31 第三階層
「いってらっしゃいませ、皆さま方」
十名近くのメイドたちに見送られながら、俺たちはダンジョンへと向かう。
セティたちの屋敷に厄介になることを決めてから既に数日が経過していたが、未だにこの光景には慣れなかった。
「セティって、毎日こんな感じで見送られてダンジョンへ向かってたのか?」
「そうで――いや、そうだが、何かおかしいか?」
先日の一件以来、セティは俺のことを“主”と呼び、敬語で話しかけてくるようになっていた。
しかし、それにどうも違和感を感じてしまう俺は、以前と同じように接してもらうようお願いしたのだ。
お陰で今は話し方が少しぎこちないが、まあ、その内元に戻るだろう。
「おかしくはない……と思うけど、どうも庶民の俺には大仰な感じがして慣れないな」
「そう? 私は綺麗なメイドさんたちに見送られて嬉しいけどなー」
満面の笑みを見せる和葉。
その顔を見て、日本にいた頃、よくメイド喫茶に連れ回されていたのを思い出した。
メイド好きな和葉からすれば、この場所は楽園のごとき場所に違いない。
「私はナルセさんと同じで、あんな大勢の人たちに見送られると、なんだか申し訳なくなるというか、萎縮してしまいますね……」
「分かる! 分かるぞ、アエリー!」
上流階級のお嬢様であるセティや、メイド好きな和葉とは違って、俺たち庶民は小心者なのだ。
「ふむ、そういうものなのか。なら明日からは見送りの人数を減らすように手配しよう」
「人数減らすだけで、無くなりはしないんだな……」
※ ※ ※
「なんで地下に森が……」
第三階層へと足を踏み入れた俺の、第一声がそれだった。
俺たちは今まで地下へと向かって進んでいたはずだ。
その証拠に、第二、第三階層へと続く階段はどちらも下りの階段で、俺たちはそれを降りてきている。
しかし、今俺の目の前には、苔むした木々が生い茂る、鬱蒼とした大森林が広がっていた。
さらに不可解なことはそれだけではない。
「……あれって、天井が光ってるのかな?」
和葉の言う通り、どういう原理かは分からないが、迷宮の天井が白く発光していた。
そのお陰で、ここが地下であるにも関わらず、まるで晴天のもとにいるかのように明るい。
「ここが第三階層……なんだか長閑な場所ですね……」
アエリーがふとそんなことを呟く。
確かに、草木などの自然に囲まれていることも手伝って、ともすればピクニックにでも来たかのような錯覚に陥ってしまいそうだ。
つい、『弁当でも持ってくればよかったな』なんて軽口を叩いてしまいそうになった。
「気持ちは分かるが、すぐにそんなことを言ってられなくなるぞ? なんせこの階層には強敵が多いのだ」
「おいおい、セティが今の俺たちなら第三階層だって行けるって言うから来たんだ。あんまり脅かすなよ」
そう、セティの見立てだと今の俺たちは、第三階層でも充分通用するレベルだということだった。
実際に第三階層での戦闘経験があるセティがそう言うのであればと、俺たちは第三階層に足を踏み入れることを決断したのだ。
「なに、我らであれば油断さえしなければ問題ない。それに、たとえどんな魔物が来ようとも私の盾でみなを護ってみせるゆえ、安心するがいい」
不敵に笑いながらセティは盾を構えた。
「分かった分かった、頼りにしてるぞ」
「ま、任せるがよい!」
目を輝かせながらセティは返事をする。
なんだか透明な尻尾が、セティの後方でブンブンと振られているような気がした。
「それじゃ、今回の作戦会議を始めるぞ。セティ、この階層で主に戦うことになる魔物は“ソルジャーアント”と“ソルジャービー”だったよな?」
「うん、特に多いのがソルジャーアントだ。このアリ型の魔物は顎の力が非常に強く、噛みつかれると危険なので注意してほしい。また――」
セティの説明は続く。
そんな中、俺は前方の茂みがガサガサと揺れ動いていることに気付いた。
和葉とセティからは死角になっているので、二人はまだ気付いていないようだ。
なんだろうと注視していると、ややあって“へ”の字に折れ曲がった触角を持つ真っ黒い頭が、ひょっこりと顔を覗かせる。
一瞬、俺はその物体がなんなのか理解出来なかった。
アリのような頭をしてはいるが、しかしサイズが決定的に違う。
頭だけでもサッカーボールとそう変わらない大きさで、アリとは何倍ものサイズ差が――
(――って、バカか俺はっ!?)
あまりにも非現実的なサイズだったので理解が遅れてしまった。
そう、こいつこそが先ほどセティから説明を受けたばかりの――
「アリだぁーーーっ!!」
俺の叫びを聞いて和葉とセティが振り向く。
それと同時にソルジャーアントが、カサカサと俺たちのもとへと突撃してきた。
「くっ、戦闘準備!」
全長60~70cmはあろうかというアリの姿に、恐怖と嫌悪感を感じながらも号令を出す。
すぐさま和葉は抜剣し、ソルジャーアントへ向かって駆け出した。
「待て、カズハ! そいつらの外骨格は――っ!」
セティの言葉が言い終わらぬ内に、和葉はソルジャーアントの正面から側面へと回り込み、頭と胴体の繋ぎ目を両断した。
ソルジャーアントの頭がその場に転がり落ち、頭と胴体の二つが同時に粒子へと変貌していく。
「――硬いから関節部を狙うのだー……」
セティのアドバイスは的確だった。
「ごめん、セティさん。何か言った?」
しかし、無意味だった。
「イイヤ、何モ言ッテナイゾー」
直感なのか本能なのか、和葉はこと戦闘に関しての判断力はずば抜けている。
まるで最適解を事前に知っているかのような動きで魔物を倒す様を、俺は今までに何回も見てきた。
「ソウイチロー殿……私はこの階層に始めてきた時、ソルジャーアント一匹を倒すのにえらく苦労したものだが……」
だからセティは悪くない。
ただ、和葉が異常なだけなのだ。
「セティの本分は盾役だから……」
第三階層に突入し、初めて行った俺の仕事はセティを慰めることだった。