1-2 ひかれて、おちる。
テスト勉強を終えて、私たちはファミレスを出る。
辺りは、思ったよりも暗い。見上げると、空は一雨来そうな雨雲に覆われていた。
「早く帰った方が良さそうだね」と同じように空を見上げながら、七也は言う。
「そうだね」
私は、不意をつくように七也の手を取る。
七也は、首が落ちるんじゃないかっていう勢いで、空から私に視線を移した。
「さ、早く帰ろ」
七也の手を引いて、歩き出す。
私は、七也のことが、好きなのだ。
この気持ちを、誰かにとやかく言われる筋合いはない。
「あ……」
七也が呟くと、ぽたりと雨粒が地面のコンクリに落ちる。
一つ、二つと染みが広がっていき、次第に本降りになってきた。
「七也、こっち!」
私は七也の手を引きながら、近くにあったバス停に避難する。
なんとか水浸しになる前に雨宿りはできたが、雨は止みそうにない。
「今日は雨降らないって言ってたのになあ」
七也がぼやく。
「ま、秋の空は変わりやすいって言うしね」
私は、鞄から折り畳み傘を取り出す。
「七也の分の傘取ってくるよ」
「え? そんな、僕が取りに行くよ」
「ここからなら、私の家の方が近いし、この傘もあんまり大きくないし。だから、七也はここで待っててよ」
「ごめんね。用意が悪くってさ」
「知ってる知ってる。それが七也でしょ?」
「う……、男なのに情けないよね、ごめん」
「そういうつもりで言ったんじゃないよ」
しっとりと濡れた七也の髪を、優しく撫でる。
「こういうのって、助け合いでしょ? 男とか女とか関係ないし」
じゃあ待っててね、と私は折り畳み傘を差して、走り出す。
雨音は、激しさを増していく。
●
運命は、決まっていたのだろうかと、私は思う。
例えば、私がもし折り畳み傘を持っていなければ。
もし、雨さえ降り出さなければ。
もう少し早く、ファミレスを出ていれば。
キスをしなければ、小谷小波と話さなければ、七也と幼馴染でなければ?
全てがこの時のために用意された、綿密で周到な事象であると言うのなら。
私はそれを、運命と呼ぶしか、なかったのだ。
●
雨は強く、視界はあまり良いとは言えなかった。
七也のために、早く傘を取って来なければと、私は小走りだった。
だから、という言い訳を、七也は受け入れてくれるだろうか。
曲り道の角を曲がった、その瞬間だった。
「っ!」
曲がり角の向こうから人が歩いてきていたようで、私はその人にぶつかってしまった。
私は、ぶつかった勢いで尻もちをついてしまった。
折り畳み傘も、手放してしまった。
「いたた……」
スカートの張り付く感覚が気持ち悪いな、と思ったのも束の間。
ぶつかった相手に謝らなきゃと、私は顔を上げる。
「ごめんね。大丈夫?」
と、相手の声が、宙を舞っていた折り畳み傘越しに聞こえてきた。
「大丈夫、です。すみません!」
折り畳み傘が、重力に引かれて。
相手の顔が見えた、その瞬間だった。
意識したわけでもないのに、自分の声が、小谷小波の声が、勝手にリフレインされた。
『一目惚れなんて、ありえないでしょ』
『あなたは、絶対に一目惚れをする』
今まで、私が積み上げてきたものが、音を立てて崩れたような気がした。
女の人、だった。
ショートヘア。雨の雫をまとって、綺麗に水滴を垂らしている。ツヤツヤで、サラサラ。たぶん、世界で一番似合っている。目が、大きい。吸い込まれそうになる、なんて陳腐な表現だと思っていたけれど、こんなにじっと見ていられる綺麗な瞳は見たことがない。小さな顔。小さな唇。林檎をかじるのも一苦労しそうだ。手を差し出されていることに気が付いて、私はその手を取る。雨に濡れているせいか、その手は冷たい。繊細な手。物を掴めることが出来るの? まるで絹糸で構成されているみたい。優しくて、それなのに、私を引き上げるその手の力は、とても力強い。
「ちゃんと前を見て歩いてなかったよ。悪かったね」
立ち上がって、少し目線を上げる。
私よりもちょっとだけ、背が高い。
「あ、すみません。私こそ、慌ててて……」
頭が上手く、回らない。
「その制服は……」
相手は何かを言いかけたけれど、私は本能で悟っていた。
このままこの場に留まり続けていたら、私が、世界が、おかしくなってしまう。
私は、彼女を置き去りにしたまま、その場を走り去ってしまった。




