33 ソルジャービー
「ハチだぁーーーっ!!」
俺の叫び声と共に和葉はセティの左側へと素早く位置取りを行う。
そして俺とアエリーは、その動きに合わせ和葉の後方、つまりセティの左後方へと移動した。
セティが加入してからは、この位置取りが戦闘時の基本的な隊列となっていた。
まず、遠方から近づくソルジャービーを、俺とアエリーが同時にデバフと攻撃魔法で迎え撃つ。
アエリーのライトニングボルトが、向かって左側のソルジャービーに命中し、撃退。
残った二匹の内、一匹はアエリーを脅威と見なしたのか進行方向をこちらへと変更し、もう一匹はそのままセティのもとへと突撃していく。
ブーンという不快な羽音を奏でながら、凶悪な面構えと凶悪な刺突武器を携えたソルジャービーが、俺とアエリーに高速で近づいてくる。
しかし、俺は微塵も恐怖を感じなかった。
何故なら俺とアエリーの前方には、俺がもっとも信頼する戦士――和葉がいるのだから。
「はぁっ!」
気合一閃。
和葉の放った斬撃がソルジャービーを袈裟懸けの形に斬り落とした。
そして和葉はそのままセティのもとへと駆け出す。
その時のセティは、最後に残ったソルジャービーが執拗に繰り出す攻撃を、手にした盾で防いでいるところだった。
和葉はソルジャービーの左側面から肉薄し、やや袈裟懸け気味の横薙ぎでこれを両断。
胴体を真っ二つにされたソルジャービーは、まるで大地に吸い込まれるかのように落下していく。
しかし、落下後にはその身を粒子へと変貌させ、再び空へと還っていった。
「――見事」
和葉の残心が終わるのを確認し、セティが称賛の声をあげる。
「いやー、そんな風に言われると照れちゃうなぁ」
和葉の表情が、戦士の“それ”から一転して緩んだものへと変わった。
うん、やはり和葉は、戦士の顔をしているよりもこっちの顔の方が似合っている。
戦士として頼りにしつつ、普段はいつも通りの和葉でいることを願うなど傲慢なのかもしれない。
しかし、これが俺の偽らざる本心だった。
「しかし、今のがソルジャービーか……」
ハチの凶悪なフォルムのまま巨大化されると、精神的になかなかにくるものがある。
ソルジャーアントはまだ許容できる範囲だったが、こいつの場合は不快な羽音も合わさって姿を見るだけで気分が悪くなりそうだった。
正直、今夜の夢にでも出てきそうで今から憂鬱だ……。
「その……みんな大丈夫か?」
「大丈夫、怪我なんてしてないよ」
和葉の言葉に続き、セティとアエリーも自身に怪我などがないことを報告する。
「いや、そうじゃなくて……」
「ん?」
和葉は不思議そうに首をかしげる。
見るとセティも、そしてアエリーでさえも俺の言葉の意図が理解できていないようだった。
(――まさか、ソルジャービーに苦手意識を持ったのって俺だけっ!?)
なんてことだ!
女性陣が全員平気なのに、俺だけがダメなんてことがバレれば男としての沽券に関わってしまう!
「ああ、もしやソルジャービーが持つ毒のことを言っているのか?」
「――そうそう! 毒に犯されたら大変だからな! しっかり確認しておかないとな!」
本当はそんなこと微塵も考えていなかったのだが、うまい具合にセティが話題を振ってくれたので、それに乗っかることにする。
「別に針で刺されたわけでもないし、大丈夫だよ」
「ともかくだっ、もし毒に犯されてしまったら、すぐにセティに言って解毒魔法を使ってもらうんだぞ!」
「うん、正直解毒魔法は得意ではないのだが、ソルジャービー程度の毒であれば問題なく解毒できるからな」
――ミッションコンプリート。
俺はなんとかその場を誤魔化すことに成功した。
「そういや、これからも空を飛ぶ魔物って出てくるのかな?」
「ん、どうだろう? セティは何か知ってるか?」
「すまない、私は第三階層までしか来たことがないから、ここ以降のことはあまり……」
「私もそこまで詳しいわけではないですが、巨大な鳥の魔物の噂は聞いたことがあります」
「巨大な鳥て……」
ここは地下迷宮の中だぞ。
アエリーの言うことが本当なら、その魔物が出現する階層はどれだけ広いんだ……。
「まあ、第二階層のジャイアントバットに続いて第三階層でも出てきたわけだから、今後も出てくる可能性は高いと思うが……それがどうかしたか?」
「ほら、私ってアエリーちゃんみたいに遠距離攻撃の手段を持ってないから、空を飛んでる魔物に対しては近付いてくるまで何もできないでしょ? それがやだなーって」
確かに言われてみれば現在俺たちのパーティーで、唯一対空攻撃の手段を持っているのはアエリーのみだということに気付く。
「なら、今度は剣と一緒に弓でも持ってみるか?」
「弓かぁ……」
俺の提案に和葉は難色を示す。
和葉はどうも弓という武器自体がお気に召さないようだった。
「うん、カズハの言う通りだ。今後のことを考えると、カズハが対空攻撃の手段を持つかどうかは別として、その手段を持った人間が複数いた方がいいのかもしれないな」
「あ、あのっ、私頑張りますからっ」
「いや、これは手数の問題でもあるから、アエリーが頑張ればどうにかなるって問題でもないんだ」
普通に考えたら手が空いている俺が弓を持つべきなのだが、それはイレーネさんに止められていた。
曰く、素人が弓を持っても味方に誤射するのがオチとのことだ。
それに関しては俺も同意件だったので、俺は弓ではなく剣を持つようにしたのだ。
まあ、剣といっても積極的に攻撃するためのものではなく、あくまで自衛用のものなのだが。
「となると、やっぱり一番は新メンバーの加入か?」
「そうだな、遠距離攻撃だけを考えるならもう一人ウィザードを加入させるのが一番だが、パーティーのバランスを考えるとレンジャーの加入が望ましいな」
「ふむ、レンジャーか」
確かにレンジャーには、弓の扱いに長けた人が多いと聞く。
今回の要件にもピッタリだ。
「それに、第四階層からは“宝箱”が出るって聞きますから、それまでにレンジャーの方に加入してほしいですよね」
「は?」
突如アエリーが新情報を提供する。
「え、アエリーちゃん……宝箱って何? どゆこと?」
「勉強不足だぞ、カズハ。私も見たことはないが、第四階層からは魔物が宝箱をドロップするらしいのだ」
「はい、宝箱には高確率でレアアイテムが入っている代わりに、罠などが仕掛けられていたり、レンジャーの皆さんが所持しているスキル≪解錠≫がないと開けることもできなかったりするそうです」
宝箱のドロップとは……。
スキルや魔法がある世界で今さらではあるが、どこまでもゲームチックな世界だ。
「へー、そうなんだ。そーちゃん、知ってた?」
「あ、当たり前だろ? まあ、スキル≪解錠≫に関しては、俺の≪スキル付与≫でなんとかなるから、そんなに重要視してなかったけどなっ」
「おお、さすがソウイチロー殿の≪スキル付与≫は万能だな!」
すまない、和葉……俺はお前を裏切って嘘をついてしまった……。
とりあえず、今日帰ったら第四階層について調べておこう。