1-2 カフェ
私の視界に、ホワイトウッドの北欧風ログハウスな部屋が広がっていた。もしかすると、白く眩しい空間はこれだったのかなと、二度寝前のビジョンを思い返してみた。
目の前には壁や床と白色同質のカウンター。左にはエントランス、背中から日光がさしているから、大きな窓があるのはすぐわかった。
お茶の香りとお菓子だろうか、甘い匂いもする。
趣味の喫茶店かな?
私の前のテーブルの他、二つのテーブル。少ない椅子、可愛い感じのカップセットが入ってる棚、一式のサイフォン、小さいアルコールランプ。調度品やアイテムがそれを感じさせた。
私の知ってる喫茶店のマスターは、ホワイトウッドは喫茶店には向かないと言っていた。汚れた時に目立つし隠れ家的な落ち着きがないってことだった。
だから、私はそういう明るい喫茶店を夢見ていた。この部屋には、多分私が過去に憧れたことのある風情があった。
自分の身なりを確認。学校の制服を着ていた。
膝の上には『世界の昔話』という、子どもが読む本が置いてあった。微睡みの中の膝の重さはこれだったようね。
私は横を見ないまま、座席の左手元のあたり、眠っていたミチのフトモモがある筈の場所を弄ってみた。
……宙だった。私は左肩から落ち、椅子から転び落ちそうになる。
覚醒した私は、ホワイトウッドの単座の椅子に座っていた。三人も座れるようなベンチは気のせい?
私は一人で眠っていたことになるのね……。
喫茶店への好奇心から一転し急に寂しい気持ちになる。
今はいつで、ここは何処で、私は何故ここにいるのか?
そして、いつからここで寝ていたのか?
目は完全に覚醒したのにも関わらず、私の記憶は混濁してるようだ。
これは意識がはっきりしてるのかしてないのか?
学者に言わせると、まず意識の定義から始めなきゃいけないらしい。
不思議と記憶が曖昧な部分に焦りがあるわけではなかった。
今、不安になってることは……ただ一点。
「ようこそ」
ようこそ? 聞き違いかな?
カウンターの右は間仕切りの壁があり、ここからは見えないようになっている。そこの奥から物音もせず、ケーキ皿を持った女性が出てきて、私に微笑みかけた。
出てきた一瞬、微睡みの中で見た赤い姿の女性かと思ったけど、他人のようだった。もうちょっと年配の女性で、私のお母さんくらいの年齢の人だった。
「……二人は?」
聞くべきことは他にあったと思う。けれど率直に口から出てきた私の気持ちはこれだった。二人が居ない、ただ一点の不安。
ミチとカイが実際にここにいるとは限らない。もしも私だけだとしたら、随分と寝ボケていることが、この見ず知らずのヒトに露呈してしまう。
「お友達の二人? 先に起きて準備をしてるわ。貴方はギリギリまで起こさないよう言われてるけど」
「変なことを聞くようですけど……友達と言うのは、一人は茶色い髪の毛が少しウェーブがかかってる子で、もう一人は黒髪が長く、後ろで縛ってる子ですか?」
「あ。まだ意識がハッキリしない?」
結局寝ボケは露呈。私は恥ずかしさで頭をかいた。
私の意識は定義づけるまでもなく、ハッキリしてないと理解。
「私、もしかして相当な時間寝てました?」
「うたた寝程度よ。一人は可愛い子だけど目が座っていて、一人は一歩間違えればイイ男としか見えない超美人」
ああ、間違いない。ミチとカイは共に存在していたことに安堵の表情を浮かべ、警戒を半分解いた。
二人は、離れているからここに居ないのではなく、私が創り出したパーソナルフレンドではないかと、サイコホラーな考えもよぎっていたから。
「じゃあ改めて。ようこそ、『ウッズオブヘブン』へ。この世界の説明を始めて良いですか?」
女性はカウンターの上でケーキを切りながら、私を気にして顔を向けた。
ケーキはパイ生地をクリームと苺をサンドした長方形をしていて、ザクッザクッとそそる音を鳴らしている。ミルフィーユのようだ。
「え?」
「まだ駄目みたいね。寝起きは紅茶派? コーヒー派?」
女性はミルフィーユをケーキ皿に乗せ、ポットに手をつけた。
「えーと、私頼んでない……と……思います……」
「ケーキと紅茶かコーヒーは、これからゲームする人向けのサービスよ?」
忘れたの? と言いたげに言われた。天国の森? 何だっけ?
私は背後の大窓の方に振り向き、外の様子を確認した。
百メートルくらいは開けている地面が続き、その向こうには深そうな森が見えた。
それより、窓の右端にある岩が異様な存在感があって目が離せなくなった。窓の大きさが思ったより大きかったのは、その岩の影が光を遮っていたせいだった。
岩の上の方が見えない。岩ってより、壁か石柱のように見える。
その岩の側面に枯れた蔦が絡まっていて、まるで岩を縛ってるようにも見えた。
「二人は頂いたんですか?」
「もう要らないって言ってたわ。甘いモノはそんなに好きではないかもね。紅茶淹れたよ」
コーヒーも紅茶も選んでない。確かに紅茶派ではあるんだけど。
私はまた女性の方を見たときは既に紅茶とケーキを運んでいるところだった。
私は二人が待ってると思い、断ろうと言い出そうとした。けれど、甘そうな芳香のミルフィーユと紅茶を目前に置かれタイミングを失ってしまった。
グー……
と言うか、丁度お腹が鳴ってしまう。この恥ずかしさときたら……
「慌てなくて良いのよ、二人は貴方の準備も心得てるし」
女性は椅子を他から持ってきて私の対面に座った。
女性が二人のことをさも知ってるかのように言ったことに違和感を覚えた。けど、ふっと微笑まれた口元を見て、見透かされた気分になって、それについて私は問い返すこともしなかった。
私は、ミルフィーユに添えてあるスプーンを掴む。
……あれ、変わった形のスプーン。スプーン部分の片側にサメの歯型のような。
「それは、ミルフィーユ専用のミルフィーユスプーンよ。そっちのギザギザの方で、パイ生地をザクザクっと断ち切るの」
断ち切るという言葉に毒を感じたけど、私はスプーンの専門性のある形に見惚れた。
私は紅茶を一口飲み、そのスプーンを使ってミルフィーユを切り口に入れる。
「わあ、美味しい」
これは食べずに出てしまっては後悔する所だったかも。
二人は何故食べていかなかったのか? ミチは私とケーキの食べ歩きしたこともあったのにね。
「良かった、じゃあ、この世界の案内を聴いてね」




