30 呪い
「“呪い”……ですか?」
風呂と食事を終えたあと、俺たちは談話室に通される。
そこで昨日、自分が倒れたあとに何があったのかの説明を受けていた。
すると、“呪い”などという、思ってもみなかった単語が飛び出してくる。
「そうだ、私たちは今までセラの目が見えなくなってしまった原因は、三年前の病によるものだと思っていた。しかし、真実はそうではなかったのだ」
「はい、理由は分かりませんが、私には失明の呪いがかけられていたようです」
「失明の呪い……」
この世界に来る前の俺であれば、呪いだなんてバカバカしいと一笑に付すところだ。
しかし、魔法なんてものが実在するこの世界では、呪術があってもなんら不思議ではない。
「そして、その呪いこそが昨日ソウイチロー様がお倒れになった原因ですわ」
「え、それはどういう……?」
「あの時、ソウイチロー様は≪スキル付与≫を通して、私の中の“呪い”に触れてしまったのです」
呪いに触れた……。
確かにあの時、身体中を何か恐ろしいものが駆け巡るような感じがした。
“アレ”が呪いだったのだろうか。
「えぇっ!? 呪いに触れたって、大丈夫なの、そーちゃん!?」
「勿論、ソウイチロー様に呪いの害が及んでいないことは、昨日の時点でキチンと視ておきましたので、ご安心ください」
「そうなの? セラちゃんがそう言うなら信じるけど……」
「おそらく、一時的であれ呪いの一端に触れてしまったせいで気を失ってしまわれたのだと思います。ただ、それ以上のことは起きていないはずですわ」
「まあ、確かにどこにも体に異常はないけど……」
むしろ、フカフカのベッドに豪華な食事、果てはだだっ広い風呂にまで入らせてもらった今の俺は健康そのものだ。
「――で、そういったものが理解できるようになるのが、セラさんのユニークスキルの力ってことですか?」
俺の言葉を聞いて、セラさんがにっこりと微笑む。
「ええ、ソウイチロー様に≪スキル付与≫を行ってもらった際に発動した私のスキル≪真理の五眼≫ですが、これはものの本質を見抜く力――通常では理解しえないことを理解する力があるようなのです。この力がなければ、私に呪いがかけられていたことも分からないままだったでしょうね」
「なるほど、俺が倒れた理由は分かりました。ちなみに、その呪いというのは解呪できるものなんですか?」
俺の言葉を聞いて、セラさんはセティさんと目を合わせ、クスリと笑う。
「――解呪の必要はありませんよ。今はこの通り、私の中から呪いは綺麗さっぱり消えております」
微笑みながらセラさんは、今まで閉ざしていた目蓋を開いた。
「ただ、三年もの間、光を見ていなかったせいで大分目が弱まっておりまして、今は徐々に慣らしていっている最中ですの」
「うんうん、これもすべてソウイチロー殿が呪いは解いてくれたお陰だ」
「は、俺のお陰?」
何故そこで俺の名が出てくるのか。
まさか、≪スキル付与≫には副次効果として解呪の力が眠っていたとでもいうのか?
いやいや、そんなバカな……。
「あの、これは私の推測なのですが、ナルセさんの≪スキル付与≫が呪いを上書きしたのではないかと……」
「はぁ!? 呪いを上書き!?」
「は、はい。仮にセラさんにかけられていた呪いの正体が、目が見えなくするスキルだったと仮定した場合、その可能性は充分にあると思います」
「呪いの正体がスキルだと……」
なるほど、そう考えると筋は通るように思う。
仮にセラさんにエンチャントされていた呪いを、失明系のスキルだと仮定するとしよう。
そして、あの時俺がセラさんにエンチャントしたスキルは≪心眼Lv2≫だが、このスキル、もしくは≪真理の五眼≫のどちらかが、失明系のスキルとは真逆の性質を持っていて、上書きした可能性があるということか。
「え、じゃあ、そーちゃんと同じような力を持った人が、この街のどこかにいるってこと?」
「それはまだ分かりませんわ。そもそも呪いの正体がスキルだという話自体、推測の域をでておりませんもの」
「うん、それにセラが病にかかった三年前、私たちはまだ王都に住んでいたのだ。セラに呪いをかけた犯人がいるとしたら王都の方だろうな」
俺以外のスキル付与師か……。
確かにこの力は、俺だけの唯一無二のものであるという保証はどこにもないのだ。
俺以外にも≪スキル付与≫のようなスキルを使える人間が、この世界のどこかにいたとしても不思議ではないが……。
「というか、そもそもセラさんに呪いをかけた犯人について、心当たりはあるんですか?」
「うん、それなんだがな……」
「私個人としては、呪いをかけられるような心当たりは誓ってありません。しかし、“家”の方に関しては別ですわ」
「我がアルファウト家は、王都でもそこそこ大きな家格の家でな。我が家を目の敵にしている輩はいくらでもいるだろう。正直心当たりはありすぎるというのが本音だ」
