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とけて、宮下。  作者: 水野つき
第3章 あなたを、おもう。
15/33

3-5 あなたを、おもう。④

 へえ、と言うのが、加倉先輩の第一声だった。


「彼氏がいることを私に言って、それで」

 真っ黒で綺麗な瞳が、私を捉えて離さない。

()()()()()()()()()()()、宮下」


 ()()()は、加倉先輩に出会っても出会わなくても、訪れていたのだろうか?

 

「この後、彼に会って、別れようって言うつもりです」


「……いいの、宮下」


「え?」


「泣きそうな顔、してる」


「してないです」


 唇が、震える。それは恐怖なのだろうか、それとも加倉先輩の言う通り、私は悲しんでいるのだろうか。自分のことなのに、自分の気持ちが分からない。


「こういうのって、止めて欲しいから相談するってのが普通のガールズトーク? なんだけど」

 加倉先輩は、目を逸らさない。逸らそうともしない。

「宮下はたぶん、違うんだよね」


「……今、分からなくなりました」


 これはある種の、()()()()のつもりだった。

 私の抱く、あなたへの気持ちと向き合うという、決意。


 私は、知ってしまった。今まで知らなかった想い。七也には抱かなかった想いを、あろうことか女であるあなたに抱いてしまった。けれど、臆病な私は、この気持ちを()()()()と決めつけて、突き進んでいくことに、今になって躊躇(ためら)いを感じてしまっている。


「正解なんてないんだよ、宮下」


 私も、そう思う。

 何が最善かなんて、分からない。私は変容してゆく。

 だから、今を生きるしかない。そういう話を小波としたのだ。それでも想像をしてしまう。この道を選び取った先にある私は、きっといつか間違いなく苦しむ。あなたへの想いが、あなたに受け入れられるだろうかという不安。そして、あなたを苦しめてしまうのではないだろうかという恐れ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「先輩」


「うん」


「この世に、永遠に変わらない気持ちなんてあるんでしょうか」


「あるかも知れないし、ないかも知れない」

 けれど、と先輩は言う。

「永遠であろうとする気持ちは、あると思うよ」


「永遠であろうとする気持ち……」


「その気持ちのこと、なんて言うか知ってる?」


 知らないと私が答えると、先輩はじっと捉えていた私の目から視線を逸らして、言った。


「愛だよ」


 ○


 制限時間を迎えて、私たちは店を出る。

 少し肌寒い。日はすっかり落ちて、辺りは夕闇に包まれていた。もう、季節が巡ろうとしている。吐息もやがて色付いてゆくだろう。

 

「いいね、宮下。青春してるんだ」


 独り言みたいに、先輩は言った。


「羨ましいんですか?」


「んー、ちょっとね。だって、誰かを好きになったことってないから」


「そう、なんですか」


 安堵する。少なくとも、誰かと付き合っているなんてことはなさそうだ。けれど、不安でもある。先輩は、私のことを好きになってくれることがあるのだろうか。ましてや、女である私を。


「好きになるって、どういう感覚なのかな、宮下」


「そんなの、言葉では言い表せませんよ」


「ふ。ドラマの台詞みたい」


「本当のことですから」


 ぐちゃぐちゃなのだ。好きなのに、嫌いになりたくなる。触れたいのに、触れてはいけないのだと思う。愛おしくなって、憎らしくもなる。相反する気持ちが、風船みたいに膨らんだり萎んだりして、そして割れてなくなってしまえばいいのにとも思う。そんなこと、心の底では望んでなんかいないのに。


「……後輩だけど、なんか私よりも大人っぽいね、宮下。恋は人を強くするのかな」


「それこそドラマっぽいですけど」


「確かに。あー、私も恋をしてみたいな」


「やめといた方がいいですよ」


 今、加倉先輩に誰かを好きになられたら、私はどうなってしまうか分からない。

「どうして?」と先輩は、不思議そうに首を傾げた。


「深い意味は、ありません」


「そうなの?」


「はい」


「ふーん」


「そろそろ時間なんで、行きますね」


「……ねえ、宮下」

 暗闇の中、先輩は訊ねてきた。

「どうして、別れようって思ったの」


 好きだったんでしょう? と先輩は言った。

 

「永遠であろうとする気持ち……」


「えっ?」


「ね、先輩。私、気がついちゃったんです」


 永遠であろうとする気持ちすら、私は抱いていなかった。

 私は七也のことを。


「愛していなかったって、気がついたんです、先輩」


 ○


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