謝った。

 いいよ、と七也は言う。


 優しい七也は、何も聞かない。

 

 何も、聞かないのだ。


 ●


 翌朝、教室に入ると、嫌でも視線は小谷小波へと注いでしまう自分がいた。

 小波は眠たいのか、日向を浴びながら机に突っ伏して微睡(まど)ろんでいる。

 その小波を起こすように、私は雑に鞄を机に置いた。


「う~ん、昨日に続いて、今日も不機嫌気味ーっすか?」


 ゆったり、のらり、のろりと小波は頭を上げる。

 目をこすって起きる様はなんとなくわざとらしい。猫が顔を洗っているみたいな仕草だ。


「おはよう、小波さん」


「おはよう、ミズっち」


「……急になれなれしくなったね」


「今まであんまり話したことなかったけど、ミズっち面白いかなあと思ってさ」


「ああ、そう」


 どこらへんが面白かったのか、聞くのはやめておいた。

 なんとなく、分が悪そうな気がした。


「で、なになに。私に何か言いたいことがあるんでしょ」


 小波は、興味津々と言った様子で、体の向きをこちらに向けてくる。

 

 小波は、掴みどころがない。言動はふわふわしている。

 けれど利発であって、授業中で当てられても間違えたことは、私の記憶の中では一度だってない。けれど、ペーパーテストで順位が上かというと、それほど突出もしていなくて、なんというか、要領の良いやつというのが小谷小波に対する印象だった。


「なーにー、マジマジと見てさ。スキャン中?」


「……昨日さ、私に絶対一目惚れするって言ったでしょ」


「んー。言ったかも知れないし、言ってないかも知れない」


「どうして、そんなこと言ったの」


 あは、と小波はなんだか嬉しそうに笑う。


「もしかして、預言が当たっちゃった?」


「……気になったの。そういうこと、あんまり言われたことないから」


「ふーん。そっかそっか」

 小波は微笑んだまま――いや、いっそう唇の端が、吊り上がった気がする。

「ま、単純明快と言うか、思ったことを言っただけなんだよねえ」


「思ったことを?」


「心理学的に、絶対なんとかしない~みたいな言動って、それすなわち()()()()()()()()()()的な、ね」

 

「願望……?」


「七也君と付き合っているせいでもあるんだろうけど」

 小波は、手でピストルをかたどって、教室の後ろの方で友達と話し込んでいる七也へとその銃口を向ける。

「ミズっちは、本当は焦がれてるんだよ、溺れるほどの恋。衝動的な恋。ドラマティックな恋。でもでも、それはいけないことだって、自分でブレーキをかけてるの。だってそれって、七也君と付き合っている自分と、七也君自身を否定することになるでしょ?」


 バン、と小波は七也を撃つふりをした。

 

「そこらへんの想いが綯交(ないま)ぜになった気持ちが、『絶対一目惚れしない』というシンプルな一言に置き換えられているんだなーって、私は思っただけ。うーん、こういうのをカリギュラ効果って言うのかな? ちょっと違うかな?」


「私は」

 自分に言い聞かせるように、言い聞かせるように、言い聞かせるように。

 私は、自分の脳味噌を揺さぶるように、言った。

「心の底から、一目惚れなんてありえないって思ってる」


「……ぷっ」

 声をあげて、まるで膨らみ切った風船が破裂したみたいに、小波は笑った。

「アッハッハ! ミズっちゃん分かりやすすぎだよ!」


「え、へっ?」


「ふう。ミズっち、自分のこと器用だと思ってるでしょ? でも全然、不器用だからね」


「な、何でそんなこと!」


 体を乗り出して、私の耳元で、小波は言った。


「ミズっち、一目惚れしたんでしょ」


 鼓膜が揺れて、その振動が、心臓までもぐらぐらと揺らしてくるようだった。

 私は平静を装った。装えていたのだろうか。眉も頬も肩も胸も足も微動だにさせないように意識を集中させて、私はただ一言を言い返すためだけに、全神経を集中させて唇だけを動かした。

 

「そんなわけないじゃん」


 小谷小波は、やっぱり面白いと、猫みたいに笑った。


 ●


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