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40 成長

「随分と成長なされましたね、ソウイチロー様」


 昨日の夜は訓練をサボってしまったため、いつもより気合いを入れて励んでいたところ、リーリアがそんなことを言った。


「そ、そうか?」

「えぇ、動きから硬さが取れて、以前よりもずっとスムーズに動けています。何より――」


 言葉を言い終わる前にリーリアは木剣を振り上げ、大上段から一気に振り下ろしてくる。


(上段ガード!? いや、リーリアの踏み込みが浅い――っ)


 本命は別にあると睨んだ俺の予想通り、リーリアは振り下ろしてる最中だった木剣を強引に引き戻した。


(やっぱりフェイントかっ!)


 そして今度は俺の胸もとめがけての突きを繰り出してくるが、俺はそれを上半身を右方向へと目一杯傾けることで回避する。

 お返しとばかりに、俺は上半身を傾けたまま木剣を地面すれすれに走らせて斬り上げ――ようとしたのだが、斬り上げる前に木剣がリーリアの左足で踏みつけられる形で阻止された。


 その際、リーリアの白き聖なる衣がチラリと見えてしまったのだが、これは故意ではなく事故のようなものなので俺は悪くない。


(今日は白か……)


 そして眼福だった。


「――お見事です。やはり動きから硬さが取れただけでなく、視野も随分と広くなられているようですね」

「視野が……?」


 一瞬“覗き”のことを言われているのかと思い、ドキリとする。

 しかし、リーリアの言葉は、おそらくそういう意味ではないだろうとすぐに思い直した。


「はい、以前のソウイチロー様は、相手の武器しか視界に入っていないような状態でした。なにせ、先ほどのような、あからさまなフェイントであっても簡単に引っかかるような有様でしたから」

「お、おう……」


 さっきの攻撃、わりと賭けに近い状態でフェイントだと判断したのだが、そんなにあからさまだったのだろうか……。


 とはいえ、確かに今日はなんだか調子が良い。

 リーリアの言う通り、今日は対戦相手である彼女の一挙手一投足をつぶさに観察しながら戦うことが出来ていた。

 これがリーリアの言う“視野が広がった”ということなのだろうか。


 思えば以前の俺は、戦闘時に余裕がなかった。

 戦闘時に感じていた緊張感や恐怖心などが俺の心から余裕を奪い、それが視野を狭めることに繋がっていたのだと思う。


 しかし、今はそういった感覚が殆どない。

 あるのは程よい緊張感と闘志だけ。


 これはおそらく、昨日の出来事のせいだ。

 昨日の死を覚悟したあの瞬間に比べたら、安全が保証された木剣での訓練など、何を恐れる必要があるというのか。


 一度死線を越えた俺の中で、そんな一種の開き直りのような心境の変化が起きた。

 それで過剰に感じ過ぎていた恐怖心などが取り除かれ、動きの硬さが取れたことや視野が広がったことに繋がったのだろう。


 だからと言って、それが油断に繋がるようでは本末転倒なので、俺は自分を戒めることも忘れない。


 調子に乗るんじゃないぞ、聡一郎。

 死線を越えたと言っても、それはイレーネさんたちに助けてもらっただけで、お前自身は何もしていない。


 それに、ようやく戦士としてのスタートラインに立ったばかりに過ぎないんだ。

 その事をゆめゆめ忘れることなかれ。


 短く息を吐き、少し浮かれそうになっていた気分と心を正した。


「しかし、“経験”が人を成長させるというのは本当のようですね。まさか一度の経験でここまで大きく変わられるとは思っておりませんでした」

「調子に乗るからそんなに褒めないでほしいんだが……まあそれだけ濃密な経験だったってことだな」


 なんせ一歩何かが遅れたり間違っていれば、本当に死ぬところだったのだ。

 出来れば二度としたくはない経験だが、得るものは確かにあったのかもしれない。


「なるほど、濃密な夜だったのですね」

「夜? あれは昼頃の話だが……」


 いや、正確な時間は分からないが、ダンジョンから戻って来たときは、まだ陽が完全に落ちる前だったはずだから、少なくとも夜ではないはずだ。


「おや、昼頃はダンジョンに向かわれていたはずでは?」

「そう、だから昼頃と言ってるんだが……」


 はてと首をかしげる。

 どうにもリーリアと会話が噛み合わない。


「えっと、リーリアはなんの話をしているんだ?」

「昨日の夜、ソウイチロー様とカズハ様が濃密な夜を過ごされたという話ですが?」

「あー、なるほどなー」


 合点がいった。

 そりゃ会話が噛み合わないわけだ。


「――ってバカ! 今朝、散々説明したよな!? あれは和葉が勝手にベッドに入り込んできただけで、実際には何もなかったって!」

「隠す必要はないでしょう。男性は死ぬような目に遭った際、生存本能が刺激され子種を残すべく性欲が高まると聞きます。それは自然なことで、何も恥ずかしいことではありません」

「あー、そうなんだ! そんな豆知識聞きたくなかったよ! でもほんとに何もなかったんですけどねぇ!?」

「なるほど、カズハ様では勃たなかったと……」

「うぉいっ!? 俺と和葉二人に対して失礼なこと言ってんじゃないよっ!? あとお前の口からそんな言葉は聞きたくなかったなぁ!」

「カズハ様に手を出すのが心苦しいようでしたら、私とミケコでお相手を務めさせていただきますが」

「やめろぉ! 今はそういう言葉が一番聞きたくないんだ! 最近ほんとギリギリのところで歯を食いしばって踏ん張ってんだよぉ!!」

「ソウイチロー様、もう夜も遅いのでそんな大声を出されては……」

「お前が出させてるんだろうがぁ!!」


 声を張り上げすぎて息も絶え絶えになっている俺を見て、リーリアはクスリと笑う。

 それは、初めて見るリーリアの笑顔だった。


「――申し訳ありません、主人に対し言葉が過ぎました」


 しかし、その笑顔はすぐにいつもの表情へと戻り、リーリアは深々と頭をさげる。


「いや……それは別に構わないけど……」


 なんだろう、一気に毒気が抜かれた感じだ。


「さて、ではそろそろ休憩は終わりにして、訓練を再開しましょうか」

「あ、ああ……」


 それにしても、俺はリーリアのことを冗談の通じない堅物な人間だと思っていたのだが、まさか、あんな冗談を言う一面を持っていたなんて……。

 人とはつくづく外面だけでは分からないものだ。


「ソウイチロー様、集中力が乱れています。訓練に集中してください」

「す、すまん」


 いかんいかん、もう訓練は始まっているのだ。

 少し腑に落ちない気もするが、今は余計なことを考えている場合じゃない。


 俺は雑念を追い払うように少し長めに息を吐く。

 心の準備が完了すると、正面のリーリアを真っ直ぐに見据え、木剣を構えた。。


「――ところでソウイチロー様。ミケコも言っていたかと思いますが、“お相手”の件に関しては私たちの仕事内容に含まれておりますので、お呼びいただければいつでもお相手致しますから」

「はぁっ!?」


 突然の告白に驚いた俺は、思わず構えを解いてしまう。

 その隙を逃さず、リーリアは俺の頭にコツンと木剣をぶつけた。


「ちょっ、今のは卑怯だろっ!?」

「ソウイチロー様、油断大敵ですよ?」


 そう言って、再びリーリアは笑顔を見せた。

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