4-8.5 くぐれない、トンネル。
☆
誘拐、という言葉が的確であったように思える。
「チッ……。んだよ、あれ」
だが、追いかけようという気にはなれなかった。
それは私が取る行動としては、あまりにも不自然だ。
「んっふっふ。二人になっちゃいましたねい、佐々先輩」
虹色に瞬くトンネルの中、小谷が声をかけてきた。
「……お前、良いのかよ」
「どういう意味です?」
「お前も、だって」
「んっふっふっふっふ!」
私の言葉を遮って、小谷は笑う。
「面白いことを考えてますねい、佐々先輩」
「面白くねえよ、全然」
「どうして、その結論に至ったんですかねい」
「……見てれば、分かっちまうっていうのか? っていうか、隠す気ないだろ、お前」
「あは。おかしいですねい、これでも精一杯、我慢してるんですけど」
「てめえのことは、てめえじゃ分かんねえんだよ。外に目ん玉があるわけじゃねえんだ」
「……難儀ってやつですねい」
そう言って、小谷はわざとらしく肩をすくませる。
「佐々先輩は追いかけなくて、良いんですか?」
「私は、別に」
「んふ。お前もって、佐々先輩言ってましたよ」
「……目ざといやつ」
「耳ざといんですよう。それに、佐々先輩も隠す気ゼーローでしょう」
思わず、ため息が漏れた。
やっぱり、てめえのことは、てめえじゃ分からねえ。
「本当に良いのか、お前」
「ふふ。私はもう覚悟もスタンスも決まっていますのでい」
「……好きな人が幸せだったら、それでいいってか? 綺麗ごとだな」
「んふふ。こればっかりは、なるようにしかならないのですよ」
「だから、お前は何もしないのか」
「分かってないですねい、佐々先輩は」
小谷は、両腕を広げた。
「人は、変わっていくんですよ。見た目も、中身も、価値観も、気持ちも」
「……」
「永遠のものなんて、ないのです」
「そう思うなら、それはその程度の気持ちってことだ」
「いいですねい。パッションを感じます。漫画の主人公向けですねい」
「そうやって誤魔化して誤魔化して、今までやってきたんだな」
小谷は、笑顔を崩さない。
「一歩引いてりゃ、それは楽だと思うけどよ。てめえの気持ちに踏み込まないってのは、それはそれでどうなんだって私は思うよ」
「んふ。今の自分に言い聞かせているんですか?」
「あ?」
「そう言うのなら、加倉先輩を追いかけるべきではないのですか?」
「――私は」
宮下水葉は、嵐のように現れた。
そして宮下水葉は、あっという間に涼美と距離を縮めて、今この場にいる。
私に「涼美が好きである」と告白をして。
私は、臆病者だ。
いつか、私の気持ちが伝われば良い。そんな淡い気持ちを抱き続けて、一年が過ぎた。
涼美のファンの存在は、私にとって都合が良かった。
厄介なファンから守るためだと言えば、体裁よく涼実のそばにいられたし、涼美に近付くやつをファンだとひとくくりにしてしまえば、涼美も一定の距離を置いて接するようにしていた。
――宮下水葉は、違った。
あの日、涼美の家を聞きに来たとき。
私はダメだと言って、追い払うことは出来なかった。
宮下水葉の、気持ちを汲み取ったこともあったのかも知れない。
けれど、それ以上に、涼美が宮下水葉のことを――。
「――綺麗ごとを言っているのは、私の方か……」
「悟りでも開きましたかねい?」
「ああ。面倒くせえよ、ホントに」
そうやって、面倒がって逃げてきた結果が、これなのかも知れない。
少なくとも、宮下水葉は向き合っていた。
自分の気持ちにも、そして私の気持ちにすらも。
「厄介なヤツ……」
「んふ。諦めがついちゃいましたか?」
「……私が今ここで突っ立って、お前と話していることが答えなんだろうな」
「冷めてますねい。先ほどまでのパッションはどこへやら」
「誰も彼もが一番ってわけにはいかねえだろ」
「大人ですねい」
「馬鹿なんだよ、私」
自虐めいたことを言うと、うひっと小谷は心底愉快そうに笑った。
「……お前はいったい、どういうつもりなんだよ」
「どういうつもりとは?」
「自分の気持ちを差し置いて、それどころか涼美と宮下の仲を取り持ってるじゃねえか」
「んふ。私、言ったじゃないですか。永遠のものなんて、ないんだって」
「お前……」
「近すぎず、離れすぎず。適切な距離を保つ。白黒はっきりさせないで、曖昧な関係性を保つ。人間ってやつはねい、答えが分かってしまったらキョーミがなくなってしまう。幸せに浸っていたら、もっともっと幸せであることを求めてしまう。人間はねい、あらゆる環境にすぐに適応しちゃうほど賢いから、ある意味では厄介なんですよねい」
小谷小波は、平然と笑っている。
いったい、お前は何を考えている?
「ふふふ。そういえば、言い忘れていましたけど」
小谷が口を開いたその瞬間、またトンネルは暗闇に包まれた。
「私、神様見習いなんですよ」




