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0-1 警戒

「……今までの気配とは違う。烏谷、アレ何なのか解る?」


 天色のローブを纏ったカイの背中。

 カイは後ろの私には顔も向けず、一点を注視。

 余裕がある時は、その綺麗な顔で意味有り気に含み笑顔を向けて来るけど、今は顔を向けさえしてくれない。


「百戦の貴方にも馴染みないんだ。こんな処で照会していいの?」


 ミチは何時もながら淡々としていた。

 浅黄色のフードを被ったミチは、腰のポーチに右手を伸ばし黒柄のナイフを取り出す。

 ミチの指輪輝く左手には、いつの間にか古い本が開かれていた。

 ミチの本、『レメゲトン』。


  何も出来ない私は、何の気なしにその本の装丁に見とれる。


 深山幽谷。時々、ザーッという得体の知れない音が聞こえる。

 空は白み始めたけど、まだ暗い森。

 木々の間を黒い靄があちらこちらに、塊になって浮いて流れる。

 靄の切れ目もまるで凝視出来ない装飾。木の幹と枝、木々の間を渡るように、状粘性、白濁半透明のゲル状の物体が糸を引きながら張り巡っていた。

 そして、黒い靄と、まるで唾液がついた木々の奥、まだ遠くに時々見える暗い何か。

 その黒い気配が障害となって前へ進めない。


 あと二時間くらいで、怪物の群体に、追いつかれるだろう。

 かなり前から怪物のネストに追い込まれてると、カイは言った。

 前後挟まれ、もうすぐ閉塞状態になるねと、ミチは言った。


 カイとミチは、何らかの『魔法』を使う雰囲気になっていた。

 魔法が使えない私は、卵からかえった雛鳥のようにおし黙るしかなかった。

 魔法が絶体の世界。精神が世界と直結する世界。

 鬱然とした草叢に身を屈め、出来るだけ気配を消すよう自身の身体に言い聞かせる。


 ミチは魔法を使う…… 私にも魔法を使う力が備わっているらしいけど、その実感無く、今まで二人についてきただけ。

 少しでも何か覚えることが出来たなら、二人の補助くらい出来たのかもしれないのにと、私は使うことのない特異な形のワンドをギューと握り締める。

 私のローブは殆ど白と言える薄い桜色。この場所で二人の役に立てないことを悟らせる色。


「居場所を勘付かれるリスクより、先手の機を逃がさない情報が欲しい。……次のターンで活かせるかもしれないしね」

「……やめてよ、次のターンなんて言うの」


 少し顔をしかめたミチは、レメゲトンを開き、隣の私にも聞き取れないくらいの詠唱をしながら、ナイフで宙に小さく円を描いた。

 ミチのさまになった手捌きを、私はジーと見る。

 

「ーーのペンタクル」


 最後の単語だけはっきりと唱えると、草叢の中から現れた光粉が舞い、ナイフの示した円に添って光り出す。

 光りは内側に数本の線になって円内に入り、魔法円の姿を表していく。

 太陽の四つ目、四本の線が交差し、八っつのマークが入ったような模様の魔法円。

 魔法円はその形を完成させると、ミチを急かすように、ビーンビーンと膨張と収縮を繰り返し、唸りだした。

 

「大丈夫。全ての魔法円は、厄災から私達を守る為にあるから。この光は私達を隠してくれるの」


 私は、あまりに情けない顔で、その魔法円を見ていたようだ。ミチは、私に心配しないでと微笑んでくれた。

 私は言葉も無く首を振った。……ミチを信頼しない筈もない。


「契約者、知識の王よ、私たちを阻むモノ、襲うモノ、私たちが知らないモノの存在を詳らかに」


 宙の魔法円は一度更に発光し、まるで魔法円を中心として新聞紙を拡げるるように、光りの線が上下左右四方に模様が散らばった。

 ミチはその光の線をなぞる。まるで古代文字を解読する作業のように。


「……何て書いてあるの?」


 私の言葉は弱々しい。

 無数の光りの踊る線。

 ミチが言うには、魔法円自体はそんなに古いシステムではないけど、それで呼び出された者の言葉は古く、翻訳するにも魔法が必要になるらしい。


「……エルフ族だって」


 カイが少し苦笑いをして、初めて顔をこちらに向けた。

「あれが、エルフ? イメージがまるで違うよ」

「見えてる塊がエルフの姿ってわけじゃないでしょ」

「……エルフねえ、あれと心が通じ合えば、人間の味方になるの?」


 カイはローブを少しズラし、腰にある日本刀の鞘を握る。抜刀の練習と言わないばかりに、親指でツバを押し、カチャっと音をたてた。


「幻想小説やゲームのエルフは、都合よく改変されてるだけ。欧州の古い話ではエルフって、夜に人の子を拐かしたり、人を食べたり、厄災を運んだりして魔女のように忌み嫌われていたモノなの」

「ま、そんなモンね。こんなグロい森に住んでる奴と理解し合いたくもないし」


 カイは少し身体を起こす。どうやら何処かに動こうとしている。

 ちょっと待って、嫌な予感しかしないよ。


「武具なんかはゲームの知識と同じ……弓矢とレイピア……細身の剣ね。特に弓矢の腕は……要約すると針の穴でも通すくらいとか」

「あは、弓の名手か。剣術じゃ普通に負けるね。でもアイツ、あんなナリで弓を使える? ま、試してみるしかないか」

「カイ、何をするつもり?」


 腰を屈めたまま立ち上がり横へと歩き出そうとしたカイを、私は慌てて制止した。


「前のエルフ、後の怪物の群れ。苦手だからって選べる状況じゃないよね」

「逃げよう? まだ私達には気付いてないよね」

「残念ながら、逃げて正解だったことは一度もないよ。詰む前に活路を開かないと」

「けど……」

「チカたちは、さっきの退避ポイントまで下がっててよ。私だけなら、やられない自信があるからさ」


 カイは一度、クラウチングスタートのようなポーズを取った。鞘のお尻が、背中の方のローブを膨らませる。

 カイは、倒れこむように飛び出す。そして、一度、身体を震わせたかと思ったら、静かに消えたように居なくなった。


「カイ」


 私は、見える筈もないカイの痕跡を慌てて探す。



注: 実際は護符のペンタクル が記載されているのは「ソロモンの大きい鍵」でレメゲトン「ソロモンの小さな鍵」ではありません。後の物語上、理由がありますが紛らわしいので。

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