1-4 トリニティ
私は半ば逃げ出す格好で喫茶店を後にした。
眠る前に読んでいたであろう本を返そうと思ったら、私の本だと言われたので、疑問に思いながら持ってきた。
それと、何故か珍しい形のミルフィーユ専用のスプーンを頂いた。
VRでミルフィーユを食べる時がどれほどあるのかわからないけどね。
外で見えるは、やっぱり異様に大きい岩と森ばかり。
「……甘い匂い」
驚いたことに外に出ても甘い匂いがした。
私はお菓子の移り香が制服についたのかな? っと袖の匂いを嗅いでみた。違うみたい。
街から離れた森の設定では、空気が美味しいのかもしれない。
実世界でも昔々はこんな匂いがしたのかなと何気なく考えた。
システムの影響と言っていたけど、ここにいる理由がまるで思い出せない。
VR内でも制服であるなら、学校の行事とか考えられるけど、そんなモノに参加した覚えもなかった。
ちょっと呆然とするけど、それによる焦燥感は無かった。ミチとカイが居てくれるからだ。
店の壁のお店の名前を見た。
『スリープイナーシア』
イナーシアの意味は知らないけど、スリープというのは、私に当てこすられた名前にも感じた。私の為に付けられた名前ってわけでもないだろうけど。
私は、二人を探そうと彼方此方をウロウロした。多分近くにいてくれるだろうと思っていたので、女性には聞いてこなかった。
森の奥深くまで目を凝らして見てみた。まあ、可能性は薄いとは思った。
振り返ってみた。
思わず本を落としそうになって胸に抱えた。驚くべきモノがそこにあったから。
「大きい……」
空。喫茶店よりも高くそびえる石柱。
さっきの岩はやっぱり石柱だったようだけど、想像以上。それが、店を囲むように四本も立っていた。
怖い。
こういう巨大な物を見ると、まるで異世界に迷い込んだ気分。はじめてVRの世界なんだなぁと感心した。
ログハウス調のホワイトウッドの喫茶店、その背景としてはミスマッチだけど。
「あ」
石柱の上の方を眺めながら横に移動していたら、見慣れない服を着てるミチとカイが、石柱の根元の陰から見えてきた。
良かった。
私の何処かにまだあった警戒心は、完全に溶けて、走って二人に抱きつきたい気分になる。そこまでしないけどね。
ん? カイは腕を組み、面倒クサげにミチと対面してる。ミチは手を振り、まるで抗議してる感じかな。カイも反駁してるようにも。
二人は何か言い争いをしてる。これは珍しいことだ。特にミチは積極的にカイに話をする子でもなかったから。
そもそも、私を置いて二人で準備って聞いたことに違和感があったけど。
「もう、二人とも!」
私は先に大声で二人の諍いに割り込み、そして近づいた。
「チーちゃん……」
「私を置いて行かないでよ。起きたらまるで……そう、地獄に落とされたくらい寂しい気分になったじゃない」
怒ったフリをする。私は友人達が喧嘩してる時は仲裁として介入する初手だ。
ミチは困ったような顔をし、カイは顔を背けため息、露骨に呆れてる態度を見せた。
よく見ると二人も制服だった。遠目にそれがわからなかったのは、それぞれ色のついたフード付きローブを、上から纏っていたから。
「チカ、起きたんだ? もうちょっとゆっくり天国を堪能してくればいいのに」
「起きてこない方が良かったみたいな? カイ」
私はフリの怒気を続けた。
カイはいつものように意味有り気に笑う。
ローブが膨らんでると思ったら、カイの腰には剣がささっていた。剣道の有段者だからと言っても子供っぽい格好。
「ん、チカは好きなんだよね、惰眠の貪り」
「春眠、暁を覚えずよ。オールシーズン眠だけど」
カイみたいな強気風に見せてる子は、だいたい私のノリに乗って、終わりのない諍いなどは中断してくれる。
ミチは私が来てから何かずっと言いたげな表情を見せていた。
「……チーちゃんは何か覚えてない?」
「え?」
「私、前の記憶がハッキリしないの……」
「え? ミチも? 私、何故ここにいるのかさえ覚えてないから、二人に聞こうと思ったのに。何かの学校行事だっけ?」
「あ、ごめん、だから、今、この人に事情を聞いてたところ」
私も記憶が無いことに、ミチは瞬間狼狽した目をしたけど、直ぐにいつものジト目をした。私がミチの表情を読んだことにミチは気づいてない。
「システムの問題みたいね。ちょっとだけ記憶がとんでる」
「システム……あのヒト、ちゃんと話してくれたんだ」
ミチのトーンは露骨に下がるのがわかった。
カイはやれやれと言わんばかりに説明を始める。
「……寝惚けのチカは、一緒にVR体験に参加に来たことを忘れてしまったらしい。さて、最初から説明するしかないよね」
「バーチャルリアリティと言っても、私達、私達の制服よね?」
「学校の選択科目で課外に来てるのを忘れた? オリエンテーションの一つとしてVR体験をやりに来てるって 」
「……チーちゃん、乗り気じゃなかったけど、私達に合わせてくれたから……」
「半分は勝手に決めたから悪かったと思ってるよ。けどね、一眠りしただけで、チカ、忘れる程とは酷すぎると思うんだよね」
「そう……だったけ……かな?」
ゲームオーバーのことも聞こうと思ったけど、この場では言い出せない。死ぬなんて単語はこの二人とでは使うべきではないとも思った。
「……なら、チーちゃん。魔法のことも忘れてしまったよね」
「魔法?」
私は少し考えたあと、自身で納得する。
「そっか。VRゲームって、剣と魔法のファンタジーだったんだね。だから、カイは剣を持ってるんだね」
ミチは何故か不思議な顔をした。
「ゲーム……あの人がそう言ったんだ……」
「コイツは剣じゃないよ。日本刀」
カイは腰の鞘をさすりながらそう言った。
「魔法かぁ……」
私も本などで、そういうことに憧れていた時期もあった。
何気に持っている『世界の昔話』に目を向けた。
そう言われてみれば、こういう本にかなり影響受けてたりしたっけ。




