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07 生還

「――それじゃ、二人の生還を祝して! かんぱーい!」

「「かんぱーい!」」


 イレーネさんが乾杯の音頭をとり、俺、和葉、イレーネさんの三人は、手に持った木樽ジョッキを互いにぶつけ合う。

 早速イレーネさんはジョッキの中身を、んくっ、んくっと半分ほど飲み干したあと――


「かぁーーーっ! このために生きてるのよねーーーっ!」


 ――と、とてもオッサン臭いことを叫んだ。

 見た目は二十代前半といったイレーネさんだが、実際のところ何歳なんだろうか。


 話は少しさかのぼる。


 今回が初となる、二人だけでのダンジョン探索から無事生還を果たした俺と和葉。

 そんな俺たちを待っていたのは、イレーネさんからの熱い抱擁だった。

 それはもう、とにかく凄い抱擁だった。

 抱擁というか豊満だった。


 そして、そのままの勢いで酒場に連行された俺たちは、生還記念パーティーと称した宴に強制参加させられて今に至るというわけだ。


 ちなみに、イレーネさんとは違い、俺と和葉のジョッキの中身はミルクに変えてもらっている。

 この世界では十五歳から飲酒が可能とのことなので、十六の俺たちが酒――エールというらしい――を飲んでも問題ないのだが、自身の倫理観に基づき辞退させてもらった。

 最初はイレーネさんに渋い顔をされたが、『明日もダンジョンに向かうので』と言うと案外すんなりと引いてくれた。


「そーひゃん、ほのお肉おいひい!」

「口の中にもの入れたまま喋るんじゃありません!」


 しかし、和葉のおかげで命の危機を微塵も感じなかったダンジョン探索ではあったが、やはりこうしてみんなで騒いでいると、無事帰ってこれたのだと実感できる。

 今までのことといい、今回のことといい、本当にイレーネさんには感謝することしきりだ。


「いやー、しかしとんでもないルーキーが現れたもんだわ。こりゃ私もうかうかしてられないわねー」

「いえ、全てはイレーネさんの指導のたまものですよ」

「そーそー! イレ姉ぇ大好き!」

「お、イレ姉ぇときたか! じゃあ、お姉さん頑張っちゃおっかなー!」


 イレーネさんは上機嫌でからからと笑う。


「俺たちに出来ることがあれば遠慮無く言ってください。イレーネさんには返しても返しきれない恩が――」

「堅い、堅い! ソーくんはかったいなぁ」

「そ、ソーくん?」

「前から思ってたんだけどさぁ、ソーくんは生真面目すぎるのよねぇ」


 そう言ってイレーネさんはテーブルから身を乗り出し、こちらに顔を近づけてくる。

 本日のイレーネさんの格好は、いつもの戦闘用の装備とは違って私服だ。

 しかし、この人は私服であっても、まるで見せびらかすかのように胸元の開いた服を着ている。


 必然的に俺の目の前に現れる瑞々しい褐色の谷間――っ

 でかいっ――圧倒的重量感、そして存在感――っ


「軟派な男になれとは言わないけどさぁ、もうちょっと柔軟に物事を考えられるようになった方が、お姉さん良いと思うわけよぉ」


 イレーネさんが何か言っているが頭に入ってこない!

 ダメだっ、恩人の話はちゃんと聞かないと!

 それなのにっ――それなのに――っ


 谷間から目が離せないっ!!


 畜生っ! これも俺が男だからか!?

 思春期真っ盛りの少年だからなのかっ!?


(いやっ、女性の胸元をじっと見ているなんて失礼だ――っ!!)


 俺は気力を振り絞り、視線をイレーネさんの瞳へと戻すことに成功する。

 しかし、そこで俺は衝撃の光景を目にした。


(なん……だと……っ!?)


 イレーネさんは笑っていた。

 まるで『お前の葛藤はお見通しだ』と言わんばかりに、ニヤニヤと笑っていた。


 その時、俺は全てを理解した。

 現在のこの状況、全ては仕組まれたものだったのだ。


 胸元の開けた服を着ていたイレーネさん。

 前かがみになるイレーネさん。

 偶然が重なった結果、“見えて”しまった谷間。

 俺は今までそう考えていた。


 しかし、真実は違った。

 この谷間は偶然“見えて”しまったものではない。

 そう――


(この女――“見せて”いる――っ!!)


