3-5 あなたを、おもう。④
へえ、と言うのが、加倉先輩の第一声だった。
「彼氏がいることを私に言って、それで」
真っ黒で綺麗な瞳が、私を捉えて離さない。
「本当は、何が言いたいの、宮下」
その時は、加倉先輩に出会っても出会わなくても、訪れていたのだろうか?
「この後、彼に会って、別れようって言うつもりです」
「……いいの、宮下」
「え?」
「泣きそうな顔、してる」
「してないです」
唇が、震える。それは恐怖なのだろうか、それとも加倉先輩の言う通り、私は悲しんでいるのだろうか。自分のことなのに、自分の気持ちが分からない。
「こういうのって、止めて欲しいから相談するってのが普通のガールズトーク? なんだけど」
加倉先輩は、目を逸らさない。逸らそうともしない。
「宮下はたぶん、違うんだよね」
「……今、分からなくなりました」
これはある種の、宣戦布告のつもりだった。
私の抱く、あなたへの気持ちと向き合うという、決意。
私は、知ってしまった。今まで知らなかった想い。七也には抱かなかった想いを、あろうことか女であるあなたに抱いてしまった。けれど、臆病な私は、この気持ちを恋であると決めつけて、突き進んでいくことに、今になって躊躇いを感じてしまっている。
「正解なんてないんだよ、宮下」
私も、そう思う。
何が最善かなんて、分からない。私は変容してゆく。
だから、今を生きるしかない。そういう話を小波としたのだ。それでも想像をしてしまう。この道を選び取った先にある私は、きっといつか間違いなく苦しむ。あなたへの想いが、あなたに受け入れられるだろうかという不安。そして、あなたを苦しめてしまうのではないだろうかという恐れ。
なにより私は、あなたを想い続けることが出来るだろうか。
「先輩」
「うん」
「この世に、永遠に変わらない気持ちなんてあるんでしょうか」
「あるかも知れないし、ないかも知れない」
けれど、と先輩は言う。
「永遠であろうとする気持ちは、あると思うよ」
「永遠であろうとする気持ち……」
「その気持ちのこと、なんて言うか知ってる?」
知らないと私が答えると、先輩はじっと捉えていた私の目から視線を逸らして、言った。
「愛だよ」
○
制限時間を迎えて、私たちは店を出る。
少し肌寒い。日はすっかり落ちて、辺りは夕闇に包まれていた。もう、季節が巡ろうとしている。吐息もやがて色付いてゆくだろう。
「いいね、宮下。青春してるんだ」
独り言みたいに、先輩は言った。
「羨ましいんですか?」
「んー、ちょっとね。だって、誰かを好きになったことってないから」
「そう、なんですか」
安堵する。少なくとも、誰かと付き合っているなんてことはなさそうだ。けれど、不安でもある。先輩は、私のことを好きになってくれることがあるのだろうか。ましてや、女である私を。
「好きになるって、どういう感覚なのかな、宮下」
「そんなの、言葉では言い表せませんよ」
「ふ。ドラマの台詞みたい」
「本当のことですから」
ぐちゃぐちゃなのだ。好きなのに、嫌いになりたくなる。触れたいのに、触れてはいけないのだと思う。愛おしくなって、憎らしくもなる。相反する気持ちが、風船みたいに膨らんだり萎んだりして、そして割れてなくなってしまえばいいのにとも思う。そんなこと、心の底では望んでなんかいないのに。
「……後輩だけど、なんか私よりも大人っぽいね、宮下。恋は人を強くするのかな」
「それこそドラマっぽいですけど」
「確かに。あー、私も恋をしてみたいな」
「やめといた方がいいですよ」
今、加倉先輩に誰かを好きになられたら、私はどうなってしまうか分からない。
「どうして?」と先輩は、不思議そうに首を傾げた。
「深い意味は、ありません」
「そうなの?」
「はい」
「ふーん」
「そろそろ時間なんで、行きますね」
「……ねえ、宮下」
暗闇の中、先輩は訊ねてきた。
「どうして、別れようって思ったの」
好きだったんでしょう? と先輩は言った。
「永遠であろうとする気持ち……」
「えっ?」
「ね、先輩。私、気がついちゃったんです」
永遠であろうとする気持ちすら、私は抱いていなかった。
私は七也のことを。
「愛していなかったって、気がついたんです、先輩」
○




