4-8 おもい、あふれる。⑤
「世界の決まり事みたいなのが、疎ましく思える」
イルミネーションで彩られた、光のトンネルに差し掛かる。
目の前で、加倉先輩が「綺麗」と声を上げた。
「常識とか規則とか、道徳とか倫理とか……そういうものが鬱陶しく感じるようになってきた」
「……難儀だねい」
「男の子は女の子を好きでなきゃいけない。女の子は男の子を好きでなきゃいけない」
「うん」
「一人だけしか好きになっちゃいけない。複数人から愛されることも許されない。そんな当たり前が全て取っ払われてしまえば、もっとたくさんの人が幸せになれるんじゃないかって思える」
光のトンネルを、私は小波と並んでくぐり始める。
「ミズッちの言う通りかも知れないし、そうじゃないかも知れないねえ」
「めずらしく、言葉を濁すね」
「当たり前に恩恵を受けていることも、あるかも知れないからねえ」
「そうかな」
「そうだよう。具体的には言いませんけど!」
「なんだそれ」
私は軽く笑った。
「こなみんは絶対具体的に考えてるよね」
「ま、神様見習いでぃすから」
「そういえばそうだった」
「世界は、思ったより小さいのですぞ、ミズミズ」
両手を広げて、小波は言う。
「君の感知する世界こそが、この世界の全てなのです」
「私が感知する世界?」
「量子力学的には、観測していない世界は存在していないという考え方があるのです」
「……つまり、どういうこと?」
「今、ミズっちが見てる世界だけが、存在する世界なのです。ミズっちが私をその目でとらえていない時、私という存在はこの世界には存在しないのです」
「へえ。じゃあ神様なんだ、私も」
「みんな神様なんだねい、実は」
にへらと小波は笑う。
「そのことに、気付いていないだけで」
「世界の創造者か」
「そう。人類みな世界を創造しているのです」
「うん」
「だから、ミズッちも自分の世界を創り上げればいいんだよ」
世界は色を変える。
赤く、青く、そして真っ白に世界は明滅する。
「君の見えている範囲にしか、世界はないんだよ」
「……こなみんは、いつも私に勇気をくれるね」
「のんのん。私は世界のルールを述べているだけなのです」
「たぶん、そのルール知っている人はあんまりいないよ」
当たり前は、私の見えていない世界で繰り広げられていればいい。
私は私の見ている世界で、私の想いを乗せて、私の当たり前を築き上げる。
たとえ、それが周りから見たら歪んで、醜くて、不完全な世界であったのだとしても。
この世界は、だって、私のものだ。
「神様見習いは卒業じゃない? こなみん。というか、こなみんの理論でいえば、こなみんも神様だよ」
「言い忘れてたけど、私は上位神の神様見習いなのです」
「じょういしん……」
「神様を束ねる神様の見習いです!」
「それはまた難儀だ」
「難儀だねい」
さあさあ、と小波は声を上げる。
「トンネルを抜けるよ」
「うん」
「トンネルの先は違う世界が広がっているっていうのが、相場なんだよねい」
「雪国か、不思議の町?」
「宮下水葉の世界だよ」
小波がそう言った瞬間、明かりは消えて、世界は真っ暗になった。
加倉先輩の、戸惑った声が聞こえる。
「トンネルを抜けるのは、私とじゃダメだよ」
「小波……」
「こなみんだよ」
たぶん、暗闇の中で小波は笑った。
そうでなくてはならない。そうでなくては。
「ありがと、こなみん」
「どういたしましてい」
私は地面を蹴って、その場を駆け出した。
加倉先輩の手を取って。
「え、ちょ、誰?」
「行きますよ、先輩」
「宮下? こ、こけるこける!」
「走ってください!」
トンネルを抜けた瞬間、世界は虹色に光輝いた。




