0-2 魔法円
「あの人は私達とは経験が違う。むしろ風の加護が無い今、私達の方が察知されやすくなる。後退しましょ」
「……うん」
真剣に私を案じてくれるミチの眼差し。
ミチの目は、可愛い顔に似合わずいつも据わっていて、昔、男の子達に『ジト目のカラス』とかからかわれてたりもした。
けれど、緊迫してる時でも変わらない眼の光は、今の私にとって心強い光ともなった。
シュルルル……
そんな時に、そんな嫌な音が鳴った。
向こうで何かが空気を滑った音。エルフの矢?
抑えこんでいたつもりの激しい動悸が、意識下にハッキリと顔を出した。
気持ち悪い……
カイを狙って矢が放たれたモノだと考えてしまうと、ガクガクと膝が崩れ落ちそうになる。
私はカイが向かったであろう、気配のある方を注視した。
「あの人は大丈夫よ。チーちゃんは自分の安全だけ考えてほしい」
ミチは動じないで、そのまま岩場の陰の方に歩いていく。
私も後ろ髪を引かれながら、今は黙ってミチの後を追う。それが足手纏いの役割だから。
少し戻ったところに岩場があった。
随分な難路で苦労した岩場でも、大きなメリットも享受できたとミチは言っていた。
退避ポイント。
岩場の中、土が溜まった所が平らになり、草も生えず、まるで岩に囲まれた秘密の小さいグラウンド。
自然に出来たモノにしろ、造られた所にしろ、こういう所は魔術師達にはとても意味があるとミチは教えてくれた。
「ペンタクル」
ミチは手を広げ、黒柄のナイフを優雅に踊らせた。ちょっとしたモーションでも、繊細で器用なミチの個性が見える。
魔法は、岩に囲まれたむき出しの土から、薄く表皮が剥がれるように、光の粉を浮かび上がらせた。光の粉は宙に魔法円を作りだす。
ミチは何度か詠唱し、魔法円を無数に宙に浮かび上がらせた。
様々な形をした魔法円達は、私達を中心として自由に浮遊する。
「すごい数……」
「チーちゃん、この数は、初めてだっけ?」
魔法円はルネサンス時代に流行したグリモワールの一つ、『ソロモンの大きな鍵』に収録されてる護符のペンタクル(円図形) 。
ホントは質、時間、方角を合わせて作成する御守りだけど、ミチはそれを自在に操る。
術者に害を成すモノであれば、魔術的攻撃どころか物理的攻撃もはね返す。
……けれど、この数。
心強さもあるけど、多ければ多いほど、それだけ今が危険が近づいているってことになる。
ミチの変わらない表情に少しだけ安堵していた私も、ミチの危機意識を悟ると、不安を募らせないわけにはいかなかった。
「ここは、周囲一キロ先まで変な魔法もかけられてないし、遠方から攻撃もしかけられない。防御魔法の構築にとっては理想的な場所」
「……魔法にも、場所的な要因って、関係あったんだね」
「霊脈とかもそうだけど、周りに結界となる大岩があり、中心の土地が相応に開けてるって場所は、昔から祀られた地、魔女のサバトの地とか言われてる。特にここは霊的に安定してる。規模は小さいけど、イギリスのストーンヘンジとか、目覚めのカフェと意義は同じ。」
「……隠れるには良い場所ってこと?」
ミチは辺りを見渡す。岩場の陰からは不思議と怖いって感情が生まれなかった。
「そう。ここで派手な魔法を使っても怪物はけして気づけないの。自然に出来た死角で要害。ここでバリケードのようにペンタクルを固めれば、自分の魔力そのものも消耗しにくくなる」
「けどここ、囲まれてしまったら逃げ出すことことも出来ないんだよね」
「機動力、突破力もあるあの人が帰ってくる前提の方法。あの人が敗れるようなら、圧倒的に経験不足の私達は生きていけないもの……今は依存するしかない」
私はカイの居るであろう方に振りかえり、さっき気持ち悪くなった原因を作った鼓動を確認するように胸に手をあてた。
「……カイ、戻ってこれる?」
「じゃ、見てみる?」
「え?」
「魔力を無駄に使えるここなら、そういうことも可能なの」
ミチは浮いて回ってる魔法円の一つ、ヘキサグラムを横に発展させたような模様に掌を合わせた。太陽の五番という魔法円らしい。
「遠目よ、離れてる仲間の動向を私達に見せて」
その魔法円はミチの言葉で視野一杯に大きくなり、中心が模様の代わりに木々を映す。その一本の木の幹で刀を手にカイが隠れるように立っていた。
私は驚くが声が出てこない。思わず左右を確認するけど、私達が岩場であることで、それが映像であることを改めて確認した。
「カイなの? これは?」
あまりの臨場感に私の声は自然と小さくなる。ミチのトーンはいつもと変わらずだった。
「ペンタクルの応用術。研究中の魔法よ。強い風は土埃も巻き込むから、媒介して伝達させているの」
「……魔法ってこんなことも出来るんだ」
「余裕ある時だけね。仲間の安否確認や伝達はもっと簡単な方法もあるの。誰かの行動の子細なんて殆どが無意味な情報なのに、それを強力な魔力を使って再現する程、馬鹿馬鹿しいことはないから、これは実用的な術じゃない」
「私のワガママの為にごめんね」
「いいよ、……これは私自身の目的の為に作った術だけど、チーちゃんの為になるなら」
ミチは何故か口ごもり気味に言った。
「……それにしても、土を運ぶ風使いにはかなり有効みたいね。でも媒介が風と共に動き過ぎるから、没入し過ぎると酔う」
ミチのそのアドバイスも耳に入らず、私は食い入るようにカイの様子を見ていた。
時々、映像がブレながら、カイのアングルが変わった。仕組みはわからないけど、カメラ役割の土埃が風に舞ってるってことなんだろうか。
「やっぱり薄気味悪い所ね」
ミチが他人事のように言った。
時々、風に巻かれて、地の虫が飛んで行くのが見えた。カイはこんな所に居ることに、私の神経がどうかなってしまいそうだった。




