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とけて、宮下。  作者: 水野つき
第5章 あふれて、こぼれる。
27/33

5-1 あふれて、こぼれる。①


 暗闇は、人を狂わせるような気がする。


 どれくらい近付いたのだろう。あなたとの距離も、分からなくなる。


 そうして何も見えないまま、想いを注いでいく。


 溢れてしまうことも、分からないまま。

 こぼれてしまうことも、分からないまま。



 

 ○




「はー、突然手を掴んで走り出すから、何事かと思ったよ」


 加倉先輩は、目を見開いてパチクリとさせていた。


「す、すみません」


「というか、あのトンネルって真っ暗になるやつだったっけ?」


「それは分からないですけど……」


「玲とこなみちゃんは――」


「せ、先輩!」

 ほとんど反射的に声を上げていた。

「あの、しばらく二人で回りませんか?」


「ふむ」


「ふむ?」


「それはまたどうして?」


「……今日、一緒に遊びに来ましたけど、あんまり先輩と絡んでないかなーって思いまして」


「ふふ。(うい)ねえ、宮下」

 にかっと先輩は、歯を見せて笑う。

「そう言われちゃ、しょうがない。一緒にまわろっか」


「は、はい!」


「それで」

 先輩は、私に掴まれていた左手を掲げた。

「この手は、いつまで繋いでいるのかな?」


 わ、っと顔が熱くなるのを感じる。

 思わず手放しそうになってしまったけれど、私はぐっと堪えて、手に力を込めた。

 今、手放してしまったら、次に手を繋ぐときにどれだけの勇気を消費すればいいのか。


「さ、寒いので、このまま掴んでいても良いですか?」


「良いけど、宮下の手の方があっついよ?」


「は、走ったので」


「ふふ。走ったからね」

 先輩は、私と繋いでいる手を前後に振った。

「いいよ、私たちの仲の良さをカップルに見せつけてやろう!」

 

「は、はい」


 手を繋いだまま、私たちは歩き出す。

 少し歩いたその先には、イルミネーションで彩られた巨大なクリスマスツリーがあった。その周囲には何組ものカップルがいた。私たちがいることが場違いであるかのように思えて、何だか先輩に申し訳なくなってきた。


「綺麗だなあ」


 ツリーを見上げて、先輩は言った。

 この人は、周りなんて全然見ていないみたいだった。


 そういうところに、居心地の良さを感じてしまう。


「ね、知ってる、宮下」

 ツリーを眺めたまま、先輩は言う。

「このツリーが虹色に光るときに、一緒に見た人は結ばれるという伝説があるとかないとか……」


「初耳、ですね」


「宮下って、そういうのは信じてなさそうだもんね。ロマンチストというよりかは、リアリストって感じがするし」


「……そんなことないですよ」

 先輩と、虹色に輝く瞬間を見たいと思うほどには、ロマンチストだというのに。

「どうして、そう思うんです」


「どうして、って言われると困るけど……。恋をしていたからかな」


「恋を?」

 チクりも胸が痛む。

「関係ありますかね」


「結局君は、彼と別れる決断をしたんだよね」


「……はい」


「経緯とかは分からないけどさ、一人の人と向き合って、そういう決断が出来るって、人生ちゃんと生きてるって感じがするよ」


「そんな立派なもんじゃないですよ」


 むしろ、七也とは向き合えていなかった。

 あの日、私が別れを告げるまでは。


「立派だよ、宮下は」

 握っていた手に、力が込められた気がする。

「私も、宮下みたいになりたいって思うよ」


「……それって、どういう」


「あ、見て! 宮下!」

 先輩の、指さした方を見ると、そこには虹色に光り輝くクリスマスツリーがあった。

「すっごい! めちゃくちゃ綺麗だね、宮下!」


 私は、そんな虹色のツリーなんて目に入っていなくて。

 隣で子どもみたいにはしゃぐ先輩の方が、ずっと可愛くて素敵だって思ってしまっている。


「あはは。これって宮下と結ばれちゃったりするのかな?」


 きゅっと胸がしめつけられる。

 その言葉を、先輩がどういう気持ちで言ったのかは分からない。

 

 一瞬でも良い。心が読めてしまえばいいのに。

 そしたらきっと、答えは簡単に求めることが出来る。

 なんて、神様に怒られてしまうだろうか。

 

「ねえ、先輩」


 口から心臓が飛び出すんじゃないかって、そんなの嘘みたいだと思っていたけれど、今、私の口からは心臓どころか、からだが心臓の弾みでちりぢりになってしまいそうで、だから、私は自分のかたちを保っていられるように、先輩の手をぎゅっと握りしめた。


「私はね、先輩。先輩のことが――」


 ――好きです、という言葉は、暗闇に吸い込まれた。









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