06 ルトラルガの迷宮
「やぁぁぁーーーっ!!」
和葉が袈裟懸けの一撃を放ち、タヌキ型の魔物を、ザンッ――と両断する。
堪らず絶命した魔物は、その姿をキラキラと光る粒子に変貌させ、やがて消えていった。
魔物が元居た場所に、コトンと音を立てて何かが落ちる。
一見すると鉱石のように見えるそれは“魔石”と呼ばれるものだった。
魔物を討伐すると必ずドロップするその性質から、討伐の“証拠”としてギルドに納品する決まりになっている。
しかし、和葉は魔石を拾わず、少し先に進んでから周囲の警戒を行う。
周囲の安全が確保されたのち、俺が魔石の回収を行う、というのが我らが“パーティー”の行動パターンとなっていた。
俺は魔石を拾い上げると和葉に声をかける。
「そろそろ休憩するか?」
「全然平気! まだまだいけるよー!」
その証拠とばかりに、和葉は長さ80cmほどもあるロングソードをブンブンと振り回す。
「分かった、分かったから、そんな危ないもの振り回すな」
身長150cm程度の和葉が、身の丈の半分以上もある得物を振り回すその光景は、やはり何度見ても慣れない。
なお、ロングソードの他にも、和葉は上半身にレザーアーマー、下半身は革製のショートパンツという出で立ちをしている。
本当はより安全性を高めるために、イレーネさんのようなプレートアーマーを装備してほしかったのだが、さすがにそれを買うには資金が足りずに今の装備で妥協することになった。
まあ、それはいいのだが、上半身はともかく下半身は太ももを露出した格好を和葉はしている。
これは、俺ではどういった装備がいいか分からなかったので、イレーネさんにプロデュースをお願いした結果だ。
さすがに『ダンジョン内で太ももを露出したままなのは如何なものか?』と思い、イレーネさんに問い詰めたのだが……。
その際に返ってきたのが『たとえダンジョン内であろうとも、なるべく肌を晒すのが女冒険者の粋』との返答だった。
この世界の人間の考えることは俺には分からない。
「ただ、何度も言うが、絶対に無理はするんじゃないぞ?」
「はーい、分かってまーす!」
『そーちゃんは心配性だなー』と和葉は笑う。
しかし、戦闘の全てを和葉に任せ、後で見ていることしか出来ない俺は、戦闘のたびに“もし和葉に不測の事態が起こったら”――と気が気でないのだ。
「大丈夫! どんな敵が出てきても私がやっつけるからね!」
俺の心配をよそに、和葉は石造りの“ダンジョン”内を進んでいく。
そう、俺たちは今、ダンジョン――“ルトラルガの迷宮”の中にいた。
あの日――俺たちがこの世界へと転移してきた日から一週間が経過していた。
転移初日に幸運にもイレーネさんという指導者に恵まれた俺たちはこの一週間、彼女から戦闘の基礎や、ダンジョン探索の心得などを叩き込んでもらった。
また、師事最終日などは実地訓練として、共にダンジョン攻略についてきてくれたりもした。
本当にイレーネさんには感謝してもしきれない。
そしてその甲斐あって、実にスムーズにダンジョンを探索できているのだが――。
「とぉーーーっ!」
魔物が現れては和葉が横薙ぎの一撃で両断し――
「はぁぁぁーーーっ!」
魔物が現れては和葉が唐竹に斬り伏せる。
そんな中で俺の出番はというと、魔物が倒れたあとに転がり落ちた魔石の回収を行う、ただそれだけであった。
(俺のいる意味――っ)
勿論、俺の本来の役割は≪スキル付与≫よる支援だ。
しかし、こと和葉に対しては≪スキル付与≫は効果がないことが判明していた。
たとえば、≪筋力強化Lv1≫というスキルを和葉にエンチャントしたとしよう。
だが、和葉は既に≪筋力強化Lv5≫を所持しているので、≪筋力強化Lv1≫は無効化されるのか、何も変化がないのだ。
スキルレベルが一つ加算してくれることを期待していたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
――俺はコトンと落ちた魔石を拾う。
なお、これは≪筋力強化≫だけにとどまらず、≪体力強化≫や≪敏捷強化≫など、およそ戦闘に関するスキル全てに言えることだった。
この有様を見ていたイレーネさんは、憐憫の眼で俺を見たあと、『これから色んな意味で苦労するわよ』と肩を叩いてくれたのが印象に残っている。
ちなみに、イレーネさんは俺の≪スキル付与≫に対しては、驚きこそしたものの、現時点では特に有用なスキルだとは思わなかったらしい。
そんなわけで、暫くの間、和葉には≪スキル付与≫により支援は不要、という結論に至った。
――俺はコトンと落ちた魔石を拾う。
しかし、俺のちゃちな支援がなくとも和葉は、少なくともこの第1階層では敵なしの状態だ。
それほどまでに今の和葉は強くなっていた。
イレーネさんの指導が良かったといのもあるだろう。
だが、やはり一番の要因は、その大量の所持スキルが物語っているとおり、和葉の才能がとんでもなさすぎた――この一点に尽きる。
――俺はコトンと落ちた魔石を拾う。
転移初日に和葉が気付いたように、確かに俺にも常人より強い力が与えられていた。
しかし、俺のはあくまで“常人より少し強い”程度にとどまる。
対して和葉は、常人をはるかに上回る身体能力を有していた。
この差は単純な才能の差なのか、ステータスの差なのか、それともスキルの差か。
それは分からないが、ともかく本来であれば第1階層とはいえ、ルーキーが4人以下で挑むなんて自殺行為だと言われているこのダンジョン。
そこに、今俺たちが2人だけで挑めているのは、ひとえに和葉の戦闘力のおかげであった。
イレーネさん曰く、『カズハがいれば、どうとでもなるでしょ』とのことだ。
――俺はコトンと落ちた魔石を拾う。
確かにそれはその通りなのだが、『じゃあ、俺がいる意味は?』などと、くだらないことを考えてしまう。
いや、意味がない程度ならまだいいが、その内俺は和葉の足手まといになってしまうのではないか?
