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0-5 煉獄


 私はこの展開に驚きがあったけど、カイの近くに出たことには表情が柔らかくなった。


「カイ!」

 

 カイは私が動こうとしたのを手のひらを見せ制止し、一度外套のエルフの方を睨み首を振った。

 そう、何も好転した訳ではない。カイは私達をこのエルフという敵から遠ざける為に、ここで独り戦っていたんだから。


「転移のトラップ……やっぱり、空間を歪めることが出来るんだ」


 ミチが隣で弱々しく言った。

 ゾクゾクッと悪寒がし、私も外套のエルフの方を見た。

 異様な長い腕で弓と矢を携えてはいるけど、まだ構えてはいなかった。

 黒っぽい頭はどうやら私達の方を見ている様子だけど、今の所は動こうとはしていない。まだ何かを待ってるようにも感じた。


「……全てのトラップが終わるのを待ってから……動く?」


 ミチが薄い声でそう言った。

 私は半立ちになりミチの顔に低い姿勢で寄った。


「……これは……どういうこと?」

「……最初から私達はあそこの岩場に追い立てられていた。……多分、あんな場所が何箇所か用意して、順に落とし転移させたのかもしれない」


 私は魔法円みたいなモノを二度通過したのを思い出した。


「けど……」

「……見て」


 ミチは小山に蠢く虫や小動物を指差す。


「魔法を二回潜ったよね、一つ目に抜けたのは多分、無機な物を飛ばすモノ、二つ目が生物を飛ばすモノ。ファジーな判定みたいで土埃や、私達の持ち物全部生き物とみなしたみたいだけど」

「……何の為にそんな罠を……」

「餌の確保……」

「え?」

「私達はエルフは人間に近いと何処かで捉えていたのかも。そうじゃなかった。彼は捕食のための罠をはってただけ」


 私はただ、全身から血の気がひくのを感じた。

 外套のエルフが待っているように見えたのは、より多くの餌を確保する為。

 それは、みすみすネストの真ん中に迷い込んだ生き餌の未来を暗示していた。


「エルフは長く生きる為に変容しやすいのかもしれない。もしかすると、こちらが本来の姿なのかも」

「けど、あんな怪物には……」

「無理……作るのは。単純でも大規模な罠、そして転移魔法や攻撃を無効化する布」

「まさか、人、魔法使いの手引きなんてことになるの?」

「……わからない……けど知能的な何かがあのエルフ以外に背後にいるよ……空間を歪めるって宇宙にある全ての質量を使う程の大それた話……何かのルールがない限りこの世界を歪めてしまう代物……私達を捕まえる目的、落とし穴みたいな単純なシステムに使うモノでもないよ」


 また、ザーッ……と音がした。土埃に見えた有機体と蠢く虫の山が出来る。


 そのうち、私達の目前で土片が落ち、ネズミみたいな生き物が宙から現れ、地面に叩きつけられ息絶えた。

 それを外套のエルフの黒い顔が、見届けたのが合図だった。


 突如、外套のエルフは布の塊から、緑の腕を他ニ本を元々あった腕付近から出した。……違う、二本は脚だ。

 その二本の手のような脚は、地面に着くと、地面を掴み踏ん張る。

 濃緑の布の塊は、まとわりついていた粘液を引きちぎり、四肢で地を掴み、私とミチの方を向いた。私達を獲物として判断したみたい。

 蟲。

 外套のような布を背中につけたエルフは、動物と言うより虫のように、地面を掴み寄せるように動き出した。先程とは打って変わって、素早い動き……蜘蛛が獲物をめがけて跳ねるように。


 それを見たカイは、このタイミングに同調したかのように、前のめりに駆け出し消えた。

 私達のすぐ脇を風が通り過ぎていく。

 そして、外套のエルフの緑の腕の側面直位に現れ、振りかざした刀で垂直に斬りつけようようとした。腕の空間は歪まないと、カイは踏んだのだろう。


 けれど、またもカイの刀は、宙を斬ったのみだった。

 先程の空間の歪みと違う。外套のエルフが手応えがないだけではなく、その怪奇な四肢ごと、霧散したかのようにカイの位置から消えていた。

 カイは背中からもわかるくらい険しい顔を左右に振って、外套のエルフの居場所を探っていた。


 外套のエルフは何処に居るのか?