「そ、そうなんですか……」
俺のような庶民には想像も出来ないような話だ。
なんだが上流階級の闇を垣間見た気がした。
「それに、何故“私”なのか、という点についても疑問が残ります」
「そうだな、アルファウト家に打撃を与えたいのであれば、父か兄に呪いをかけるのが一番だ」
「ええ、それなのに何故当時十歳たらずのなんの力も持たない私を呪いの対象としたのか。自分で言うのもなんですが、呪いなんていう大仰な力を使ったわりに、効果は嫌がらせ程度のものでしかありませんわ」
その場に暫しの沈黙が訪れる。
もはや話のスケールが大きすぎて、俺たち庶民はまったくついていけない状態だった。
「――っと、すまない。これはソウイチロー殿たちには関係のない話だったな」
「皆さまご安心ください。彼らもこの街に来てまで私たちにちょっかいをかけるほど暇ではないでしょうし、この屋敷にいる限りは安全ですわ」
「それなら安心ですけど……じゃあセティさんは、もう冒険者を引退するんですか?」
セティさんが冒険者になった目的が、セラさんの目を治療できるアイテムを手に入れるためだったのだ。
ならば、セラさんの目が治った今、これ以上彼女が冒険者を続ける理由はないだろう。
セティさんをパーティーに勧誘できなかったのは残念だが、こればかりは仕方ない。
「うん、そのことなんだがな……」
セティさんはセラさんと目を合わせて頷き合う。
そして席を立ったかと思うと、俺に自身の剣を手渡し、その場に跪いた。
「……え?」
「此度の件、本当に世話になった。受けた恩は果てしなく大きく、とても返しきれるものではないが、少しでも報いるべく、我が忠誠を捧げたいと思う。今後はソウイチロー殿の剣となり、盾となることをここに誓おう」
「は? 忠誠?」
「本来であれば、ソウイチロー様に誓いの文句や儀式を行っていただくところですが、まあ今回は略式ということで」
「セティさん、これはいったい……?」
「私のことはセティとお呼びください、我が主よ」
「いや、主て……」
何がどうなっているのか分からない俺は、和葉に助けを求めるべく視線を送る。
「えっと、私たちのパーティーに正式に加入するってことでいいのかな?」
「そういうことだ。カズハにアエリー、これからもよろしく頼むぞ」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
その結果、セティさんがうちのパーティーに正式に加入することが決定した。
おかしい、話についていけてないのは俺だけなのだろうか。
「で、でもセティさんには、もう冒険者を続ける理由がないのでは……?」
「セラの件に関してはそうかもしれません。しかし、元より剣を振るうしか能がないこの身。今後は主のために剣を振るいたいと思っています」
「ソウイチロー様、どうか聞き届けてあげてください。それともセティ姉様では力不足でしょうか?」
「いや、そんなことはないですけど……」
俺は大きなため息をつく。
どうやらセティさんの決意は固いようだ。
突然のことで戸惑ったが、元より俺たちに断る理由はない。
「分かりましたよ。今度ともよろしくお願いします、セティさん……いや、セティ」
「おお、我が主よ、ありがとうございます!」
受け取っていた剣をセティに返と、彼女は大仰に自身の剣を受け取り、大事そうに抱きしめた。
「良かったですわね、セティ姉様。では話もまとまったことですし、早速皆さまにこれから泊まっていただくお部屋にご案内させていただきますわ」
そう言ってセラさんが手を叩くと、外で待機していたらしいミケコやリーリア、他数人のメイドたちが部屋の中へと入ってきた。
「待って。これから泊まるって何?」
「主よ、パーティーを組んだからには、これからは同じ宿、つまりウチに泊まっていただいた方が何かと都合が良いと思うのです」
「いや、さすがにそこまで好意に甘えるわけには……」
「えー、いいじゃん! せっかくこう言ってくれてるんだし、お言葉に甘えようよー」
「そうですよ、ナルセさん。人の好意を無下にしてはいけないと思います!」
既にこの屋敷の食事に懐柔済みの和葉はともかく、アエリーまでもが俺に抗議してくる。
アエリー、お前だけは俺の味方だと信じていたのに……。
「カズハさんたちの言う通りですわ。それにまったく打算がないわけでもありませんの。目が見えるようになったとはいえ、まだ輪郭がぼやけて見える程度ですから、定期的に≪スキル付与≫を使用していただけるとありがたいですわ」
「む……まあ、そういうことなら……」
こうして俺たちは、二人目の仲間セティをパーティーメンバーに迎え入れると同時に、新しい“拠点”を手に入れたのであった。