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36 ミケコ

 念願であった遠距離攻撃の手段を手に入れた和葉だが、これで空を飛ぶ魔物相手にも縦横無尽の大活躍――というわけにはいかなかった。

 理由は二つある。


 まず一つ目の理由は、“和葉ストラッシュ”――この技名、改めて言葉にすると、いささか恥ずかしいな――の射程距離が5mほどしかなかったことだ。

 リーリア曰く、訓練すれば射程距離はまだまだ伸びるとのことだったが、現時点での5mという射程では遠距離攻撃として使用するには少々物足りなかった。


 そして二つ目の理由だが、この≪闘気纏≫という技は、体力の消耗が尋常ではなかったのだ。

 これも訓練により消耗を抑えることができるらしいのだが、現時点での和葉では“和葉ストラッシュ”の使用は三回までが限界だった。


 射程は5mと短く、体力の消耗も激しい。

 さらに言えば、威力も普通に斬るのと大差ないとくれば、実戦への投入は時期尚早だと判断せざるをえない。

 というわけで、実戦での“和葉ストラッシュ”の使用は暫く封印される運びとなった。


 しかし、これはあくまで≪闘気纏≫の応用技である、“和葉ストラッシュ”の話である。

 ≪闘気纏≫の基本である身体強化を行った和葉自体は、それはもう縦横無尽の大活躍であった。


 とりわけ一番大きく変わったのが機動力だ。

 脚力を強化した和葉は、“縮地”もかくやとばかりの驚異的な速度で、魔物に接近することが可能になっていた。


 なお、少し話はズレるが、そんな和葉を見て俺はスキル≪縮地≫を創造することを思い付く。

 既に同等以上の速度で動ける和葉には不要だが、セティにエンチャントすれば、誰かがピンチの際、瞬時に駆けつけることが出来るかもしれないと思ったのだ。


 しかし、そんな俺の思惑はお構いなしとばかりにセティは――そして何故かアエリーも――エンチャントされた≪縮地≫で高速移動ごっこを楽しんでいた。

 その翌日、スキル≪縮地≫の使用で普段使わない筋肉を酷使したせいか、アエリーは筋肉痛でダウンするのだが、それはまた別の話だ。


 また、≪闘気纏≫もスキル扱いになるらしく、≪スキル創造クリエイト≫での創造と≪スキル付与エンチャント≫による付与が可能であることが判明したが、このパーティーメンバーでいる内はエンチャントの機会はないだろう。


