32 ソルジャーアント
「――このぉっ!」
ソルジャーアントの側面へと回り込み、頭と胴体の繋ぎ目を狙って剣を降り下ろす。
しかし、命中寸前というところでソルジャーアントが動き、降り下ろした剣はガンッという音と共に胴体の外骨格部分に阻まれてしまった。
これで三回目だ。
俺が目の前のソルジャーアントと戦闘を開始してから、既に三回も今と同じようなことを繰り返していた。
本当は和葉のように一瞬でかたをつけたいところなのだが、俺の技術と能力不足がそれを許さない。
幸いなのは、刃はソルジャーアントの外骨格に阻まれてはいるものの、衝撃自体は通っているらしいことか。
今までの攻撃で多少なりともダメージを与えられているようで、最初に比べると魔物の動きは鈍くなり始めていた。
(落ち着け……もう少し、もう少しだ……)
そして俺は次の次、五回目の攻撃にてようやくソルジャーアントの頭と胴体を分断させることに成功した。
ソルジャーアントの体が粒子に変貌し始めたのを確認し、大きく息を吐く。
「――そーちゃん、お疲れ様」
少し離れたところで、戦闘の趨勢を見守っていた和葉が声をかけてくる。
「ああ、ワガママに付き合ってもらって悪いな」
ここで、何故俺がソルジャーアントと一対一の戦闘を行っていたかの説明をしよう。
全ては先ほどの言葉通り、俺のワガママから始まった。
回復魔法が使えるセティの加入により、多少の無茶が出来るようになったとふんだ俺は、魔物と一対一の状況で戦ってみたいとみんなに頼み込んだのだ。
「悪いと思うなら最初からしないでほしいなー」
「そうですよ、いくらセティさんの回復魔法があるとはいえ、あんまり危ないことはしないでほしいです……」
「す、すまん」
和葉とアエリーからは反対されていたのだが、それを押しきる形で強行したせいか二人の目が冷たい。
「二人ともそう言ってやるな。男子たるもの、強くなりたいと願うのは当然のことだろう?」
「ダメだよ、セティさん! そーちゃんってば、ちゃんと止めないと無茶ばっかりするんだから!」
「だから悪かったって。暫く無茶は控えるから許してくれ」
「……ほんとかなー?」
和葉はそれ以上何も言ってこなかったが、その目は明らかに俺の言葉を疑っていた。
俺って信用ないなぁ……。
※ ※ ※
セティの言っていた通り、今の俺たちは第三階層でも充分通用するほどの実力を得ていたらしく、順調に探索を続けていた。
これも全てアエリーの存在によるところが大きい。
アエリーがパーティーメンバーに加入した時から思っていたが、やはり複数の魔物をまとめて殲滅できるウィザードというクラスは、とても頼もしい。
今のところ一対一での戦いであればどんな魔物であれ、ほぼ敵無し状態の和葉だが、相手が複数となればそうはいかない。
そして、最初に遭遇したソルジャーアントはいわゆる“はぐれ”という例外だったのか、やつらは基本的に一匹で行動しておらず、常に複数単位で行動している。
もし、アエリーがいなかったら、魔物の殲滅にかなりの危険と時間を伴っていたことだろう。
「ライトニングボルトォ!」
しかしこの通り、たとえ六匹のソルジャーアントと遭遇したとて、魔法の発動に必要な溜めの時間さえ稼いでやれば、アエリーは六匹まとめての殲滅が可能なのであった。
「――あっ」
ソルジャーアントを殲滅した直後、アエリーがそんな声を出す。
「アエリー、どうかしたか?」
「あ、あのですねっ、私もついに――レベルアップしました!」
よほど嬉しかったのか、今にも泣き出しそうな顔でアエリーが自身のレベルアップを報告した。
「おおっ、おめでとうっ!」
「アエリーちゃん、良かったねー!」
「ほほぅ、これは今夜は祝杯をあげねばな!」
俺たちは思い思いに祝福の言葉をアエリーに伝える。
当のアエリーは、感極まったのか涙を流していた。
「あ、ありがとうございます! 私……一人だけレベル1のままで……このまま皆さんに置いてかれたらどうしようとか……ずっとそんなこと考えてて……!」
