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37 油断と覚悟

 安全マージンの確保に気を配ることしなくなったのは、いつ頃からだったろうか。

 和葉と二人だけだった時は、慎重に慎重を重ねて探索を行っていたのは間違いない。


 しかし、アエリーやセティといった新しい仲間が増えるにつれ余裕が生まれ、それは慣れと合わさり油断へと変化した。


 俺は完全に失念してしまっていたのだ。

 俺たちは、自分の命をかけてこのダンジョンに挑んでいることを……。

 そして、このダンジョンは、一瞬の油断が命取りとなる危険な場所なんだということを……。


 その結果がこの様だ――




「アエリー! サンダーウォールは、あと何回使える!?」


 俺は声を張り上げてアエリーに問いかける。

 こうでもしないと周囲の騒音に掻き消されてしまい、声が届かないのだ。


「あ、あと五――いえ、六回は持たせてみせますっ!」


 アエリーも周囲の騒音に負けじとばかりに声を張り上げて返答する。


(あと六回――それまでに何か手を考えないとっ!)


 現在俺たちの周囲には、数えるのもバカらしくなるほどのソルジャービーが飛び回っていた。

 おびただしい量の羽音で奏でられる、ブブブブブッという不協和音は、もはや音響兵器の域に達しており、このままだと気が狂ってしまいそうだ。


 このような状況であるにも関わらず、今のところ俺たちが無事なのは、ひとえにアエリーのお陰である。

 アエリーがサンダーウォールで俺たちの周囲を、まるでバリアのごとく囲い、それがソルジャービーの襲撃を一時的にでも防いでくれていた。


 しかし、このサンダーウォールも無敵ではない。

 この雷の壁には耐久力というものが存在するらしく、ある程度――ソルジャービーだと六匹分の突撃を防ぐと、その時点で壁は消失してしまっていた。


 助かったのは、ソルジャービーにある程度の知能があったことか。

 これまでに尖兵の突撃が何回か繰り返されたが、そのいずれもがサンダーウォールに阻まれ、同時に命を奪われる結果となっていた。

 これを見て、ソルジャービーたちはサンダーウォールを危険なものだと判断したらしく、一旦突撃を中止したのだ。


 そうでなければ今頃俺たちは、百は軽く越えるであろうソルジャービーの群れに一斉に襲われ、なすすべもなく全滅していたことだろう。


 かと言って事態は何一つ好転していないのだが。

 サンダーウォールは永続的に存在できるものではなく、たとえ耐久力が減っておらずとも、一分も経てば消失してしまう。

 つまり、ずっとこのサンダーウォールのバリアの中に引き籠ってはいられないのだ。


 さらには後続からソルジャービーの増援が続々と駆けつけてきており、事態は好転するどころか、悪化の一途を辿っていた。


「そーちゃん! やっぱり打って出るしかないよ!」

「そうだ、この程度の魔物など、私とカズハであれば物の数では――っ!」


 和葉とセティが打って出ることを提案するが、そんなことはとても認められない。

 どんなに二人が強かろうが、この圧倒的な数の暴力の前では無力に等しい。


「――ダメだっ!! 今何か手を考えているから少し待ってくれ!」


 しかし、どんなに思考を巡らせても、この場を逃れるすべは見つからない。

 何故こんなことになってしまったのか……そんな考えばかりが俺の思考を支配していた。


 思えばこの第三階層については、セティが詳しいというので自分では何も調べることをしなかった。

 そればかりか、俺の興味は“宝箱”が出現するという第四階層に移ってしまっていたのだ。

 まだろくに第三階層の探索も出来ていないというのにである。


 第三階層について、少しでも自分で調べていれば、結果は違っていたかもしれない。

 特にソルジャービーが襲いかかってくる前に発していた、あのカチカチという音。


 大顎を噛み合わせて鳴らしていたあの音が、『これ以上近づくな』という警告音で威嚇行動だという情報を事前に知っていれば、こんなことにはならなかった。


 きっとこの近くに彼らの巣があるだろう。

 俺たちはそうとも知らず、彼らの巣の近くまでやってきて、しかも警告まで無視してそのまま進んでしまったのだ。


「ナルセさん! 魔物に動きがありました!」


 アエリーの言葉で現実に引き戻される。

 見ると、一匹のソルジャービーが、上空から何か霧のようなものを振り撒いていた。


 霧をその身に受けた数匹のソルジャービーは、突如こちらへと突撃を開始する。

 しかし、その突撃はバチィという音と共にサンダーウォールに防がれ、ソルジャービーはその身を粒子へと変貌させた。


「な、なんで急にっ!?」


 あの霧は興奮剤か何かかと思ったが、もはやそんなことはどうでも良かった。

 例のソルジャービーが、次々と霧を振り撒いていたのだ。


 霧を振り撒かれたソルジャービーは、自分の命が失われることもいとわず、次々とその身をサンダーウォールへとぶつけていく。


「サンダーウォール、あと五回です!」


 アエリーが全滅へのカウントダウンを開始した。


 もはや考えている余裕はない。

