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42 拳

「ここに来るのも三日ぶりか……」


 あれから三日目となる今日、俺たちは再びこの地、第三階層へと足を踏み入れていた。


 少し体が強張こわばっていることに気付いた俺は、緊張を和らげるために深呼吸を行う。

 むせかえるような草木の匂いを体内へと取り込んだ瞬間、あの時の記憶が鮮明に蘇った。


 ブブブという不快な羽音が聞こえたような気がしたが、幻聴だと自分に言い聞かせる。


(……今回はあんなことにはならないしさせない。情報収集は抜かりなく、煙幕弾の準備もバッチリだ)


 思考を巡らせながら、ゆっくりと取り込んだ空気を吐き出す。

 そうして、ざわつきそうになる心を落ち着かせた。


 拳を開いては閉じる――その動作を何度か繰り返す。

 体の強張りがなくなったことを確認すると、俺は改めて仲間たちの顔を見回した。


 いつもは騒がしい面々も今回ばかりは皆口数が少なく、どこか緊張した面持ちでいる。

 俺はそんな彼女たちに声をかけた。


「……大丈夫、いつも通りに行こう。油断さえしなければ、俺たちはハチやアリなんかに負けない」


 俺の言葉に仲間たちは皆一様に頷く。

 こうして俺たちは、再び第三階層の探索を開始したのであった。




 ――とはいえ、である。


 俺以外は実力者揃いのこのパーティーでは、何か不測の事態でも起きない限り、危機に陥るなんてことはそうそうない。

 探索そのものは順調に進んでいった。


 むしろ気になるのは、みんなの口数がいつもより極端に少ないことだ。

 みんな油断だけはすまいと気負い過ぎているような気がする。


 もちろん油断はダメだが、過度の緊張だって良くない。

 “いつも通り”――それが一番なのだが、口で言うのは簡単でも、えてしてこういうものほど意識すればするほど上手く出来ないものである。


 はて、どうしたものかと悩み始めた時のことだった。


「――あと五日はこないだみたいなことは起きないんだよね?」


 和葉が緊迫した空気に堪えかねたのか、そんなことを質問してくる。

 心の中で『ナイスアシスト』と呟きながら俺は質問に答えた。


「それは分からないけど、少なくともその間は“クイーンビー”は出現しないはずだな」


 クイーンビーとは、その名の通り女王蜂の魔物でソルジャービーを率いる第三階層のフロアボスのことだ。

 そう、この第三階層目以降からは、フロアボスという特別な魔物が出現し始めることを俺は情報収集の結果、知った。


 あの日、俺たちがあんな目に遭ったのは、まさにそのフロアボスであるクイーンビーの縄張りに近づいてしまったためである。


 そして和葉の言う“五日”とはフロアボスの復活期間のことだ。

 フロアボスは他の魔物と違い、一度討伐されると一週間は復活しないという特徴を持っていた。

 つまり、あの日の翌日にクイーンビーは討伐されたのだ。


「私たちはクイーンビーに近づくことすら出来なかったのに、いったい何人くらいの冒険者が集まって討伐したんでしょうね……」


 アエリーの言う通り、通常の魔物よりも遥かに強力な力を持つフロアボスの討伐は、複数のパーティーが集まって行われる。


 それでも通常の魔物討伐よりも危険度は高いらしいのだが、代わりに莫大な換金率を誇る魔石が手に入り、レアアイテムのドロップ率も高い。

 また、ギルドから特別な報奨も出るので、フロアボスの討伐クエストが発行された際は希望者が殺到するらしいとのことだ。


「正確な人数は分からないけど、今回は七つのパーティーで討伐したって聞いたな」


 なお、フロアボスと言っても次の階層に続く階段を守っているとかそういうことはなく、あくまで出現場所はランダムだ。

 なので、別にこいつを倒さなければ第四階層に行けないとか、そういうことはないのだが……。


「いつか私たちも、リベンジも兼ねてクイーンビーの討伐を果たしたいものだな」


 そう、今はまだ無理でもいつの日か力を付け、あの日の雪辱を晴らしたいものだ


「――そうだな、その時は頼りにしてるぞ、セティ」


 そう言って俺は、拳をセティの前へと突き出す。


「ああ、任せておくがいい」


 俺の意図を察したセティは自身も拳を突き出し、俺たちは拳と拳をゴツンとぶつけ合った。

 凄く痛かった……。


「す、すまない! 大丈夫か、ソウイチロー殿!?」

「大丈夫だけど……今度からは軽くぶつける程度で頼む……」


 痛みを必死に堪えながらセティに注文をつける。

 これは加減を知らないセティが悪いのか、それともやわな俺の拳が悪いのか……。


「ねぇねぇ、アエリーちゃん。今日はあの二人、なんだか仲良さげじゃない?」

「そ、そうですね……昨日何かあったんでしょうか……」


 和葉とアエリーがこそこそと何か話し合っていたが、俺は痛みでそれどころではなかった。


 しかし、怪我の功名とでもいうのだろうか。

 俺たちの間に蔓延っていた緊迫した空気は、いつの間にか霧散していた。


(拳を痛めた甲斐はあったか……?)


 まだ痛む拳を擦りながら、俺はそんなことを考えていた。


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