08 スキル付与(エンチャント)
俺はギルドが保有している施設の一つである訓練場の一角で、とある人物の到着を待っていた。
約束の時間はもう少し先なので、早く着きすぎてしまったようだ。
少し離れた場所では、数名の冒険者たちが模擬試合を行っていたり、素振りを行っていたりしている。
せっかく訓練場にいるのだから、体でも動かして時間を潰そうかと考えだした頃、見知らぬ男に声をかけられる。
「――失礼、貴方がソーイチロー・ナルセさん?」
声をかけてきたのは怜悧な顔つきをした男だった。
歳は二十代前半といったところだろうか、青い髪とキラリと光るメガネが印象的で、知的な雰囲気を感じさせる。
「はい、もしかしてルーベルトさんですか?」
「ええ、初めまして。“クレイン・ルーベルト”です。お待たせしてしまったようで申し訳ない」
ルーベルトさんは、『それと私のことはクレインで結構です』と言ったあと、メガネの位置をクイッと直す。
その仕草は、まるでクレインさんの博識ぶりを物語っているようだった
「イレーネからおおよその話は聞いています。では、早速ですが始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします!」
これから始めるのは、勿論スキルの検証だ。
先日、イレーネさんにスキルについて詳しい人物の紹介をお願いしたところ、残念ながらそういった人物に心当たりはないとのことだった。
しかし、代わりに俺の話に興味を持ってくれた、イレーネさんのパーティーメンバーの一人であるクレインさんが、今日俺の検証に付き合ってくれるという話になったのだ。
「他人にスキルを付与するスキル……実に興味深い」
クックック、と静かに怪しく笑うクレインさん。
イレーネさんが紹介してくれた人なので滅多なことはないと思うが、少し不安になってしまった。
「おっと失礼。では、まずはその≪スキル付与≫というスキルで、私に≪筋力強化≫のスキルをエンチャントしてみてください」
「分かりました」
俺はクレインさんに言われたとおり、≪筋力強化Lv1≫のスキルをエンチャントする。
「ふむ」
≪筋力強化Lv1≫のスキルがエンチャントされたクレインさんは、腕に力を入れてみたり、手の平を開いては閉じる動作を繰り返し行う。
「なるほど、これが≪筋力強化≫スキルの効果ですが、筋肉が増強したわけではありませんが、筋肉の正しい“使い方”が感覚として理解できます」
「へぇ、スキルを持つとそういった感じになるんですね」
「そういえば、貴方のスキルは自分に対しては使用できないのでしたね」
『世の中ままならないものですね』と言ったあと、クレインさんはまた暫く自分の体の動きを確かめるように動いていた。
「では次は≪魔法威力強化≫を、といきたいところですが、既にLv1より高レベルのスキルを所持していた場合、変化はないのでしたね?」
「はい、残念ながらレベルの加算はされないようです」
「そうですか、レベルが加算されるのであれば実に強力なスキルだと思うのですがね」
そう、そうなのだ。
たとえレベル1であっても加算式であれば、この≪スキル付与≫はもっと活躍の場が広がると思うのだが、人生上手くはいかないものだ。
「まあ、無いものねだりをしても仕方ありません。では次は、既に≪魔法威力強化Lv3≫スキルを持つ私に、≪魔法威力弱化≫スキルをエンチャントした場合、どうなるのか試してみましょう」
「分かりました」
俺はクレインさんに言われたとおり、今度は≪魔法威力弱化Lv1≫のスキルをエンチャントする。
「っ!? これはっ……」
その直後、クレインさんは眉間に皺を寄せ、しかめっ面になる。
かと思えば、自分の顔を手で覆い、プルプルと震えだした。
「こ、このような屈辱は初めてです――っ」
「ちょ、えぇ!? なにがあったんですかっ!?」
俺は何かまずいことでもあったのかと、クレインさんにエンチャントしたスキルを慌てて解除する。
「……失礼、少々取り乱してしまいました」
解除して暫く経ったあと、落ち着きを取り戻したクレインさんは、少しズレたメガネの位置をクイッと直す。
「えぇと、何があったのか聞いてもいいですか?」
「そうですね、結論から言いましょう。一時的ではありますが、私の≪魔法威力強化≫スキルが削除されました」
「はあっ!?」
削除されたとは、いったいどういうことだ。
俺の予想では、クレインさんのスキルウインドウに≪魔法威力強化Lv3≫と≪魔法威力弱化Lv1≫のスキルが二つ並ぶか、≪魔法威力強化≫スキルがLv2にレベルダウンする想定だった。
いや、待てよ。
まさか――
「≪魔法威力強化≫スキルを≪魔法威力弱化≫スキルが上書きした――?」
「ご名答、そういうことです」
これは想定外だ。
≪魔法威力強化≫と≪魔法威力弱化≫のスキルは当然、別スキルだと思っていたが、実は表裏一体。同じスキルとして認識されるのか!