「もー、アエリーちゃんを置いてくとか、そんなことするはずないじゃん」
和葉がアエリーを抱きしめて慰める。
確かにアエリーが加入した時点では、俺たちは全員レベル1だった。
しかし、俺と和葉は早々にレベル2へと上がり、そこに来てレベル3のセティの加入だ。
内心で俺がどれほど頼りに思っていようとも、レベル1のままだったアエリーは、先ほどの告白通り今まで不安を抱えていたのだろう。
やはり内心で思っているだけではダメなのだ。
気持ちはちゃんと言葉に表さないと伝わらない。
「そうだぞ、アエリーはうちのメイン火力なんだから、置いていくとかありえない話だ」
そして俺は、たとえレベル1の時点であっても、どれほどアエリーを頼もしく思っていたかを、じっくりと説明する。
しかし――
「――あ、あのっ、もういいです! お気持ちはもう充分過ぎるほど伝わりましたからっ!!」
まだ説明の途中だというのに、アエリーはそんなことを言う。
「そうか? ともかくそういうことだから、今後は不安に思ってることがあるのなら遠慮なく言ってくれよ?」
「は、はい……」
俺の気持ちはちゃんと伝わったのだろうか。
アエリーはとんがり帽子のつばの部分で顔を隠しているため、その表情は読み取れないが、今は伝わったと信じておこう。
「ソ、ソウイチロー殿? 私はどうだろうか、役に立てているだろうか……?」
「当たり前だろ? アエリーがメイン火力ならセティはメイン盾だ。しかも回復魔法まで使えるんだから、これで役に立たないなんて言うわけがない」
「あ、ありがとうございます!」
そうか、セティは俺たちのパーティーに加入したばかりだ。
いくら俺たちの中で一番レベルが高いといっても、やはり内心では不安を感じることもあったのだろう。
うん、やはりちゃんと気持ちを言葉に表すことは大事だ。
「はぁ……」
しかし、何故か和葉だけは呆れた顔でため息をついていた。
「あの、それでですね。私新しい魔法が使えるようになりました」
「おおっ、どんな魔法なんだ?」
「えっと、実際に使ってみますね――サンダーウォール!」
アエリーがそう叫ぶと、空中に幅、高さ共に1mほどある雷の壁のようなものが出現した。
バチバチと音をたてながら雷の壁はその場に浮遊し続けている。
「これは……設置系の魔法か?」
「はい、壁の出現場所は3m以内の間であれば自由に決めることができて、障壁のように使用できるみたいです」
「うわっ、いかにもそーちゃんが好きそうな魔法だねー」
和葉の言う通り、ゲームでの話ではあるが俺はこういう設置、トラップ系の魔法や技を大いに好む。
ブ○イブルーなどでは、たとえいくら弱体化されようともレ○チェルは永遠に俺の持ちキャラであり続けるだろう。
「確かにそうだが、自分で使えないことにはなぁ」
先ほどのソルジャーアントとの戦闘で分かったが、これから先、俺が剣で貢献できる機会はおそらく殆どない。
毎日剣の修行を続けてはいるが、そんな付け焼き刃ではそう遠くない未来に通用しなくなる日が来るだろう。
しかし、魔法が使えるのであれば話は別だ。
魔法が使えるのであれば俺も戦闘に貢献できるのだが、レベル2になっても俺が魔法を修得することはなかったし、魔力もゼロのままだった。
(まあ、無いものねだりをしても仕方ないか)
そんなことを考えていた時だ。
「ねぇ……もしかして、あれがソルジャービー……?」
和葉が驚いた顔をして、遠くを指差す。
和葉が差し示した方向を見ると、そこには全長60~70cmほどの巨大な生物が三匹ほど空中に浮いていた。
三匹の生物はこちらに気付いたのか、ブーンという不快な羽音を奏でながらこちらへと近づいてくる。
アリの時と同じく、やはり俺の知っている“それ”とはサイズが違いすぎるが、今度ははっきりと理解した。
あの凶悪そうな面構え、そして不快な羽音。
何より尻から突き出している鋭い針。
間違いない、あいつは――
「ハチだぁーーーっ!!」