05 礼節
「へっへ、よくやった。コアトン」
「このくらいちょろいもんよ、兄貴」
リーダー風の男がオジサンとそんな会話を交わしたあと、指をボキボキと鳴らしながら一歩前に出てくる。
俺も和葉を庇うようにして一歩前へと出た。
「よく聞け、小僧ども! ルトラルガの影の支配者、ダアトン様たぁ俺様のことよ!」
「そして、俺はその弟、コアトン!」
「命が惜しけりゃ有り金全部置いていきなぁ!」
ダアトンと名乗った男は、自分の肉体を誇示するかのようなポーズをとりながら、そう叫ぶ。
そして、オジサンことコアトンはその横で奇妙なポーズをとっていた。
それにしても、やはり目的は“金”か。
「――残念ながら、俺たちも無一文の状態で困っていたところだ。逆に助けてほしいくらいなんだが」
「あぁん? 嘘はいけねぇな。そんな上等そうな服を着てるお坊ちゃんたちが“文無し”だなんてあるはずがねぇ」
上等そうな服?
そう言われて気付く。
確かに大通りを歩いていた人々の大半は布製の服を着ていた。
そんな中でポリエステル制のカッターシャツなんて格好で騒いでいた俺たちは、さぞ目立った存在であったに違いない。
(くそっ、だからこいつらに目を付けられたのか……)
自分の迂闊さ加減に腹が立つ。
これでは和葉のことをとやかく言う資格なんてない。
しかし、たとえ上等そうな服を着ていようとも、俺たちが“文無し”なのは確かなのだ。
「――調べればすぐバレる嘘なんてつく意味ないだろ? この街に着いて早々、お前らのお仲間に有り金を全部をスられたんだよ!」
なんなら身体検査でもしてみるか? と俺はさらに一歩前へ出る。
「このざまじゃ、今日食う飯にも困る有様なんで、ギルドに日雇い労働の仕事でもないか探しにいこうかってところで、そちらのオジサンにまんまと騙されたってわけだ!」
なんてツイてない日だ、と俺はヤケクソ気味に吐き捨てる。
それは演技ではあったが、俺の本心でもあった。
「……コアトン、あいつの言ってることは本当か?」
「有り金云々は知らないけど、ギルドに向かおうとしてたのは本当だね」
「ふーむ、これは困ったぞ。さすがに無一文のヤローから金は奪えないしなぁ……」
さて、これで無一文に用はないと見逃してくれればいいが……。
「じゃあ仕方ねぇな! 本当はこんなことしたかねぇが、金の代わりに女の方をいただくとするか!」
さすが兄貴ぃー! と周りの連中がやんややんやと囃し立てる。
くそっ、やっぱりこれで見逃してくれるほど甘くないか!
「いやー、本当は女を攫うなんて外道な真似、したくないんだけどなー! でも金がないってんじゃ、しょーがないよなー!」
なんてわざとらしい演技だ!
というか、こいつら最初から和葉が目当てだったんじゃないのか!?
(仕方ない、イチかバチかの賭けなんてしたくないんだが――っ)
あとが無くなった俺は、先ほど思いついた“秘策”を実行することにした。
「ちょっと待ったぁ! 確かに俺たちに金はない――が、代わりに差し出せるものがある!」
「あぁん?」
盛り上がっているところに水を差されたのが気に食わないのか、ダアトンは不快そうに眉を潜める。
後方から『まさか、自分自身とか言い出すんじゃねーだろうなー』と下卑た笑い声が聞こえるが、俺は無視した。
同じく後方から『お、俺はそれでもいいかも』という声が聞こえたが、俺は聞かなかったことにした。
「俺は他人にスキルを付与できる特殊な≪スキル≫を持っている! 欲しいスキルを言ってくれれば、どんなスキルだってお前らにエンチャントしてやるぞ!」
周囲からは『そんなスキルあるわけねー』、『バカにしてんのか!』といった声が上がるが――
「だから、すぐバレる嘘なんてついても意味ないって言ってるだろ? 証拠を見せてやるよ!」
俺はあらかじめ創造しておいたスキルを――
「エンチャント! エンチャントッ! エンチャントォー!」
――と周囲のゴロツキどもに付与していった。
「スキルウインドウを見てみろ。今までなかったスキルが追加されているはずだ」
「テメェ、適当なこと言ってんじゃ――」
「あああ、兄貴ぃ! 本当だ! 本当にスキルが追加されてる!」
「なにぃっ!?」
「今まで空欄だった俺のスキルウインドウに、スキルが追加されてるよぉぉぉーーーっ!!」
コアトンの雄叫びを聞いて周囲の連中も自分のスキルを確認し出し、どよめきが起こる。
俺たちをハメた憎い相手ではあるが、今ばかりはナイスアシストだ。
(それにしても、あいつ今までスキルを持ってなかったのか)
もしかしたら、この世界でスキルを持っている人間というのは、そう多くないのかもしれない。
「マジかよ、本当に追加されてやがる……。しかし、れ、れい? このスキルはなんて読むんだ?」
「あ、兄貴ぃ、初めてスキルを持ったせいか、なんだか背中がムズムズしてきたんだけど……」
「ふっ、教えてやろう。今お前たちに付与したスキルはな――≪礼節Lv1≫のスキルだっ!」