 俺たちに残された道は一つだ。


 俺は和葉たちに、とあるスキルをエンチャントした。


「作戦を伝える! いま全員にスキル≪縮地≫をエンチャントした! 後方はまだ奴らの数は少ない、サンダーウォールの効果が切れると同時にそちらの方向へ逃げてくれ!」

「ちょ、ちょっと待って! それじゃそーちゃんはどうするのっ!?」

「俺はしんがりを務める! こんな時のために鍛えてきたんだ、十匹程度は道連れにしてやるさ!」

「ダメだ! ソウイチロー殿を置いて逃げられるものか! それに、しんがりこそ私の務めであろう!」


「サンダーウォール、あと四回です!」


「それこそダメだ! 奴らからは普通に逃げてたんじゃ追い付かれる! ここは俺が残るのがベストなんだ聞き分けてくれ!」

「――イヤ! そんなの絶対にイヤッ!! そーちゃんが残るなら私も残るっ!!」

「和葉っ、もう時間がないんだ! 頼むから言うことを聞いてくれ!」

「だ、だって! そーちゃんが居なくなったら私は――っ!」


「サンダーウォール、あと三回です!」


「我が騎士セティ!」

「――っ!? はっ!」

「最初で最後の命令を伝える! 和葉を連れて逃げろ!」

「そ、それはっ!?」

「俺に忠義を尽くしてくれるというなら――頼む!」

「くっ!? わ、分かりました……」


「サンダーウォール、あと二回です!」


「カズハ、我が主たっての願いだ! 力ずくでも連れていくぞ!」

「イヤッ! 離してっ!!」

「アエリーも、今まで良く頑張ってくれたな。ありがとう」

「ご、ごめんなさい……私にもっと力があれば、こんなことには……!」

「泣くなよ、前にも言っただろ? アエリーは充分良くやってくれてるよ――サンダーウォール、あと一回だな」

「でもっ、私はいつだって役立たずで! こんな時に何もできないっ!!」

「そんなことないさ。少なくともアエリーのお陰で全滅は免れた。これで俺の大切な仲間たちが救われるんだ、こんなにありがたいことはない」

「でも! そこにはナルセさんが居ないじゃないですかっ!!」

「そこはまぁ、勘弁してほしいとこだが――さて、今のが最後のサンダーウォールだな。みんな準備はいいか、そろそろだぞ!」

「そーちゃん! 私は――っ!!」

「和葉……頼む、お前は生きてくれ……お前は……!」


 思わず出そうになった言葉を引っ込める。

 これ以上の言葉は、()()()()を生きる和葉の負担になるだけだと思ったからだ。


「さて、みんなが無事逃げられるように、一匹でも多く倒さないとな」


 想いを断ち切るかのように、ショートソードを抜剣し、ソルジャービーたちの群れを見据える。

 その途端、頬に一筋の涙が流れていくのを感じた。


 その涙は、眼前に広がる、逃れようのない死に恐怖してのものなのか。

 それとも、もう二度と仲間たちに――和葉に会えないことに対してのものなのかは今の俺には分からなかった。


 間違いなく俺はここで死ぬだろう。

 まさか、こんな異世界で果てることになろうとは夢にも思わなかったが、仲間たちと和葉を守れるのあれば上等な部類の死に方か。


 唯一の心残りは家族だが……まあ、いつか天国で再開した時に、俺は大事な人たちを守って死んだんだって、胸を張って報告することにしよう。


 そして俺は、未だ流れ落ちる涙を拭い、覚悟を決める。


 その時だった。


(――大丈夫、キミは死なないよ)

「えっ!?」


 突如、頭に不思議な声が響く。

 死を目前にして頭がおかしくなったのかとも思ったが、次の瞬間、今度は別の叫び声が聞こえた。


「煙幕を張るから、息とめてなさい!」

「その声はイレーネさんっ!?」


 俺が叫ぶのと同時にボフッという音がたち、勢いよく煙が立ち込めてきた。


「ぶへぇっ!?」

「バカッ! 息とめてろって言ったでしょ!」

「皆さん、ソルジャービーは煙で混乱しています! 今のうちにこちらへ!」


 クレインさんも来ているのか!

 状況はまだ飲み込めていないが、ともかくこれで俺たちは助かったんだ!


 俺は咳き込みながらも、クレインさんたちの声がする方向へと全力で走った。




 ※ ※ ※




 聡一郎たちがソルジャービーの群れから必死に逃げ去っている頃、それを遠くから見つめている人影があった。


「――うん、彼は無事みたいだね」


 歳は十を少し過ぎたくらいだろうか。

 銀色の長い髪に、まるで陶器のように白く透き通った肌をした小柄な少女だった。

 身に纏っている衣服はボロボロで、同じくボロ布をマフラーのようにして首に巻いている。


「それにしても、仲間のために身を投げ出そうとするなんて、“今回の子”は随分と健気で可愛らしいじゃないか」


 そう言って少女は、その黄金色の瞳を細め、愛おしそうに遙か先に居る聡一郎を見つめていた。


「ほんとはダメなんだけど、あまりにも可愛いものだから、つい声をかけちゃったよ」


 そして、誰に伝えるでもなく少女は悪戯っぽく微笑んだ。


「あぁ、早く直接会いたいな……だから早くボクに会いにきてよ、()()()()()くん――」


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