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38 思い違いと戒め

「無事で良かった……っ」


 ソルジャービーの群れから遠く離れ、俺たちはここまでくれば一安心と思われる地点まで逃げてきていた。

 ようやく人心地がついたと思った次の瞬間、俺はイレーネさんから強く抱きしめられることになる。


「――いだだだっ! イ、イレーネさんっ、折れるっ! 潰れるぅっ!」


 しかし、強くと言っても限度がある。

 そのあまりにも強烈な締めつけ――もとい抱擁に俺はギブアップの声を出すが、その声が聞こえていないのか、イレーネさんは一向に力を弱めてくれる気配はなかった。


「イレーネ、そのくらいにしておきなさい。そのままでは、せっかく助かった同志ソウイチローが死んでしまいますよ」

「――え? あっ、ソウイチロー、ごめん!」


 まさに意識が飛ぶ寸前のところで、俺はようやく解放される。

 クレインさんのフォローが無かったら、本当に危なかったかもしれない……。


「い、いえ、大丈夫です……」


 しかし、逆に言えば、それだけ本気で心配してくれていたということだ。

 本当、イレーネさんには毎回心配と迷惑のかけ通しだなと反省することしきりであった。


「そーちゃん……」


 イレーネさんから解放されたと思ったら、今後は和葉が声をかけてくる。

 あんな出来事のすぐ後ということもあり、どうにも顔を合わせづらかった。


「……よっ、また会ったな」


 気まずさと気恥ずかしさを誤魔化すかのように軽口を叩く。

 てっきりいつもの『また無茶して!』といった怒声が返ってくるかと思っていたのだが――


「……バカ」


 返ってきたのは、そんな静かな罵声の一言だった。

 そして、和葉は俺の胸に顔を伏せる。

 和葉の体はカタカタと小さく震えていた。


「……すまん、冗談を言う場面じゃなかった」


 自分の迂闊さ加減にうんざりしながら謝罪の言葉を口にする。


「ごめん、ごめんね……っ」


 しかし返事はなく、和葉はうわ言のようにその言葉を繰り返すだけであった。


「バカ、お前が謝る必要なんてこれっぽっちもないだろ」


 そう言って和葉の頭を優しく撫でる。


「――っ!」


 それでうわ言のように言葉を繰り返すことはなくなったが、代わりに声を押し殺しながら涙を流していた。


 そう、今回のことはすべて“情報収集役”であった俺の責任――俺が第三階層の情報収集を怠ってしまったことが原因なのだ。


 第三階層に出現する魔物の特徴、行動、習性など、調べることはいくらでもあったのに、俺はセティが知っているはずだと、自分で何一つ調べることをしなかった。

 あまつさえ、今この時になってイレーネさんに最初に教わった『いざという時のために、煙幕弾は常に携帯しておけ』という言葉を思い出すていたらくぶりである。


 つまるところ最近の俺は、この“ルトラルガの迷宮”を完全に舐めてかかっていたのだ。

 俺の怠慢がみんなを全滅寸前の状況に陥れた。

 本当に謝罪しなければいけないのは俺で、和葉が謝る必要なんてこれっぽっちもない。


「――勿論お前たちだって謝る必要はないからな? だから、そんな暗い顔をしないでくれ」


 アエリーとセティに声をかける。

 予想通り二人とも『すべては自分のせいだ』と思い込んでいるような顔をしていた。


 二人とも俯くばかりで返事はない。

 対して俺も、そんな二人にこれ以上かける言葉が見つからなかった。


 奇妙な静寂がその場を支配する。


「――この場所もいつまでも安全というわけではありません。送りますから今日はこのまま帰還しましょう」


 状況を見かねたのか、クレインさんがそんな提案をしてくれる。

 命を助けてもらったうえ、そこまでしてもらうわけには……とも思ったが、今の俺たちは、もはやまともに戦える状態ではないことに気付く。


 申し訳なく思いつつも、俺たちはクレインさんの提案に乗らせてもらうことにし、ダンジョンから帰還した。




 ※ ※ ※




 翌日。

 昨日の疲れがまだ残っているのか、目が覚めると随分と体が重く感じた。


 寝起きは良い方なので、ここまではっきりとしない目覚めかたをするのは久しぶりだ。

 朦朧とする意識の中、昨日の散々だった出来事を思い出す。


 結局昨日は魔石の換金もイレーネさんたちに任せ、屋敷に直行してしまった。

 後日改めて、イレーネさんたちにはお礼をしなければならないだろう。


 それにしても体が重い。