「れ、れいせつ!?」
「そうだ! 今お前たちに最も足りないもの、それが礼節だ!」
「あ、兄貴……いや、兄さん! なんだか俺、こんなことしてるより襟を正して、ちゃんと生きなきゃって気分になってきた! ……俺の服に襟ないけど」
「くっ、弟よっ。俺もお前に模範的な兄だと思ってもらえるような生き方をしたくなってきた!」
「兄さん!」
「弟よ!」
……いい歳したおっさん二人が抱き合うという、少々気持ち悪い光景が目の前で展開される。
このゴロツキどもに付与した≪礼節≫のスキルだが、日本ではビジネスマンの必須スキルの一つだと聞いたことがある。
スキルの意味が違うだろ、とツっこまれるかもしれないが、≪礼節≫だって人が身につけられる技術の内の一つだ。
技術であるならスキルとして創造、付与できるのではないかと考えた。
付与することでどういった結果になるかは完全に未知数だったが、どうやら俺は賭けに勝ったらしい。
「どうだ、これが俺のスキルだ! 解除してほしければ俺たちを見逃せ!」
「なにぃ……!」
「俺が解除しない限り、お前たちは一生そのままだぞ! これからずっと礼儀正しい悪党として生きたいのか!?」
ホントは10分しか効果がないのだが、ここはハッタリの通しどころだ。
「テメェ……いや、アナタ……おふざけに、なった真似をしや、しやがり――ああもうっ、喋りにくい!」
いけるっ、ゴロツキどもは完全に動揺している。
あとは隙を見て包囲を突破すれば、と思ったその時――。
「いやぁっ!?」
突如、背後から和葉の悲鳴が聞こえてくる。
「和葉っ!?」
振り返ると、後方に位置していたゴロツキどもの一人が、和葉を羽交い締めにしていた。
(しまったっ、前方の男たちの対応に集中しぎていた――っ)
「この女性を解放してほしくば、わかりますね……?」
和葉を羽交い締めにしている男は、とても丁寧な言葉で話しかけてくる。
俺が付与したスキルのせいだとは思うが、今はその言葉使いがとても不気味に聞こえた。
(くそっ、どうする、どうするっ、ど――)
「離してっ!!」
そう叫ぶと、和葉は自力で拘束から脱出する。
そしてクルリと反転し男の方へ向いたかと思うと、反転の勢いを利用して平手打ちを男にお見舞いした。
パァーーーンッ!! と耳をつんざくような音が聞こえ、平手打ちを受けた男は吹き飛んだ。
比喩などではない。男は本当に数メートルもの距離を吹き飛び、今は道ばたにゴミのように転がっている。
「なぁ――っ!?」
その、あまりにもな出来事に、ゴロツキどもはアングリと口を大きく開け、バカなような表情を晒している。
しかし、今ばかりは俺も彼らと同じような表情をしていたことだろう。
当の和葉は、男をはたいた手の平をじっと見つめながら何かを考え込んでいるようだった。
「そーちゃん……私、力がすっごく強くなってるみたい……」
「力が……?」
「うん、もしかしたら転移特典のおかげかも」
転移特典――この言葉を先ほど聞いた時は意味が分からなかったが、これはあれか?
日本では普通の少年だった主人公が、異世界では超常の力を得るとかいう、そんな展開のことを言っているのか?
(いや、あれこれ考えるのはあとだ――っ)
俺は気を取り直し、未だ茫然自失としているゴロツキどもに言い放つ。
「お前らぁ! 覚悟は出来ているなっ!」
「ヒ、ヒィィィーーーっ!!」
薄暗い路地裏にゴロツキどもの情けない悲鳴が響き渡った。
「――ここがギルドか」
俺たちはコアトンに教えてもらった道順を辿り、ギルドへと到着していた。
掲げられている看板には、交差した剣と巻物(スクロール?)のイラストと共に“ルトラルガ・ギルド”と記載されているので間違いないだろう。
「色々あったけどついに到着だねー」
「そうだな……」
既に一生分の冒険を終えた気分だが、俺たちの本当の冒険はここから始まる。
なお、路銀についてはコアトンたちからそれなりの額をうば――譲ってもらっていた。
なので、急いで仕事を探す必要はなくなったのだが、やはりこの先何が起こるか分からない以上、早め早めに行動しておくべきだろう。
「やっぱりモンスター退治の仕事とかあるのかなー?」
「かもな」
先ほどの出来事で、俺たちには普通よりも強い力が備わっていることが分かった。
しかし、その程度で油断なんてしない。
あくまで俺たちは戦闘や冒険に関しては全くの素人なのだ。
「まずはどこかのパーティーに入れてもらって、冒険の“いろは”を教えてもらおうか」
「大丈夫かな、入れてくれるかな?」
「任せろ、我に秘策あり、だ。目指すはレベル10。 そして元の世界への帰還だ!」
「おーっ!」
俺たちは意気揚々とギルドの中へ入っていく。
この時の俺は、自分には特別な力があるんだと舞い上がってしまっていた。
その思い上がりがあんな恐ろしい結果を産むことになるなんて……。
この時の俺はまだ知るよしもなかった……。