表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とけて、宮下。  作者: 水野つき
第2章 世界が、変わる。
10/33

2-5 世界が、変わる。③

 近所にあったコンビニから帰ってくると、加倉先輩は布団の中で眠っていた。あんまり眠れていなかったのだろうか。すやすや、なんて寝息が聞こえてきそうなぐらいに、ぐっすりねむっているように見える。


 膝をついて、加倉先輩の顔を覗き込んだ。


 綺麗な顔をしている。

 化粧もしていないのに、ずいぶんと肌艶が良い。

 生まれ変われるのなら、こういう顔になりたい。


 隙だらけな、先輩。

 そっと、髪に触れてみる。

 さらさらで、とてもさわり心地が良い。


 手のひらを広げて、そのまま頭を撫でる。

 撫で続けていると、お腹からほわほわとしたような波が押し寄せて、心地良くもあり、どこか気持ちが悪い。そのバランスが絶妙で、私は手を止められないでいる。


 頭を、撫でているだけなのに。


 ああ、分かる。分かってしまう。


 この気持ちは、この感情は、


 言葉で言い表すならば、それは――。


「ん……」


 不意に寝返りをうたれて、私は瞬時に手を引っ込めた。

 ばくばくと、心臓が音を立てて騒ぎ出す。


 平静を装って、私は「買ってきましたよ」と先輩に声をかけた。


「……」


 無言でゆるりと左腕を上げる先輩に、シーチキンのおにぎりを持たせる。そうして左腕を掲げたまま、先輩は起きあがった。


「おにぎりが降ってきた」


「天変地異ですね」


「ああ、世界は、シーチキンマヨで埋め尽くされてしまった」


「意外と、その方が平和になるかもしれませんね」


 へへ、と先輩は笑う。


「シーチキンマヨが、世界を救う?」


「シーチキンマヨだけで生きられるように、みんな進化するんです」


「世界が、変わるね」


 へんなの、と先輩はおにぎりをかじる。

 パリっというノリの音が、響いた。


 ○


 お互いに遅めのお昼ご飯を終えて、「帰ります」と私は言った。


「えー、帰っちゃうの?」


「遊びに来たわけじゃないですから」

 自戒を込めて、私は言う。

「私がいたら先輩、無理しそうだし……」


「別に、してないけどな」


「早く良くなって欲しいんです」


 鞄を持って立ち上がると、「待って!」と先輩に引き止められる。


「その、連絡先を教えてもらっても?」

 恐る恐る、と言った風に先輩は言ってくる。

「やっぱり、嫌、かな……?」


 勇気を。


 勇気が、必要だったのだろう。


 だって、その申し出を、私は嫌だと言って一度断っている。


「先輩」


 私は鞄を置いて、先輩と向き合った。


 ただ、息を吸って、息を吐いて、あなたという存在を網膜に映し出して、あなたの部屋の匂いを感じて、あなたの声を聞いて、あなたとご飯を食べて、あなたにそっと触れただけなのに。


「先輩の連絡先、知りたいです」

 

「いいの!? やったやった!」


 私は、何も変わっていないのに。

 

「……スマホの画面、バキバキだね」


「落として、壊して、そのままなんです」


「ワイルドだ」


「意外と、見にくくないんですよ」


「へえ。じゃあ、私も割ってみようかな」


「どうしてそうなるんですか」


「バーコード読み取れた?」


「読み取れました」


「おお、じゃあメッセージ送って送って」


「……送りました」


「よろしくお願いします、って無難だね」


「それ以外、何を送るんです」


「シーチキンマヨ食べたいです」


「意味が分かりません」


「平和には程遠いね」


「遠いですね」


「遠いね」


「……」


「遠いね、宮下」


 じゃあ、と私は立ち上がり、今度こそ部屋を出ようとする。


「お大事になさって下さい、加倉先輩」


「うん。ありがと。また連絡するよ」


「はい、それじゃあ、待ってます」


 扉が閉まる。


 世界が、変わる。


 私の見ている、世界が、変わる。





 私は、加倉先輩のことが、好きだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