 昨日はリーリアとの訓練もサボってしまったので、体力的にはいつもより余っているはずなのだが、精神の疲労が体にまで影響を及ぼしているのだろうか。


 特に左腕なんかは、まるで何かに拘束されているかのように動かすことができない。

 しかし、そのような状況であるにも関わらず、不思議と悪い気はしなかった。


 拘束されているといっても、何か柔らかくて暖かいものに包まれているような……。

 そこまで考えて、ふと嫌な予感がした俺は顔を左に向ける。


 すると、すぐ鼻先に幸せそうな顔をして眠る和葉の顔があった。


「――んなぁっ!?」


 あまりにも突然の出来事に心底驚いた俺は、すぐさま上半身を起こそうとする。

 しかし、左腕に和葉という重りがまとわりついていたため、上手く身を起こすことが出来なかった。


「……あー、そーちゃん……おはよー」


 俺の叫び声と左腕を動かそうとした衝撃で目が覚めたのか、和葉は眠気まなこを擦りながら呑気に挨拶してくる。

 そこでようやく左腕が解放された俺は上半身を起こし、少しでも和葉から距離をとるべく後ずさった。


「はぁっ!? えっ、おまっ、なに――っ!?」

「何言ってるか分かんないよー」

「――こ、ここ俺の部屋! お前の部屋違う!」

「なんでカタコトなの……?」


 理解不能の現状に、言語中枢が一時的に退化してしまってる俺だった。


「んっとねー、怖い夢みたんだー」

「夢……?」

「うん、そーちゃんが居なくなって、私がこの世界で一人ぼっちになる夢」

「それは……」

「それでね、怖くなって――来ちゃった」


 そうか、いくら仲間がいるといっても、俺がいなくなれば元の世界にいた頃の和葉を知る者がいなくなってしまうのか。

 それに俺が死ねば、和葉が元の世界に帰る手段がなくなってしまうのだということに、今更ながらに気付く。


「でも良かった……そーちゃんは、ちゃんと()()に居た……」


 そう言って和葉は俺の胸に抱きついてくる。

 その時の和葉は、まるで迷子の子供が親を見つけた時のような、安心しきった顔をしていた。


 ……俺は今まで思い違いをしていた。

 俺は今まで、たとえ何があろうとも、仮に俺が死ぬことになっても和葉だけは守らなければ――なんてことを考えていたのだ。


 しかし、そんな考えは愚の骨頂に等しかった。

 真に和葉を守りたいのであれば、俺自身も死んではダメで、二人で元の世界に帰ったその瞬間にこそ、初めて和葉を守ったと言えるのだ。


(こんな簡単なことに今更気付くなんてな……)


 どうやら俺は、自分で思っているよりずっとバカな人間だったらしい。


「すまん、和葉……次からはもっと――和葉?」


 見ると、和葉は俺の膝のうえで静かに寝息を立てているところだった。


「寝つきいいなぁ、おい!」


 大きなため息をつく。

 少し――いや、だいぶ気恥ずかしいが、大事なことに気付かせてくれたことに免じて、もう少しだけ和葉の枕代わりになってやることにした。


 大事なのは、和葉と仲間を死なせないこと。

 そして俺自身も死なないことだ。


 無力なうえにバカな俺が、あの危険なダンジョンでこれを達成するためには、自身をいましめる必要がある。

 油断や怠慢など、もう二度とあってはならない。

 そう俺は心に強く誓った。


(そう言えば……)


 ふと俺は、あの不思議な声のことを思い出す。

 死を覚悟した瞬間に聞こえたあの声は、いったいなんだったのだろうか……。


 普通に考えれば幻聴だが、確かにあの時聞こえたのだ。

 『大丈夫、キミは死なないよ』――と優しくささやく少女のものらしき声が。


(誰かが俺たちの戦いを見ていて、イレーネさんたちが助けに来てくれていることを、念話のようなもので教えてくれた……?)


 しかし、声の感じからして、その声の主はセラよりも更に年下の感じがした。

 そんな少女がダンジョンに……?

 考えれば考えるほど、謎は深まるばかりであった。


 そんな時、ドアをノックする音が聞こえ、一人の少女が俺の部屋に入ってくる。


「失礼します」


 というか、リーリアだった。


「……失礼しました」


 リーリアは入ってきたばかりだというのに、すぐさま部屋を出ていこうとする。

 一瞬、その行動の意味を理解できなかったが、俺の膝のうえで眠る和葉の存在を思いだし血の気が引いた。


「――待ってぇ! これは誤解なんだぁぁぁーーーっ!!」


 その日のアルファウト邸には、朝っぱらから俺の叫び声が響き渡った。

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