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とけて、宮下。  作者: 水野つき
第4章 おもい、あふれる。
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4-3 おもい、なやむ。③

「三大欲求はごぞーんじ?」


「ご存知だけど」


「食欲、睡眠欲、そして性欲!」


躊躇(ためら)いないなあ」


「我々人類は、食べてる時と寝てる時以外は、常にムラムラしているのです!」


「こなみん極論だ」


「けれど、そのムラムラを秘匿(ひとく)するのが我々人間です。知性があるので」


「つまり?」


「誰も彼もが拗れてるんだねい」

 小波が微笑みながら、手のひらをこちらに向けてきた。

「いぇーい」


「い、いぇーい」


 ゆっくりと、ハイタッチするみたいに小波の手のひらに、自分の手のひらを重ねる。

 私よりも少し小さめのその手のひらは、ちょっとした鉄板みたいに熱くなっていた。


「本来、生き物が発露すべき性を人間は隠している。えっちぃことは、遺伝子を残すために重要なことなのにねい。だから、拗れる。本来、満たされるべきものを秘匿しているから」


「そういうものかな」


「さあねー。でも、気にすることはないってことよ。どれだけ拗れていても、どれだけひねくれていても、どれだけねじ切れていても、そいで」


 熱い手のひらが、私の手を握りしめる。


「誰が、誰を好きでも」  


「……小波(さざな)


「こなみんだよ、私は」


「拗れてるなあ」


「お互い様さまよう」


 どちらからともなく、手が離される。

 手のひらに残った熱が、毒のように私の血の中に巡ってゆくような気がした。


「……ね、こなみん」


「ほいさ」


「こなみんもさ、クリスマスイヴに来てよ」


「んっふっふ」

 不敵に、小波は笑って言った。

「最初からそのつもりでい」


 ○

 

 来たる十二月二十四日。土曜日のクリスマスイヴ。

 休みの日ではあったけれど、いつもより早く目が覚めた。我ながら遠足前の子どもみたいだなと苦笑する。けれど、楽しみというよりかは緊張の方が強い。なにせ、加倉先輩だけではなくて佐々先輩もいる。そして、小波も。混ぜるな危険、というフレーズが頭の中を駆け巡る。混ぜたのは、私だけれど。


 今日は、とびきりのお洒落をしよう。

 少しでも先輩を意識させたい。そして、可愛いと言われたい。いや、恋愛関係に持ち込むならカッコいいと思わせた方が良いのだろうか。加倉先輩は、いったいどういう人が好きなのだろう。今更ながら好みのタイプを聞いておけば良かったと思うけれど、後悔したって何が変わるわけではない。今でしょ、と私は想像上の小波と拳を合わせる。今は私なりのベストを尽くすしかないのだ。


 朝食を済ませ、洗濯をして、希月の昼食・夜食兼用のカレーライスを作る。

 出かけ際に、リビングで勉強していた希月に声をかけた。


「カレー作っといたから、温めて食べてといて」


「……なんだよ、デートかよ」

 不機嫌そうに、希月が言ってくる。

「ななやんから、別れたって聞いたけど」


「七也から聞いたの?」


「ななやん以外、誰から聞くんだよ」


「もう、すぐ突っかかってくる」


「別に突っかかってないけど」


「はいはい」

 最近の希月は、こんな態度を取ってばかりだ。

 男の子というやつは、こうも分かりやすく反抗期を迎えるものなのだろうか。

「七也の言う通りだよ」


「……マジで別れたの」


「希月の望み通りにね」


「じ、じゃあ今日は何なんだよ。そんなにめかし込みやがって」


 鋭い。やはり家族ともなれば分かってしまうものなのだろうか。


「フツーに女子会だよ。孤独者の集まり」


「ホントかよ。ななやんの時でも、そんな気合入れてお洒落してなかったじゃん」


「……よく見てんね」


「べ、別に見てねえよ」


「はいはい」


「ななやんもイメチェンしたみたいだし、ホントに何もねえの?」


「何もないんだってば」


 七也は、()()()から変わった。

 眼鏡をやめて、ボサボサだった頭も、ワックスを使って毎日整えるようになった。

 そのあまりの変貌ぶりと、私と別れたことが重なって、クラスメイトたちから今の希月みたいに色々と根掘り葉掘り聞かれたことを思い出す。


「……どうして、別れたんだよ」

 

 それも、何度も何度も聞かれたことだ。


「私に、好きな人が出来たから」


「はっ?」

 希月は、目を丸くする。

「なんだよ、それ」


「言った通りだよ」


「わ、別れたばっかだろ? おかしいじゃん、そんなの」


「私は」


 馬鹿かも知れない。愚かであるのかも知れない。

 七也のように、長い時間が積み重なっているわけではない。

 曲がり角でぶつかって、言葉を交わした。

 

 ただ、ほんの刹那であるけれど。


 私は。

 

「初めて、人を好きになったって言える相手に出会えたんだ」


 例え、周りから見ておかしいものであっても、受け入れられないものであっても、否定されてるものであっても、世界でただ私だけが受け止めてみせる。そうでなければ、だって私は私である必要がないのだから。


「行くよ、私。待たせると悪いから」


()()!」


 私の名前を呼んで、立ち上がって、希月は。

 何を言うわけでもなく、ただ悲痛な表情を浮かべる。


()()()()()()()()()


 それじゃあ行ってきます、と私は外へ出る。

 振り返らないで、私は前へと歩みを進める。



 ○

 



 





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