0-4 トラップ
カイはジリジリと後ろに下がったけど、すぐ背後の木にも矢はズカッと刺さる。カイはそのまま歩むのをやめ、外套のエルフを睨んだ。
「カイ!」
震える私は思わず叫んでいた。
外套のエルフは様子を伺っていた。頭の部分を見ると、カイに注視してるよりも他の四方を気にしてる様にも見えた。私の感覚からすると聞き耳を立ててるようにも映った。
他からの攻撃を警戒してるのかもしれない。カイだけに気をとられたら、意外な奇襲を受けるのかと思ってるのかもしれない。
……けれど私達は一人カイだけを戦わせていた。攻撃に連続性は無い。ソレに気付かれてしまったらカイがどうなるのか。
余計な想像をしてしまった。私は映像を見ていただけで、足がガクガクとして、その場にヘタレこんでしまった。
けれどこの時、ミチの想像は私と異なる物だったらしい。
映像の中、また、ザーッと土埃と虫が山を造る。
外套のエルフはその山を気にしてるようにも見えた。
ミチも外套のエルフを見た後、その山に視線を変えた。
「……私は思い違いをしていたのかもしれない」
ミチのつぶやきは、私にはうまく聞き取れなかった。
顔をあげ外套のエルフの様子を見たミチは、浮いている魔法円の一つ十字の中にルーン文字が描いてあるモノに掌を定め、険しい顔をした。
「……危険を回避させる者よ、範囲を拡げ私達の危険を排除して」
その魔法円の外円に文字のような模様が現れて、ミチは光のコンソールパネルのようにそれを指先で滑らせて文字を操った。
突然、他の魔法円達は私達から離れて上下左右に乱れて飛び回り、岩場を越え、森の方、そして、今度は地面の方にまで入っていった。
私は無数の魔法円の激しい乱舞に我を取り戻す。
「ミチ、何?」
「チーちゃん。私達は戦ってはいけないと敵と戦ってるのかもしれない」
ミチは魔法円の文字の配置を器用な両手の指先で素早く操っていく。
「私達はカイに任せて、まだ戦ってもないよ」
「それが間違ってたのかも。敵を測る尺度を見誤ってた」
「どういうこと……」
「人知越えた相手と戦うなら、人間レベルの安全確保なんて無意味」
「え?」
「この場所も作られた作為中の戦場……狩場としたら」
そして、ミチの操っていたペンタクルが新聞が開いたように模様を拡げ、ビー音をガナりたてた。……最悪のアラーム。
ミチは口を両手で塞ぎ、目を見開いて囁く。
「……地中に深い穴……どんどんこっちに迫ってくる」
ミチは急に私の腕を掴み引っ張った。
ミチの顔は明らかに怯えていた。あまり表情を変えないミチのこんな顔を見るのは何年ぶりだろうか?
私はカイの窮状に頭が混乱してるせいか、ミチとの過去の表情を思い出そうとしていた。
ミチの気持ちははっきりと外に漏れていた。
今まで自由浮遊していた魔法円は麻痺したように震え止まり、カイを映していた映像も消えてしまった。
ミチの何らかの動揺が魔法に影響したのは、今の状態の私でも理解出来た。
「チカ、急いでここから離れましょう!」
「え? え?」
私は訳もわからず、ミチの強い牽引に身を任せる。岩場の一部を登り、草叢を掻き分け、そして岩場から再度私達は暗い森に向かった。
……けれど森への再入場は叶わなない。
突然、魔法円は再度のアラーム音を出した。そして、カイの時のように映像を映し出す。
……森の暗がりに無数の光。
その光の下には牙のような口が大きく開かれていた。中にはヨダレを垂れるままのモノもいれば、「ケケケ」と笑い声としか思えない鳴き声をあげるモノもいる。
私達のいる岩場は既に禍々しい姿の怪物に囲まれていた。
まるで私達を生け贄にする宴が、もうすぐ始まるかのような気配がして、私は恐怖で引き攣った。
「ごめんなさい。魔術師の性向を利用した罠だったみたい……」
周りにくっついて移動してきた魔法円が森の方向に集中していく。
ミチは私の腕を離し、一人森へ進もうとした。
カイと同じ匂いがするよ、ミチ。カイと同じことしようとするの? ミチ。
……待って、そうじゃないよ、ミチやカイを守るのは昔から私の役だったはず。私、何処で間違えた?
今度は私がミチの腕を抱え、強引にも引っ張って岩場へ戻ろうとした。魔法円は風船のように私達に引っ張られた。
引っ張られたミチの顔からは、涙の雫が空へ流れた気がした。
ゴゴゴ……
そんな轟音が鳴る。
「え?」
私が岩から開けた地に降りようとした瞬間、地面が割れ、……岩という岩がガラガラと鳴り崩れていった。岩は地面の暗黒に吸い込まれてるように見えた。
……地面が崩れてる。
私達が先ほどまでいたところは、大きな穴となり、私達を呑み込んでいた。
さっきまで安全地帯だったのに、どうしてここまで変容してしまっているのか。
私達の足場の岩も穴に引きずり込まれ、私達も不愉快な浮遊感が襲った。
すぐにミチは「ペンタクル」を詠唱、操作しいくつかの魔法円を私達の下に集中させた。
それで落下しないわけではないけど速度は落ち着いた。
他の魔法円は、私達に当たりそうな石や岩を反らし、消耗すると消えていった。
穴は深く大きい。明け始めてる地上の明るさがどんどん小さくなる。
共に落ちた岩や土は先に暗闇に消えていった。
ミチは私の腕をギュウっと強く掴んでくれた。
お荷物の私が何故かミチを支えてる気がしてきた。
ミチの魔法円みたいなものが、ネットのように穴に仕掛けてあり私達を白く包むけど、感触なく通り過ぎた。
私はそれもミチの魔法の一つだと思ったけど、ミチは静かに首をふった。
丁度、頭上から人の頭部大の石が落ちてきた。
私は石を避けようと、腕で頭をガードしたけど、石は魔法円を通過すると消えて無くなった。
更に下がったとき、もう一度魔法円みたいなものを通過したような気がした。
私は目を瞑った。地底の底についた時、すぐに目を慣らすために。
何も方法があるわけではない。けど、今度は私がミチを守ろうと思った。
……底。お尻と手が先についたけど衝撃は無いみたい。
ミチの魔法円は消えながら私達をクッションのように守ってくれたからだね。
沢山あった魔法円はすっかり消えていた。ミチの魔力がほぼ無くなった証拠でもある。
「チカ……」
カイの声が聞こえてきた気がした。いえ、それは確かにカイの声だった。
私は目を開け、辺りを見渡す。目が慣れない。
空……え? 上空には、見上げるほどの深い穴があった筈。
暗い木々の影と明るくなり始めた空。そして未だ緊迫感があり黒く淀む空気。
地の底に落ちたと思っていたから、なかなか状況を理解が出来ないでいた。
私は声のあった方を再び向いた。カイ、カイが居る。
……何故か私達はカイと外套のエルフの少し斜め等距離の所に座っていた。




