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とけて、宮下。  作者: 水野つき
第1章 ひかれて、おちる。
1/33

1-1 一目惚れなんて、ありえない。

 なにか、きっかけがあったわけではない。


 それはまるで、この世界の理みたいに、当然であって必然であって、重力に引かれて落ちるみたいに。


 私は、加倉凉美(かくらすずみ)に恋をした。


 ●


「一目惚れなんて、ありえないよ」


 それが、私の口癖だった。

 友達と恋愛話になったときは、絶対に言っていたと思う。


 私がそう言うと、友人たちは決まって、まただまただと呆れかえっていた。


水葉(みずは)が言うと、説得力あるけどさあ」


 ちらり、と皆が視線を向けるのは、私が付き合っている荒田七也(あらたななや)だった。


 七也は、端的に言ってしまえば全くイケメンではない。地味な黒縁眼鏡をかけており、髪型もたまに寝癖なんか跳ねていたりして、全く身だしなみに気を遣っていない。クラスの中でも地味なグループに属しており、私は度々、もったいなさすぎると友人から揶揄(やゆ)される。


「どうして七也君なの?」


 耳にタコができるぐらい聞かれてきたその質問に、私は決まり文句みたいに返答する。


「昔からの知り合いで気心が知れてるし、優しいからね」


 ひゅーと歓声が上がるなか、私の目の前に座っていた小谷小波(こたにさざな)が、急に私の方に振り返って、言った。


「でも私は、あると思うんだよねー」


「……何が?」


「一目惚れ」


「したことあるの、一目惚れ」


「もっちのろん」


 小波は、猫のようににんまりと微笑む。


「しょせん、人間も動物だもの。本能には逆らえないよーん」


「じゃあ、小波さんは獣なんだ」


「へっへっへ。言ってくれるじゃん」


「事実だからね」


 バチバチと火花を散らせるように、私たちは視線を交わしあう。いつの間にか、周囲にいた友人たちは、さぁっと引いてしまっていた。


「でも、私には分かるんだよねえ」


 授業開始のチャイムが鳴り渡る。

 鐘の音と小波の声が、奇妙に重なり合う。


「あなたは、絶対に一目惚れをするよ」


「……小波さんは預言者なの?」


「好きという感情も知らない人に、恋だの愛だのを語って欲しくないなあって」


 ただ、それだけ。

 そう言い残して、小波は黒板へと体を向き直した。


 授業中。私はカチカチカチカチと、私は意味もなくボールペンをノックして、ぼんやりと七也のことを眺めていた。


 ●


「別に、恋だの愛だのを語ってないし……」


 ファミレスの一角で、勉強道具一式を広げていると、そんな言葉がふいに口をついた。


「ん、なんか言った?」


「あー、いや。何でもない」


 七也は不思議そうに首を傾げる。

 独り言なんてらしくない。そんなことを言いたげだ。


「勉強し過ぎて疲れてるんじゃない? ドリンク持ってくるよ。何が良い? カルピス?」


「じゃあ、カルピスで」


「オッケー」


 立ち上がり、率先してドリンクバーへゆく七也をぼんやりと眺める。

 七也は優しい。私のことを一番に考えてくれているし、気遣ってくれている。その優しさに、何の気を遣うこともなく寄りかかっていられる。


 これが恋とか愛ではないのなら、なにが恋なのか愛なのか、私に教えて欲しいものだ。


「お待たせ」


「ありがと」


 七也からカルピスを受け取って、私は再び複雑怪奇な数式と向かい合う。

 集中しているという時に、七也は「ねえ」と声をかけてきた。

「これが解けたら」と私は制すけれど、構わず七也は声をかけてくる。


「なに、どうしたの、七也?」


 観念して、私はペンを置く。

 七也がここまで引き下がらないのも、珍しいことだ。


「……水葉はさ、僕のどこが好きなの?」


「は? どうしてそんなこと聞くの」


「……なんか、不安になっちゃってさ。なんていうか、その。恋人らしいことだって、あんまりしてないし」


「恋人らしいことって?」


「それは、ほら……キス、とかさ」


「そういうことをすれば、恋人らしくなるわけ?」


「友達どうしじゃ、出来ないことだ」


「七也。誰かに、何か言われたの?」


 七也は、オレンジジュースに口をつけて、押し黙る。

 七也は、嘘をつけるほど器用じゃない。それは幼馴染でもあり、恋人でもある私が一番よく分かっている。


「誰に何を吹き込まれたのか、知らないけど」

 頭に浮かんだのは、魔女みたいに意地悪く微笑む小谷小波だった。

「私たちは、私たちなりの関係を築けばいい。そうじゃない?」


「それは、まあ、そうなんだけど……」


「……ほら、もう。こっち、来て」


「え?」


 じれったくなって、私は身を乗り出し、七也の唇にキスをする。

 冷たい唇。オレンジの匂いがほのかにして、私の鼻孔をくすぐる。

 少し顔を離すと、戸惑うように目を見開く七也の表情が見えて。

 私はもう一度、七也の唇に振れた。


「ひ、人前だよ、水葉っ!」


「誰も私たちのことなんか見てないよ」


「いやいや、そんなわけないから!」


「でも、これで分かってくれた? 私が七也のことが好きだってこと」


「……うん」


 唇に手を当てて、喜んでいるのを押し隠そうとして、にへらと笑う七也。

 こういうところは、子犬みたいでなんだか可愛い。


「じゃ、しっかり勉強しよ。集中集中!」


 それから私たちは、言葉も交わさないで、それぞれテスト勉強に勤しんだ。 


 ●


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