 話を戻す。

 ≪闘気纏≫による身体強化だが、これ自体の体力の消耗はさほどでもないらしい。

 おそらくこの差は、闘気とやらを身体に留めておく強化と、放出してしまう“和葉ストラッシュ”の違いから来るものだと俺は睨んでいる。


 つまり、和葉は本来の目的であった遠距離攻撃の習得こそ微妙な結果に終わったが、代わりに常時発動できる強化スキルを手に入れたのだ。


 そんなわけで、“鬼に金棒”というか、“竜に翼を得たる如し”というか。

 ただでさえ強かった和葉が≪闘気纏≫を習得したことにより、さらに手のつけられない存在になってしまったのである。

 まさに“和葉に闘気纏”な状態であった。




「――そんな感じで、どんどん俺の立場が無くなっていくんだよ……助けてくれ、ザール!」

「いや、知らねぇよ! つか、ザール“さん”だろうが、このスキル野郎がっ!」


 時刻は昼食時、アエリーが筋肉痛で動けないため、今日のダンジョン探索は中止となり、暇をもて余した俺は一人で街をブラブラしていた。

 そんな折、一人で寂しく昼食をとっていたザールを見つけ、こうして愚痴を(強制的に)聞いてもらっていたというわけだ。


「分かった分かった。――で、ザール、今日はガイスさんたちは一緒じゃないのか?」

「このっ……つか、なんで休日まであいつらと一緒にいなきゃいけねぇんだよ」


 あの一件以来、俺とザールはわりと会話をするようになっていた。

 といっても、いつも俺が無理やり話しかけているのだが。


 初めは人脈作りの一環との思いが強かったが、今ではそんなことは関係なくなっていた。

 いつもは和葉たち女性陣に囲まれているせいか、ザールとの一切気を使うことなく行える男同士の会話は、単純に楽しかったのだ。


「へぇ、ザールのとこのパーティーはそんな感じなのか」

「ああ、それぞれ好きに休日を過ごしてるんだろーよ」


 一瞬淡白な関係性なのかと思ったが、思えば俺だって元の世界にいた頃は、休日の度に友達と遊んでいたわけではなかったことに思い至る。


「じゃあ、ザールは今日何をして過ごすんだ?」

「あぁ? 俺はだな……あれだ……えー、これからだな……そう、娼館だ! 娼館行って夜までしっぽりよ!」


 確実に今決めた予定であることは明白だったが、あえて突っ込まないことにした。


「というか、娼館ってこんな昼間からやってるのか?」

「はぁ? 娼館なんて朝から晩まで休みなしでやってるに決まってるじゃねぇか」

「そ、そうなのか……」


 “夜のお店”なんて言葉があるくらいだから、夜しかやってないとばかり思っていたのだが……。


「ハッ、そりゃテメェはパーティーメンバーがあの面子だもんな? 娼館の世話になる必要もねぇし、知らないのも無理ねぇわな――死ね、このスキル野郎」


 そう言うザールの顔は真剣そのものだった。


「待て待て! お前は何か勘違いをしている! 確かにうちのパーティーは俺以外全員女性だが、みんなそういった関係じゃないぞっ!?」

「はぁ? 嘘言ってんじゃねぇよ! あんな綺麗どころに囲まれて手を出さねぇとか、男色家じゃあるめぇし――はっ!?」


 何か気付いたらしいザールは席から立ち上がり、俺から距離を取るように後ずさる。


「……いや、『はっ!?』じゃないし。待って? ほんと待って? 違うから、お前の想像してるようなことは、いっさいないから」

「だってよ、お前……綺麗どころに囲まれても手を出してねぇとか、せっかくの休日に女どもじゃなく、あえて俺に会いに来てるとことか、どう考えても……」


 さらに一歩、ザールは後ずさる。


「うん、それだけ聞くと俺も怪しいなーとは思うけども、ほんと違うから待って?」

「しかも、娼館にも行ったことねぇときたら、これはもう決まりだろ……」

「――よぉし、分かった! 娼館だな、娼館に行けば俺の容疑は晴れるんだな!? 娼館くらい行ってやろうじゃないかっ!」


 元の世界であれば、未成年の俺がそんな店に行くことは許されることではない。


 でもここ異世界だしね!

 何より身の潔白を証明するためなんだから仕方ないよね!


「さぁ、ザール! その娼館とやらに案内してもらおうじゃないか!」

「えぇ……真っ昼間の食堂で娼館に案内しろと叫ぶとか、ドン引きなんだが……」

「う、うるさいな! お前が余計なこと言うからこうなったんだろうが!」

「チッ、しゃーねぇな。案内してやるから、ちったぁ落ち着けよ」


 うぉ、本当に行くのか……。

 勢いで行くと言ってしまったが、いざ本当に行くとなったら罪悪感や後ろめたさ、その他諸々が一斉に襲いかかってくる。


 しかし、俺だって健全な思春期男子だ。

 実は前々から娼館なるものには興味津々だったのだ。


 それにザールの言う通り、普段からあのパーティーメンバーに囲まれている俺である。

 色々と思うところがあったとして、誰が俺を責められようか。

 むしろ、これはそう、万が一にも俺が暴走したりしないために必要な行為なのだ。


「よ、よし! じゃあ行こう、さっそく行こうじゃないか!」


 罪悪感や後ろめたさなどを理論武装で打ち消し、ザールと共に娼館へと行こうとしたその時だった。


「――ちょっと待つにゃ」


 突如、聞き覚えのある声に引き留められる。

 比喩などではなく、驚きのあまり本当に口から心臓が飛び出すところだった。


「ミミミ、ミケコッ!?」


 俺を引き留めた声の主、それはミケコだった。

 ただし、今日はいつものメイド服ではなく、私服なのか随分と地味な服を着ている。


「お、お前っ! なんでここにっ!?」

「ミケコは旦那さまの護衛役も兼ねてますから、実はずっと近くに居たにゃ」

「護衛!? なにそれ聞いてないけど!?」


 いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 ずっと近くに居たということは、つまり……。


「護衛の話はあとでするとして、旦那さま、娼館は病気が怖いから止めた方がいいにゃ」

「――ぐはっ!?」


 ああ、終わった……やはり聞かれていたか……。

 もうダメだ、おしまいだ……これから俺は未成年なのに娼館に行こうとした男として、和葉たちから汚物を見るような目で見られることになるんだ……。


 ――いや、まだだ!

 全てを諦める前に、俺にはまだやるべきことがある!


「あのぉ、ミケコさん……? どうか、どーか今回の件、ご内密にしていただくわけにはいかないでしょうか……?」

「別に構わにゃいですけど、一つ条件があるにゃ」


 おお、なんでも言ってみるものだ。

 これで希望の糸は繋がった!


 なお、後から『また新しい女かよ、死ね』という声が聞こえてきたが俺は無視した。


「それで、その条件とは……?」

「それはですにゃー」




 ※ ※ ※




「ソウイチロー様……これはいったい……?」


 俺の部屋に入ってきた途端、目の前の光景が理解できないリーリアが困惑の声をあげる。

 さすがのリーリアも、この時ばかりは表情が少し崩れていた。


 今の俺の状況を説明すると、膝の上にミケコの頭を乗せて、それはもう嫌というほどに撫で回しているところだ。


「旦那さまー、撫で方が雑になってきてるにゃ」

「はいはい、ごめんなさいねー! もっと優しく撫でさせていただきますねー!」


 もちろん俺が望んでやっていることではない。

 “これ”があの一件を口外しない条件だったのだ。


「次は撫でながら甘いセリフを言ってほしいにゃー」

「……あー、ミケコは可愛いなー! 猫耳が世界一似合う美少女メイドだなー!」


 完全に自棄になっている俺だった。


「あと旦那さまー」

「はいはい、次は何をさせていただきましょーかね!」

「今度から我慢できにゃい時は、ミケコがお相手しますから遠慮にゃく言ってほしいにゃー」

「ふぁっ!?」


 ――異世界、そこは誘惑で満ちていた。

 俺はこの世界で、いつまで自我を保っていられることができるだろうか。


 正直、そろそろ限界を迎えるのも近いかもしれない……。

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