 ……その答えは簡単だった。気味の悪い外套から伸びる手足が視界いっぱいになった。

 ……私達のすぐ目前に現れた。


「ペンタクル!」


 最も早く動けたのはミチで、私がまるで鈍かった。さっき誓った守りの誓いなど虚しいもの。

 ミチの魔力はもう尽きる。息も上がった声でも、ミチの魔法円は発動する。


 外套のエルフの腕は、現れた瞬間に弓を引き私を狙い射った。

 けれど、私の前に、スライドして入ってきたミチの魔法円が、その矢を逸らし右の足元に軌道を変えさせ消滅した。

 ウケケケ……ゲゲ

 映像で見た時は気づかなかったけど、近くに来るとこの布の中で気味が悪く笑う者の声がした。ヒトとは全く相容れないモノ。


 外套のエルフは、また霧散し、背後の死角から飛び込んで振られたカイの刀が宙を斬った。

 カイはそのまま、私の背後に目を移し見開き硬直した。


「んあぁ……」

「え?」


 ……私の背後から、熱い液体をかける者がいた。私は腕や手の裏についたソレを確認して震えた。


 紅い……


 私は、ゆっくりと振り返ろうとした。私の本当に本当に本当に……最悪な想像が、馬鹿げていることを願って……

 そこへ丁度、私の背中を覆いかぶさるようにミチが倒れてきた。


「ミチ……」


 ミチは震える手を私の肩につき、力の限り突き飛ばした。私はカイの方へ倒されたけど、すぐにミチの方へ向けた。


「今度こそ……今度こそ逃げて、運命から!」


 ……ミチは腕をダラリとさせ、顔が地面に俯いているように見えた。

 呼吸音なのかヒューヒューという音がした。

 ミチの背後には、外套のエルフと伸びる腕。その腕にはレイピアという細身の剣。

 ……その剣が、ミチの背中の上部から下腹部まで貫いている……嘘……だよね。

 …………そこから、私の記憶は曖昧になった……。




 カイは、蒼白になっている私の肩を、強く引っ張った。

 ……カイは、ミチの意を汲み、私を抱え逃げようとしたんだと思う。

 私の方は、ミチの姿を見ながら、何も考えられなくなっていた……


 ……風の加護の無い私を抱えた状態では、カイは上手く動けない。

 ……外套のエルフが、私達の逃げ場を塞ぐように現れ……

 ……カイは、刀を……

 …………


 私が次に現実に戻された時、左手方の遠くでカイは横たわって、私の方に手を伸ばしているのが見えた。

 痛い。

 私は何かに腕ごと身体を掴まれていた。正面を向く。

 見知らぬ顔。いえ、人の顔ではなかった。

 つり上がった目尻、尖った耳……そして耳まで避けた口。

 多分、外套のエルフの頭部にあったフードがはだけ、その中の顔が今、私の目の前にあるんだろうと理解した。当然、ヒトの顔とは違うものだったけど。

 

 ゲゲゲ……ギギ


 コイツの鳴き声は、なんておぞましいんだろう。

 確かにエルフにも、類似しているのかもしれないけど、コイツにはもっと別の名前がお似合いだと思う。


 ……悪魔。


 コイツは大きな口を私に向かって開けた。

 ……そっか。わたしは餌なんだっけ。


 怪物の後ろに丁度、ミチが見えた。ミチはもう動いてない。左方でカイが泣いている。

 ミチ、ごめんね…… カイ、どうにか逃げて……


 気持ち悪いよ…… 悪趣味な怪物の顔より、二人を守れなかった私自身が。


ブックマークありがとうございます。

アクセス無いので、ここで打ち切りも考えたのですが、登場人物が最悪な場面で終わってしまうのは泣けるので回避致します。万が一、続くことがあるなら更なるストレスフルなダークファンタジーになりますが。


メインストリームに差し障りのないネタあかしをすれば、少しばかり他とはルールの違うループ物だと考えて頂ければ幸いです。物語中でもなるべく早めに言及します。


続きは、月-金で。

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