そんなことになるくらいなら、いっそ和葉だけでもイレーネさんのパーティーに入れてもらって――
「そーちゃん……疲れた?」
「――え?」
見ると、俺の前を歩いていたはずの和葉が、いつの間にか目の前にまでやってきていた。
「2人だけでダンジョンにくるのは今日が初めてだもんね。今日はこのくらいにして帰る?」
「あ、いや……」
ただ純粋に俺のことを心配してくれている和葉を見て、罪悪感で胸が押し潰されそうになる。
……俺は何をやっているのだろうか。
戦闘の全てを和葉に任せ、自身は安全な後方でくだらないことをウジウジと……。
(しっかりしろ、俺っ!)
自身の両頬をパシンッと引っぱたく。
俺の突然の行動に和葉が驚いた顔をするが、すぐに笑顔になる。
「……よく分かんないけど、元気でた?」
「ああ、心配かけて悪かった」
ウジウジと考えるのはやめだ。
少なくとも今の俺には“魔石の回収”と“後方の安全確保”という役割がある。
この務めをはたすことだけを考えよう。
それに今までの経験から、俺の切り札≪スキル付与≫は意外に汎用性が高いことが分かっている。
その内いつかのゴロツキどもにしたように上手い使い方が思いつくかもしれない。
(……ん? そういえばあの時……)
少し思いついたことがあり、それを和葉に伝えようした時――
「――敵2匹、来るよ!」
突如、和葉がそう叫ぶ。
和葉の視線の先を見ると、確かに2匹の魔物がこちらに向かってくるのが見えた。
接敵までまだ少し距離がある。
この距離でも和葉が敵の存在を感じ取れたのは、スキル≪気配察知≫の効果のおかげだ。
「和葉! まずは左のやつから片付けてくれ!」
「っ!? 分かった!」
突然の指示であるにも関わらず従ってくれる和葉。
抜剣し、俺の言った通りに左側の魔物へと駆け出していく。
そして俺は――
「スキルエンチャントォ!」
――≪スキル付与≫を使用した。
ただし、対象は和葉ではなく、右側の魔物に対してだ。
右側の魔物が自身の身に何か起こったことを感じとったのか、一瞬動きを止める。
わずかな隙ではあったが、和葉にはそれで充分だった。
左側の魔物を一撃のもとに屠ったあと、そのまま右側の魔物の懐まで飛び込み、逆袈裟の斬撃で切り払う。
和葉が残心をとると、2匹の魔物はその姿を粒子へと変貌させ、消えていった。
「――そーちゃん! 今なにしたの!?」
魔物が完全に消えたあと、和葉が目を輝かせながらこちらに駆け寄ってくる。
これが先ほど2匹の魔物を一瞬で屠った戦士と同一人物だとはとても思えない。
俺は零れそうになる笑みを堪え、答えた。
「なに、大したことじゃない。魔物にスキルをエンチャントしてやっただけだ。≪敏捷弱化Lv1≫のスキルをな」
「えぇ! エンチャントって魔物にも効くの!?」
「効くみたいだなぁ」
きっかけはゴロツキどもに襲われた時のことを思い出したことだ。
エンチャントと言えば、“味方”にかけるものと思い込みがちだが、あの時は明確な敵であるゴロツキどもにもエンチャントが可能だった。
敵にも可能なのであれば、魔物にもエンチャントが可能なのではないか? と考えたわけだ。
賭けではあったが、俺はまたしても賭けに勝ったらしい。
「ただ、魔物にも効くからって、わざわざ敵を強化する意味なんてないだろ? そこで逆転の発想、強化ではなく弱化のスキルを創ってみた」
ちなみに、≪敏捷弱化Lv1≫のスキルを選んだのは、少しでも敵の動きを鈍らせ、和葉が被弾する可能性を減らしたいがためだ。
「凄い、凄い! やっぱりそれチートスキルだよ!」
とはいえ、所詮はLv1の弱体化だ。効果のほどはしれている。
しかし、それでも今は、まるで自分のことのように喜んでくれる和葉の気持ちが素直に嬉しい。
これで少しは和葉の役に立てるようになっただろうか。
焦らずゆっくりとでもいい。俺は、俺の出来ることを探していこうと思う。
いつの日か和葉と共に、元の世界へと帰るために。
今日、この日、俺は和葉の笑顔にそう誓った。