43 結実
ただ漫然と見ているだけでは分からないものがある。
その事を俺は思い知った。
戦闘時における和葉の動きのことだ。
俺は今日、初めて和葉の動きを意識して目で追うようになっていた。
自然と拳を握る力が強くなる。
拳に鈍い痛みが走ったが、そんなことは意にも介さずに俺は、和葉の一挙手一投足を注視していた。
なにせその動きこそが、まさに俺が思い描いていた理想そのものだったのだから――。
攻撃はただ攻撃のためにあらず。
剣を振った勢いは殺さずに、むしろ利用して体を移動させる。
しかして、体を移動させた勢いは、再び攻撃へと利用されるのだ。
すべての行動に意味があり、次の行動のための布石となっている。
高等な技術のもとに行われるその動きの、なんと見事で合理的なことだろうか。
ともすれば舞い踊っているかのような和葉の動きを見て、俺は感嘆の息を洩らすと共に『美しい』とさえ思ってしまった。
――いやいや、美しいといっても、あくまでそれは和葉の動きのことである。
決して和葉自身のことを言っているわけではない。
だって、相手はあの和葉なのだ。
俺が和葉を『美しい』だなんて思うようなことは断じてない。
たとえ天地がひっくり返ろうとも、それだけは間違いなくないのだ。
(――って、誰に対して言い訳をしてるんだ、俺は……)
頭を振り、余計な雑念を払う。
今は和葉なんかに見とれている場合ではない。
俺は再び和葉の動きを注視した。
(それにしても……)
“羨ましい”――そんな感情が溢れ出てくる。
見れば見るほどその想いは強まっていった。
『俺もあんな風に動けたら』――思わずそんなことを考えてしまうが、あの動きは今の俺に真似できるような芸当ではないだろう。
和葉にしたってそうだ。
和葉があんな動きを出来るのも、すべてはスキルや“転移特典”のお蔭で、やつの才能などでは――
(――っ!)
思わず芽生えかけた醜い嫉妬心を、俺の脳内でのみ使用できる幻の必殺技“聡一郎ストラッシュ”――語呂悪いな、これ――で殲滅する。
スキルや“転移特典”のお蔭?
バカか、俺は!
たとえそうであったとしても、今は間違いなく和葉の力だ。
しかも、その力で守ってもらっておきながら、いったい俺は何様のつもりなのだろうか。
……いかんいかん、ただでさえ今は戦闘中なのだ。
和葉の動きに気付けただけでも良しということしておいて、今日はもう余計なことは考えないようにしておこう。
そうして俺たちは第三階層の探索を続ける。
一度に大量の魔物と戦うことにならないよう慎重に、しかし確実に進んでいく。
それから暫く経ったあと、和葉が付近にいたソルジャーアントの最後の一匹を討伐した直後に“それ”は起こった。
『レベルが3にあがりました』
機械音声のような声――面倒なので今後はこれを“天の声”と呼ぶことにする――が脳内に響き、俺のレベルが上がったことを告げる。
そして、さらに天の声は続いた。
『スキル≪スキル付与の心得≫を習得しました』
『スキル≪筋力強化Lv1≫を習得しました』
『スキル≪敏捷性強化Lv1≫を習得しました』
そこでようやく天の声は聞こえなくなる。
(……は?)
まったくの予想外な事態に、理解が追い付かない。
和葉が笑顔で俺に何かを伝えていたが、俺の耳にはまったく入ってこなった。
(え、なに? 待て待て、スキルが一気に三つも? というかスキル≪筋力強化Lv1≫と≪敏捷性強化Lv1≫って、どっちもファイターの必須スキルじゃないか……)
聞き間違いかとも思ったが、スキルウインドウ欄を確認すると確かにそこには両スキルの名称が追加されていた。
状況がゆっくりと頭に染み込んでいき、代わりに心から何か別のものが溢れ出てくるのを感じる。
(聞き間違いじゃない……ということは、ついに俺にも戦闘系のスキルが……!)
今までの訓練が実を結んだのだろうか。
それは分からない。
分からないが、しかし――
「いよっっっしゃぁぁぁーーーっ!!」
今は声を大にして、心の赴くままにこの喜びを表現する俺だった。