 イレーネ・ツェルニク。俺はこの人の評価を見誤っていたのかもしれない。

 その派手な格好とはうらはらに、お人好しでお節介好き――これが今までの彼女の評価だった。

 しかしなんたることか、よりにもよって思春期男子の純情を弄ぶような人間だったとは!

 これは決して許されることではない!


(いいだろう……そちらがその気なら、こっちにも考えがある……!)


 その挑戦、受けてたとうではないか。

 そちらが“見せる”というなら、こちらは“見る”!

 なぶるように、ねぶり尽くすように、見て、見て、見きって――


「――そーちゃん?」


 突如、俺の体を衝撃波のようなものが駆け抜けていく。

 直後、全身が総毛立ち、ダンジョンの魔物と対峙した時などとは比べものにならないほどの恐怖感が俺を襲う。

 その“殺気”のようなものに絡め取られ、先ほどの谷間とは別の意味で、俺は視線を和葉の方向へと向けることができなかった。


「……女の人の胸元をじっと見ちゃうなんて、失礼だと思う」

「ち、違う! これには深い訳が――っ」

「失礼だと思う」

「あ、はい。ごめんなさい……」


 謝罪の言葉を終えると、ようやく“殺気”のようなものから解放される。

 その直後、どっと冷や汗が吹き出てきた。

 正直、ダンジョンから生還した時よりも、今この場を切り抜けられたことの方が、余程“生還できた”という実感が強い。


「あと、イレーネさん」

「え、私!?」

「……胸元が開けた服を着てるんですから、注意してくださいね?」

「っていうか、さっきは私のこと、イレ姉ぇって……」

「注意してくださいね?」

「あ、はい。気をつけます……」


 言いたいことを言い終えた和葉は、静まりかえった場の中で一人食事を再開する。


(――ちょ、ちょっと! キミの彼女どーなってんのよ! めっちゃ怖いんですけど!?)

(イレーネさんが余計なことするからでしょ-が! あと彼女じゃないです!)

「二人とも?」

「「はいっ!?」」

「せっかくの生還記念パーティーなんだから……みんなで楽しくお食事しようね?」

「そ、そうだな。和葉の言うとおりだー」

「全くそのとおりねー。あー、お酒が美味しいわー」


 暫くの間、俺たちのテーブルでは、俺とイレーネさんのぎこちない笑い声が続いたという……。







 ――夜。

 生還記念パーティーを終えた俺とイレーネさんは、それぞれの宿へ帰るために仄暗い街中を歩いていた。

 和葉はというと、俺の“背中”で静かな寝息をたてている真っ最中だ。


「よく寝てるわねぇ」


 イレーネさんが和葉の頬を突く。


「平気な顔をしていましたが、やっぱり負担が大きかったんでしょうね」


 和葉は食事の途中、うつらうつらとしたかと思うと、すぐに眠りこけてしまった。

 それもそのはず、和葉はダンジョンの探索中、ずっと周囲の警戒と魔物との戦闘を一手に担い、オマケに俺という護衛対象まで抱えているのだ。

 体力的にも精神的にも酷使していたに違いない。


「そうねぇ、第1階層だけならそれでも何とかなるでしょうけど、それ以降を目指すのならパーティーメンバーの増員は視野に入れるべきね」

「はい、早速明日から募集をかけてみるつもりです」


 とにかく俺たちのパーティーには、何もかもが不足していることが今日の探索で分かった。

 攻撃魔法の使い手“ウィザード”。

 傷の癒し手“プリースト”。

 探索のスペシャリスト“レンジャー”。

 そして、もう一人か二人は前衛を任せられるメンバーが欲しい。


 可能なら三人目のメンバーは前衛クラスかレンジャーが加入してくれるのが理想だが、まあ、そう上手くはいかないだろう。

 ともかく、まずは一人。

 第2階層へと進むのは、パーティーメンバーが三人以上になってからの話だ。


 ただ、パーティーメンバーとは別に、俺には是非とも会っておかなければならない人物がいる。


「イレーネさん――」

「ん?」


 俺は『イレーネさんには、お世話になりっぱなしで本当に申し訳ないんですが』――と前置きしたあと、こう言った。


「――≪スキル≫について詳しい人がいたら紹介してほしいんです」

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