0-3 戦闘
カイの隠れている木の向こう側。まだもう少し距離は離れてるんだけど、そこには暗い塊があった。ミチがエルフと呼んだモノだ。
塊は、木々につたっていた粘質の液体が何本か纏わり付いていて、まるで蜘蛛の巣にかかったマツボックリのようだった。
エルフと言われても、この黒い塊の何処にそんな姿を見出せば良いのか。
そこに靄のように佇む黒い空気だけでも凶々しいのだけど、更にその足元周りには、小山のように積まれた何かが、蠢いていた。
何だろう。これ以上の詮索は止めよと私の勘が警告する。
カイが右の上方を一瞥。視線の先には、木の太い枝に矢が一本刺さっていた。
矢は呪いでもかけたように毒々しい装飾が施されてて、私の感性では気持ちが悪くなるデザインだ。
カイも同じ気持ちにシンクロしたようで、グロテスクなソレの標的はゴメンだという感じで顔を歪めた。
「多分相手に隠れてる位置は把握されてるだろうし、あの人も承知の上で動いてるんでしょう」
「カイ、もういいよ、戻ってきて……」
映像のカイは、懇願する私に返事をするわけではない。それはわかってる。
けど……
シュパン……ズガッ……
矢が勢いよく飛んできて、カイの隠れている木の幹に刺さる。
私が悲鳴をあげるより早く、映像が勢い良く動き出した。瞬足。
カイが走り出すと、背中を押すように追い風が一瞬吹く。カイの魔法だ。
カイは風の魔法を、まるで身体の一部として捉えてると、ミチが教えてくれた。
カイはその力を利用して、人間の力を遥かに超えてしまう加速力を発揮した。
木々の姿が線状に流れ、画面は長い髪をたなびかせてるカイ以外を認識出来ないくらいに歪んでいた。
ただ猪突猛進してるだけではなく、時々左右に振れるのか、画面の歪みも一定ではなかった為、画面酔いを覚える。
ズン……
時々、黒い線がカイの顔のすぐ脇を通り抜ける。衝撃波があったように、カイの髪が乱れる。
「矢の微量な流れを見切って避けて……逸らしてるのかな」
流石に驚いているミチがそう言った。私は後少しで卒倒しそうになっていた。
カイの戦いを今までまるで理解していなかったようだ。
剣道をやっていたカイは以前に言っていた。
「ーー実際、剣や刀は実戦向きじゃないのよ。世界史の何処を見たって、戦争を決めてきたのは飛び道具。長らくは弓矢の大量消費によってーー」
私は当然質問をする。
「それなら、カイはどうして弓矢を使わないの?」
「風を切り裂く矢を、私の属性が嫌ってるみたいだからね。風の上を滑らせる日本刀の方が相性がいいのよ。それにコイツは私の最も大事なヒトから貰った物だしね」
「けど……」
「大丈夫。私がコイツと一緒に標的まで飛んで行けば良いのよ。」
その時、カイはいつものように意味有り気の笑みをこぼしながら、自分の日本刀を、まるで最愛の恋人のように、私に自慢していた。
カイが木々の間をすり抜けるように飛んでいくと、風の力か黒い靄が霧散した。
……居た。カイの風の集中点、消失点に黒い影が浮かび上がってきた。
黒い塊。形容としてはそれがやはり適切だった。
更に近づくと、濃緑の布を纏ってる物体なのはわかった。
エルフというなら人型なイメージがあったのだけど、その塊の姿は円すいを逆さまにしたようで、木々から伸びてる粘液質の物体に絡まってバランスをとってるようにも見えた。
フードかはわからないけど、黒色に近い深緑色の布ではっきりしない頭らしい部分は、その物体の上に乗っている。
もっと不思議なのは先程の矢も何処から放ったかさえわからないところだった。
緑の布の塊、『外套のエルフ』は木の幹に隠れるでもなく、弓を構えるでもなく、そこにあった。
カイは外套のエルフの上から下までを一度舐めるように瞳だけ動かした。
見たこともない形相で狙いを定めたカイは、鯉口から刃を滑らせて抜刀。身体を丸め、勢いのまま一回転をして袈裟斬りに切りつけた。
カイの斬撃は私達から見たら外套のエルフをとらえたように映った。けれど、外套のエルフは黒いままに形を留め、何かを斬ったようなあとはなかった。
回転してまでの刀の勢いは、宙を空回りするばかりで削られず、地面についたカイは土の上を転がった。
外套のエルフの暗い頭部は、ちょっとだけ動いてカイの転がった方を追いかけた気がした。
カイは足で木の太い根に踏み、そのまま蹴上がり、標的に跳ね向かった。
霞の構えから刃を真っ直ぐ、外套のエルフの鳩尾に突きたてた。
!?
カイの激しい困惑顔。
カイの刀は黒いマントを貫いていたけど、その切っ先はまるで曖昧な空間が歪み、手応えを感じ取れなかったようだ。
カイは意を決して刀を抜き、風を自分の正面にあて脱兎のようにその場から離れ消える。
再び映像は木々をする抜ける。今度は外套のエルフは後方に遠ざかる。
呆然。私は全てのことに圧倒されて、口に両手をあてたまま何も言葉が出てこなかった。
「錯覚? 空間を歪めてるのは物理を無視し過ぎ……」
ミチも呆然とその映像を見ながらブツブツと呟いたあと、指で自分の唇を弄りながら俯いた。これはミチが考え込む仕草。
カイが離れたあと直ぐ、その外套のエルフは肩から徐に動き出した。布の下から身長に似合わないくらいの緑色をした長い腕が伸びてくる。所々生えている毛、痩せ細っているのか浮き出た関節が、まるで虫の足を連想させる。
左手には大きな畳まれた弓、右手にはグロテスクな矢を携えている。
動作はゆったりとだけど、人の力ではとてもひけそうにない大弓を如何にも軽そうに長い腕は引いた。
木の一本に狙いをつけて、悪趣味なそれを放った。
シュルンという音がしたあと、ズカっと木の幹に矢はささる。
「くっ……」
カイの目前に突如黒い線が通った為、カイは刀でそれを斬って急に立ち止まった。
外套のエルフの矢は、木の幹の側面に削るように刺さっていた。
風のように動いた映像は静かになったけど、反対に私の鼓動は大きくなる。
カイの厳しい眼光。
丁度、その時、外套のエルフの斜め後方で細かい土埃と、蠢いた虫が空の方からザーっと落ちて、小さい山を積み上げた。
物理とか書いちゃったけど、VRとかあらすじに書いてあったり。
この辺りは物語の都合が……
しかし、転移魔法とか空間転移とか簡単に言うけど、カットアンドペーストでもなければ、どれだけ宇宙規模の話だよって思わず考えてみたり。




