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39 イレーネとクレイン

「はい、これが昨日の納品結果ね」


 礼を言って、イレーネさんから報酬の入った革袋を受け取る。

 俺は今、昨日イレーネさんたちに任せることになってしまった魔石の納品分の報酬を受け取りに、食堂まで来ていた。


 なお、今日のダンジョン探索はお休みだ。

 本来今日は休みの日ではないのだが、さすがに昨日の今日では体力面はともかく精神面の方が心配になる。


 なので、今日皆には充分に休んでもらい、英気を養ってもらうことにしていた。


「その……改めて本当に昨日はありがとうございました。イレーネさんたちが来てくれなかったら、今ごろ俺たちはどうなっていたことか……」


 居ずまいを正し、頭をさげる。


「何かお礼がしたいんですけど、俺に出来ることは何かありませんか……?」

「同志ソウイチロー、我々冒険者は持ちつ持たれつが基本。言葉以外の礼など不要ですよ」


 クレインさんはそう言ってくれるが、俺はなおも食い下がる。

 大袈裟でもなんでもなく、イレーネさんたちが来てくれなければ俺は間違いなく、あの場で命を落としていた。

 命の恩人に対して俺が出来ることなどたかがしれているが、それでも何かしなければ気が収まらないのだ。


 セラの目が治った時のセティたちも、きっとこんな気持ちだったのだろう。

 俺は今更ながらに、あの時の彼女たちの気持ちを理解した。


「ソウイチロー、気持ちはありがたいんだけどね……本当にお礼なんていらないの。私はキミたちが生きている――それだけで充分よ」


 優しく諭すような言葉でイレーネさんが言う。

 しかし、彼女の表情はどこか儚げで寂しそうだった。


「それに同志ソウイチローには大きな“借り”がありますからね。むしろ、今回の件でようやくその借りを返せたようで一安心ですよ」

「……借り? “貸し”じゃなくてですか?」


 俺たちが借りるならともかく、クレインさんたちに貸しなんて作った覚えはまったくないのだが……。


「クレイン……」

「別に話してしまってもいいでしょう? ここで黙っていても、いつかは知られる話ですよ」


 イレーネさんとクレインさんが意味ありげな会話を交わす。

 また何か俺の悪い噂でも流れているのだろうかと、俺は思わず身構えてしまった。


「分かった……でも、私は席を外すわ」


 そう言ってイレーネさんはどこかへ行ってしまった。


「あの、いいんですか……?」

「別に構いませんよ。それより同志ソウイチローは不思議に思ったことはありませんでしたか? 貴方たちが冒険者としてデビューしてすぐの頃、付きっきりで指導するイレーネをみて『この人はダンジョンに行かなくて大丈夫なのだろうか?』と」


 確かにそれは不思議に思ったことがる。

 しかし、指導してもらってる手前、そんな失礼なことを聞くわけにもいかなかった。

 『じゃあ、今日からダンジョン行くから指導は終わりね』となっては困るのだ。


「それは……高レベルの冒険者だと、暫くダンジョンに出向く必要がないくらい稼いでいるのだと思ってましたが……」


 だから当時の俺は、これはお節介焼きであるイレーネさんの趣味のようなもの。

 余裕を持つ者の道楽だと思っていたのだが……。


「高レベルといっても私とイレーネは所詮レベル5です。夢を壊すようで申し訳ないですが、そこまで稼いでいるわけではありませんよ」

「え……じゃあ、どうしてイレーネさんは、ダンジョンに行かずに俺たちなんかに付き合ってたんですか……?」


 確かに戦いかたを教えてほしいと頼んだのは俺だ。

 しかし、何もイレーネさんに無理をさせてまで教えてもらおうだなんて気はさらさらなかった。


「答えは簡単です。当時のイレーネは……ダンジョンに行きたくても行けなかったのですよ」

「は? どういうことですか?」

「これはイレーネと貴方たちが知り合う少し前の話ですが、私たちのパーティーは魔物の奇襲を受け半壊――五人から私とイレーネの二人だけになってしまいましてね。その際、どうも仲間の死がトラウマになったようで、当時のイレーネはダンジョンに潜ることを拒否していたのですよ」


 あくまで軽く語られるクレインさんの話に、俺は衝撃を受けた。

 パーティーが半壊――イレーネさんとクレインさんに、そんな過去があったなんて……。


 どうりで今まで、クレインさん以外のパーティーメンバーを見かけなかったわけだ。

 彼らは既にこの世を去っていたのだから……。


「ですが、イレーネは貴方たちとの交流を通じて、再びダンジョンに潜る気を取り戻してくれたようでしてね。貴方は否定するでしょうが、私たちはこれを大きな“借り”だと考えているのですよ」

「そう、だったんですか……」

「お陰で今は他のパーティーに臨時メンバーとして参加したり、それこそ二人で第三階層の探索をしたりして、なんとか生活出来るようになりましたよ」

「新規メンバーは増やさないんですか……?」

「このレベル帯になると、もうパーティーが固定されている者が殆どでしてね。それにイレーネが仲間を増やしたがらないのですよ。まったく何を考えているのやら……」


 クレインさんは、やれやれといった感じでため息をつく。

 しかし、俺にはイレーネさんの気持ちがなんとなく分かった。


 仲間を増やすと、また喪ってしまうかもしれない。

 イレーネさんにはそれが耐えられないのだ。


 俺はあの時のイレーネさんの笑顔を思い出していた。

 仲間を喪ったばかりだというのに、イレーネさんはいったいどんな想いで笑っていたのだろうか。

 そして、いったいどんな想いで俺たちに指導をしてくれていたのか……。


「ふむ、前から思っていましたが、同志ソウイチローは少々変わった感性をしていますね」

「……え?」

「いくら親しい間柄とはいえ、イレーネという他人のため、しかも貴方にはなんの関わりもないことに、何故そこまで心を痛める必要があるのです?」


 突然の質問に俺は戸惑う。


「他人って……それはそうかもしれませんが、そんなに変なことでしょうか?」


 むしろ俺は、人として当たり前の感覚だと思うのだが……。


「イレーネの件だけで言えば、そこまでではありません。他人とはいえ、情が移った相手ではそうこともあるでしょう。しかし、貴方は以前ザールとの模擬試合の時も、相手をおもんばかるような行動をとっていましたね。明確に自分に敵意を向けてきていた敵であるにも関わらず、です」

「それは……」

「いえ、それがダメだとは言いません。そこが貴方の美点でもあるでしょう。しかし――すべての人の“痛み”を、まるで自分の痛みであるかように感じていては、いつか貴方の心が持たなくなる日がやってきますよ」


 そこまで言うと『では、そろそろ時間ですので』と、クレインさんは席をたつ。

 対して俺は、クレインさんが語ってくれた話のショックが抜けきっておらず、まだその場を動く気にはなれなかった。


(『すべての人の“痛み”を、まるで自分の痛みであるかように感じていては、いつか貴方の心が持たなくなる日がやってきますよ』――か)


 ただ、クレインさんが残していったこの最後の言葉が、なんだか妙に胸に残っていた。

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