5-1 あふれて、こぼれる。①
暗闇は、人を狂わせるような気がする。
どれくらい近付いたのだろう。あなたとの距離も、分からなくなる。
そうして何も見えないまま、想いを注いでいく。
溢れてしまうことも、分からないまま。
こぼれてしまうことも、分からないまま。
○
「はー、突然手を掴んで走り出すから、何事かと思ったよ」
加倉先輩は、目を見開いてパチクリとさせていた。
「す、すみません」
「というか、あのトンネルって真っ暗になるやつだったっけ?」
「それは分からないですけど……」
「玲とこなみちゃんは――」
「せ、先輩!」
ほとんど反射的に声を上げていた。
「あの、しばらく二人で回りませんか?」
「ふむ」
「ふむ?」
「それはまたどうして?」
「……今日、一緒に遊びに来ましたけど、あんまり先輩と絡んでないかなーって思いまして」
「ふふ。初ねえ、宮下」
にかっと先輩は、歯を見せて笑う。
「そう言われちゃ、しょうがない。一緒にまわろっか」
「は、はい!」
「それで」
先輩は、私に掴まれていた左手を掲げた。
「この手は、いつまで繋いでいるのかな?」
わ、っと顔が熱くなるのを感じる。
思わず手放しそうになってしまったけれど、私はぐっと堪えて、手に力を込めた。
今、手放してしまったら、次に手を繋ぐときにどれだけの勇気を消費すればいいのか。
「さ、寒いので、このまま掴んでいても良いですか?」
「良いけど、宮下の手の方があっついよ?」
「は、走ったので」
「ふふ。走ったからね」
先輩は、私と繋いでいる手を前後に振った。
「いいよ、私たちの仲の良さをカップルに見せつけてやろう!」
「は、はい」
手を繋いだまま、私たちは歩き出す。
少し歩いたその先には、イルミネーションで彩られた巨大なクリスマスツリーがあった。その周囲には何組ものカップルがいた。私たちがいることが場違いであるかのように思えて、何だか先輩に申し訳なくなってきた。
「綺麗だなあ」
ツリーを見上げて、先輩は言った。
この人は、周りなんて全然見ていないみたいだった。
そういうところに、居心地の良さを感じてしまう。
「ね、知ってる、宮下」
ツリーを眺めたまま、先輩は言う。
「このツリーが虹色に光るときに、一緒に見た人は結ばれるという伝説があるとかないとか……」
「初耳、ですね」
「宮下って、そういうのは信じてなさそうだもんね。ロマンチストというよりかは、リアリストって感じがするし」
「……そんなことないですよ」
先輩と、虹色に輝く瞬間を見たいと思うほどには、ロマンチストだというのに。
「どうして、そう思うんです」
「どうして、って言われると困るけど……。恋をしていたからかな」
「恋を?」
チクりも胸が痛む。
「関係ありますかね」
「結局君は、彼と別れる決断をしたんだよね」
「……はい」
「経緯とかは分からないけどさ、一人の人と向き合って、そういう決断が出来るって、人生ちゃんと生きてるって感じがするよ」
「そんな立派なもんじゃないですよ」
むしろ、七也とは向き合えていなかった。
あの日、私が別れを告げるまでは。
「立派だよ、宮下は」
握っていた手に、力が込められた気がする。
「私も、宮下みたいになりたいって思うよ」
「……それって、どういう」
「あ、見て! 宮下!」
先輩の、指さした方を見ると、そこには虹色に光り輝くクリスマスツリーがあった。
「すっごい! めちゃくちゃ綺麗だね、宮下!」
私は、そんな虹色のツリーなんて目に入っていなくて。
隣で子どもみたいにはしゃぐ先輩の方が、ずっと可愛くて素敵だって思ってしまっている。
「あはは。これって宮下と結ばれちゃったりするのかな?」
きゅっと胸がしめつけられる。
その言葉を、先輩がどういう気持ちで言ったのかは分からない。
一瞬でも良い。心が読めてしまえばいいのに。
そしたらきっと、答えは簡単に求めることが出来る。
なんて、神様に怒られてしまうだろうか。
「ねえ、先輩」
口から心臓が飛び出すんじゃないかって、そんなの嘘みたいだと思っていたけれど、今、私の口からは心臓どころか、からだが心臓の弾みでちりぢりになってしまいそうで、だから、私は自分のかたちを保っていられるように、先輩の手をぎゅっと握りしめた。
「私はね、先輩。先輩のことが――」
――好きです、という言葉は、暗闇に吸い込まれた。




