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34 リーリア

「――ふっ! はぁっ!」


 時刻は夜――ダンジョンから帰ってきた俺は、既に日課となっている剣の修行を行っていた。

 とはいっても、一人で出来ることなんて、素振りかイメージトレーニングくらいのものだ。


 それでも、以前までは素振り一つするのにも周りに気を使う必要があった。

 なにせ深夜に外で剣を振り回すわけにはいかない。


 となると必然的に、お世話になっていた宿の狭い部屋で剣を振ることになるのだが、周囲の物に当たらないか、下の部屋に泊まっている人に、物音をたてて迷惑をかけていないかなどを気にしなければいけなかった。


 それに比べたら、セティの屋敷の庭で――この広大な敷地で、誰はばかることなく剣を振るうことができる今は、贅沢以外のなにものでもないだろう。

 そして俺は、今日のソルジャーアントとの戦闘を思い出しながら、剣を振るうのであった。


(突っ込んでくるソルジャーアントの右側面に素早く回り込んで、剣を振り下ろすっ!)


 そんな動きを何度も繰り返す。

 しかし、何度繰り返しても、イメージの中の和葉のように上手く動くことができなかった。


 いったい俺と和葉で何が違うというのか。


(何が違うっていうか、何もかもが違うんだろうなぁ……)


 今日のソルジャービーとの戦闘だってそうだ。

 和葉は自分に向かって高速で近付いてくるソルジャービーを、なんなく切り落としていたが、あんな芸当俺にはとても無理だ。


 少しでもタイミングがズレたら?

 もしくは一撃で相手を倒すことができなかったら?


 一手間違えるだけで、あの凶悪な毒針を持ったソルジャービーに懐に入られて、無防備な脇腹にズドンだ。


(あ、なんか想像したら脇腹に違和感が……)


 想像だけでこの様の俺に、和葉と同じことが出来るとは、とても思えなかった。

 少なくとも、このまま一人で剣を振っているだけでは何かが大きく変わることはない気がする。


 やはり効果的なのは実戦を積むこと、次に組み手を行うことだが……。

 危険を伴う実戦は和葉たちに止められるし、組み手は相手がいない。


 イレーネさんもそうそう都合がつくわけではないし、かといってダンジョン探索で疲れている和葉たちに、俺のワガママでさらに負担をかけるわけにはいかなかった。

 人生ままならないものだ。


「ソウイチロー様、剣筋に迷いが見られます。何か悩み事でも?」


 今まで無言で俺を見守っていたリーリアが、ここにきてようやく口を開く。

 俺の専属メイドであるらしい彼女は、必要ないと言っているにも関わらず、ずっと俺に付き添ってくれていた。


 なお、同じく俺の専属メイドであるらしいところのミケコは、この間にベッドメイクや風呂の準備を行ってくれているので、ここにはいない。


「ああ、強くなるには一人で剣を振っているだけじゃ限界があるよなー、とか色々な……」

「なるほど、そういうことであれば私もメイドの端くれ、腕には少々覚えがあります」


 そう言ってリーリアはスカートの裾を持ち上げる。

 一瞬、瑞々しいふとももが露になり、俺の目はそこに釘付けになった。


 しかし、俺はその魅惑的な光景を見て『綺麗なバラには棘がある』なんて言葉を思い出す。

 何故なら、リーリアのふとももにはレッグホルスターが巻き付けられており、そこには少なくとも三本のナイフが収納されていたからだ。


「私ごときでよろしければ、お相手させていただきますが?」


 レッグホルスターからナイフを一本取り出して、リーリアはいつもの無表情のままに勝負を申し込んでくる。


「……え、メイドなのに戦えるのか?」

「他の家のメイドがどうかは知りませんが、アルファウト家にお仕えするメイドは、全員それなりの戦闘能力をもっています」


 そんな漫画じゃあるまいし……なんて言いたいところだが、リーリアの様子を見る限り、どうも冗談ではなさそうだ。


「万一“主人”が危機に陥った際、最後の砦となるべき私どもが戦えないのでは話になりません。メイドたるもの、たとえ暴漢の三人や四人に襲われようとも、鼻歌交じりで撃退出来てこそ一人前――というのが母の、メイド長の教えなのです」

「そ、そうなのか……」


 それがこの世界のデフォルトなのか、それともリーリアの母親独自の思想なのかは判断しかねるが、少なくともリーリアの母親たるメイド長は、娘さんとは違って随分と過激な人らしい。


(――いや、ちょっと待て)


 今、メイド長と言ったか?

 メイド長って確か……。


「もしかしてリーリアって、メイリアさんの……?」

「はい、メイリアは私の母です」

「マジかっ!?」


 今明かされる衝撃の事実――というほどでもないが、言われてみれば確かに似ている。

 目鼻立ちの随所にメイリアさんの面影を感じるし、髪の色だって同じ黒髪だ。


 何より、常に能面でもつけているかのごとく無表情なところなんてそっくりだった。


「はぁー、こう改めて見ると、なんで今まで気付かなかったんだってくらい似てるな」

「ありがとうございます。それで、どうしますか?」

「そうだな……」


 暫し思案する。

 リーリアがこう言うのだ、おそらく彼女は俺など軽くあしらえる程度には強いのだろう。

 しかし――


「ありがたい提案だけど、今日は遠慮しておく。これは決してリーリアをバカにするわけじゃないんだが、やっぱり世話になっている人に刃を向けるのは、どうにも抵抗がな……」


 たとえ、その可能性が限りなく低かったとしても、リーリアの肌に傷をつけることになってしまったら一大事だ。

 メイリアさんに、なんと申し開きをすればいいのか分からない。


「……それは真剣ではなく、木剣であれば問題ないということですか?」

「ああ、だからまた今度、木剣を用意した時に組み手の相手をお願いするよ」

「分かりました」


 リーリアは再びソカートの裾を持ち上げ、手に持ったナイフをふともものレッグホルスターにしまう。

 眼福だった。


「ところで木剣ですが――実はそう仰るだろうと思い、既に用意してあります」


 そう言ってリーリアは両手を背中に突っ込むと、そこからするすると木剣を二本取り出した。


「いや、どこから出してんのっ!?」

「背中からですか?」


 さも当然の様にリーリアは言い放ち、俺に木剣を手渡してくる。

 渡された木剣は、ほのかに暖かく、なんとも言えない気分になった。


(というか、ナイフの件といい、全身に武器仕込んでるんじゃないだろうな、この娘……)


 まあ、ともかく思わぬところで組み手の相手が見つかったのだ。

 存分に胸を貸してもらうことにしよう。


 そうして俺は、リーリアに勝負を挑み――これでもかというくらいに負けた。


(リーリア、つぇー!)


 強いだろうとは思っていたが、正直ここまでとは思っていなかった。

 まだ底を見せていないので正確なところは分からないが、それでもザール以上の強さを感じられる。


 しかし、これは僥倖だ。

 もしリーリアに勝てないまでも、良い勝負が出来るようになったのなら、それはザールと同程度――つまりレベル3のファイター並みの強さを手に入れたことになる。


「リーリア、もう一勝負頼む!」


 その後、俺はへとへとになるまで何度もリーリアに勝負を挑み――


「――へ、そーちゃんが筋肉痛で動けない? なんで?」


 翌日、和葉たちに叱られることになった。

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