「先ほど私は貴方の≪スキル付与≫を加算式であれば――と言いましたが訂正しましょう。このスキルは上書き式だからこそ価値がある!」
「つまり、≪スキル付与≫は支援でなく、阻害でこそ真価を発揮する……?」
「そうです。しかもこのスキルは対象のレベルが高ければ高いほど効果がある! 戦士ならば筋力を、魔法使いならば魔力を、そのクラスが磨き上げてきたアイデンティティと呼ぶべき長所を、一瞬にして短所へと変えてしまうのです! これほど屈辱的なことはない!」
クレインさんは拳を握りしめ熱弁している。
先ほど『屈辱だ』と言っていたのは、こういうことだったのか。
「おそらく、このスキルはダンジョン攻略の最前線たる第6階層でも充分に通用するでしょうね」
「本当ですか!?」
「ええ、もちろん。ただし、いくらスキルが有用でも、レベル1の貴方を第6階層まで連れて行く気は微塵もありませんが」
「ですよねー」
まあ、当然の判断だろう。
というか、俺も頼まれたってそんな危険なことはしたくない。
「ともかく、まだ検証は始まったばかりです。他にも色々と試していきましょう」
「はい!」
「ああ、そう言えば、そのスキルはあと何回くらい使えそうですか?」
「え? 何回だって使えますけど」
「バカな、それほどのスキルです。消費魔力も桁外れのはずです」
「と言われても、魔力の消費なんでないですし……」
そもそも、俺と和葉は魔法なんてない世界からやってきたせいのなのか、“魔力”というものを持っていないのだ。
それはステータスウインドウ上でも確認している。
「……嘘、ではありませんね?」
「はい、ここで嘘なんかついても意味ないですし」
クレインさんは、はぁと大きなため息をつく。
「分かりました。もう深く考えないようにします」
そう言って、メガネの位置をクイッと直した。
――その後。
あの後も色々と検証は続けたのだが、特に新しい情報は出てこなかった。
考え疲れた俺たちは休憩がてら、少し前に合流し、今は二人で模擬試合を行っている和葉とイレーネさんの戦いぶりを観察している。
俺は戦闘に関しては素人なので詳しいことは分からないが、現在は和葉が手数にものをいわせ、押しているように見える。
しかし、それを全て捌ききっているイレーネさんもさすがの腕前だろう。
「ソーイチローくん、貴方は女性のどの部分に魅力を感じますか?」
突如、クレインさんがとんでもないことをぶっ込んでくる。
いきなり何を言い出すんだ、この人は。
「胸――と、少し前の俺なら答えていましたね」
しかし、何故か俺もクレインさんの話に乗ってしまっていた。
「ほぅ、というと?」
「これまでに何度かダンジョン探索に向かったんですけど、俺は後衛職なので必然的にずっと和葉の後ろ姿を見る形になるんです」
「そうですね、隊列的にどうしてもそうなりますね」
「和葉ってダンジョン探索時は革製のショートパンツ姿なんですけど、その格好だと結構ヒップラインが分かるわけで、そんなのをずっと見てたら、最近尻もいいもんだなーと」
そこまで語って、はたと気付く、少し語り過ぎてしまった。
引かれてはいないだろうかとクレインさんの様子を確認すると――クレインさんは引くどころか満面の笑みでこちらを見ていた。
「私の目に狂いはなかった。やはり貴方も“後衛職の男”に相応しい人材です!」
「お、俺が“後衛職の男”!?」
「ソーイチローくん! いや、同士ソーイチロー!」
同士である俺たちにこれ以上の言葉はいらなかった。
俺たちは互いに無言のまま、ガシィッと熱い握手を交わす。
直後、いつの間にかすぐ側までやってきていたイレーネさんに、俺とクレインさんはガシィッと殴られた。
和葉は真っ赤な顔をしていた。
明日、どんな顔をして和葉に会えばいいのだろう?
そんなことを考えながら、俺の意識は途絶えた。