1-1 一目惚れなんて、ありえない。
なにか、きっかけがあったわけではない。
それはまるで、この世界の理みたいに、当然であって必然であって、重力に引かれて落ちるみたいに。
私は、加倉凉美に恋をした。
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「一目惚れなんて、ありえないよ」
それが、私の口癖だった。
友達と恋愛話になったときは、絶対に言っていたと思う。
私がそう言うと、友人たちは決まって、まただまただと呆れかえっていた。
「水葉が言うと、説得力あるけどさあ」
ちらり、と皆が視線を向けるのは、私が付き合っている荒田七也だった。
七也は、端的に言ってしまえば全くイケメンではない。地味な黒縁眼鏡をかけており、髪型もたまに寝癖なんか跳ねていたりして、全く身だしなみに気を遣っていない。クラスの中でも地味なグループに属しており、私は度々、もったいなさすぎると友人から揶揄される。
「どうして七也君なの?」
耳にタコができるぐらい聞かれてきたその質問に、私は決まり文句みたいに返答する。
「昔からの知り合いで気心が知れてるし、優しいからね」
ひゅーと歓声が上がるなか、私の目の前に座っていた小谷小波が、急に私の方に振り返って、言った。
「でも私は、あると思うんだよねー」
「……何が?」
「一目惚れ」
「したことあるの、一目惚れ」
「もっちのろん」
小波は、猫のようににんまりと微笑む。
「しょせん、人間も動物だもの。本能には逆らえないよーん」
「じゃあ、小波さんは獣なんだ」
「へっへっへ。言ってくれるじゃん」
「事実だからね」
バチバチと火花を散らせるように、私たちは視線を交わしあう。いつの間にか、周囲にいた友人たちは、さぁっと引いてしまっていた。
「でも、私には分かるんだよねえ」
授業開始のチャイムが鳴り渡る。
鐘の音と小波の声が、奇妙に重なり合う。
「あなたは、絶対に一目惚れをするよ」
「……小波さんは預言者なの?」
「好きという感情も知らない人に、恋だの愛だのを語って欲しくないなあって」
ただ、それだけ。
そう言い残して、小波は黒板へと体を向き直した。
授業中。私はカチカチカチカチと、私は意味もなくボールペンをノックして、ぼんやりと七也のことを眺めていた。
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「別に、恋だの愛だのを語ってないし……」
ファミレスの一角で、勉強道具一式を広げていると、そんな言葉がふいに口をついた。
「ん、なんか言った?」
「あー、いや。何でもない」
七也は不思議そうに首を傾げる。
独り言なんてらしくない。そんなことを言いたげだ。
「勉強し過ぎて疲れてるんじゃない? ドリンク持ってくるよ。何が良い? カルピス?」
「じゃあ、カルピスで」
「オッケー」
立ち上がり、率先してドリンクバーへゆく七也をぼんやりと眺める。
七也は優しい。私のことを一番に考えてくれているし、気遣ってくれている。その優しさに、何の気を遣うこともなく寄りかかっていられる。
これが恋とか愛ではないのなら、なにが恋なのか愛なのか、私に教えて欲しいものだ。
「お待たせ」
「ありがと」
七也からカルピスを受け取って、私は再び複雑怪奇な数式と向かい合う。
集中しているという時に、七也は「ねえ」と声をかけてきた。
「これが解けたら」と私は制すけれど、構わず七也は声をかけてくる。
「なに、どうしたの、七也?」
観念して、私はペンを置く。
七也がここまで引き下がらないのも、珍しいことだ。
「……水葉はさ、僕のどこが好きなの?」
「は? どうしてそんなこと聞くの」
「……なんか、不安になっちゃってさ。なんていうか、その。恋人らしいことだって、あんまりしてないし」
「恋人らしいことって?」
「それは、ほら……キス、とかさ」
「そういうことをすれば、恋人らしくなるわけ?」
「友達どうしじゃ、出来ないことだ」
「七也。誰かに、何か言われたの?」
七也は、オレンジジュースに口をつけて、押し黙る。
七也は、嘘をつけるほど器用じゃない。それは幼馴染でもあり、恋人でもある私が一番よく分かっている。
「誰に何を吹き込まれたのか、知らないけど」
頭に浮かんだのは、魔女みたいに意地悪く微笑む小谷小波だった。
「私たちは、私たちなりの関係を築けばいい。そうじゃない?」
「それは、まあ、そうなんだけど……」
「……ほら、もう。こっち、来て」
「え?」
じれったくなって、私は身を乗り出し、七也の唇にキスをする。
冷たい唇。オレンジの匂いがほのかにして、私の鼻孔をくすぐる。
少し顔を離すと、戸惑うように目を見開く七也の表情が見えて。
私はもう一度、七也の唇に振れた。
「ひ、人前だよ、水葉っ!」
「誰も私たちのことなんか見てないよ」
「いやいや、そんなわけないから!」
「でも、これで分かってくれた? 私が七也のことが好きだってこと」
「……うん」
唇に手を当てて、喜んでいるのを押し隠そうとして、にへらと笑う七也。
こういうところは、子犬みたいでなんだか可愛い。
「じゃ、しっかり勉強しよ。集中集中!」
それから私たちは、言葉も交わさないで、それぞれテスト勉強に勤しんだ。
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