26 仲間④
「貴様ァァァッ! いったい私に何をしたッ!!」
突如、セレスティアさんは抜剣し、その切っ先を俺の喉元へと突きつけた。
「――えぇぇぇっ!?」
顔を真っ赤にして怒りを露にするセレスティアさん。
怒りのためか、突きつけられた切っ先は震えており、今にも俺の喉元に刺さそうで怖い。
「お、落ち着いてください! まず何があったか説明を――」
「黙れ、この痴れ者がッ! よくも私にこのような辱しめを――ッ!!」
「辱しめって、いったいなんの話を……」
ダメだ、セレスティアさんは完全に頭に血がのぼっていて話になりそうもない。
とりあえず、先ほどエンチャントしたスキルを一旦解除して、落ち着いてもらおうとした、その時だった。
「――アルファウト様。落ち着いて、まずは剣をお納めください」
静かに、しかし強い意志が込められた声で、ベネディアさんが告げる。
「しかし、この者は――っ!」
「二度は言いません。ギルド内で剣を抜いただけでなく、あまつさえそれを他人に向けるなど……いくら貴方がアルファウト家の人間であっても、到底看過出来るものではありません」
「うっ……」
(……アルファウト家?)
どこか気品を感じさせる人だとは思っていたが、やはり彼女はどこか良家のお嬢様だったりするのだろうか。
「貴方にナルセ様を紹介したのは私です。この方を斬るというのであれば、その前に私が責任を持って斬られましょう」
「な、何故そんな話になる! この件においてベネディアは関係ないだろう!」
「いいえ、大いに関係あります。そもそもですね――」
その後もベネディアさんは、有無を言わせぬ感じで次々と正論を捲し立てる。
次第にセレスティアさんの怒気はしぼんでいき、最後の方なんて、いっそ哀れと思うほどに責め立てられていた。
「す、すまない、私が軽率だったのは認める。だからもう許してくれ……」
「アルファウト様。謝罪の対象が違っています」
「すまない、ソウイチロー殿! 私が悪かった! この通りだ、許してくれ!」
もはや、ヤケクソ気味に頭を下げて謝罪するセレスティアさん。
「アルファウト様、言葉に誠意が込められておりません」
「ヒィッ!」
「いや、大丈夫です! 充分誠意は伝わりましたから!」
だからもうイジメないであげて、と心の中で付け加える俺だった。
その後、俺はセレスティアさんに、スキル≪魅力強化Lv2≫をエンチャントしたことと、その考えに至った経緯を説明した
「なるほど、魔物の敵意を煽るのではなく、情欲を煽るとは……さすがナルセ様です、考えましたね」
「いや、情欲て……」
間違ってはいないのだろうが、ベネディアさんのような美人がそんな言葉を使うと、少々艶かしく感じられる。
「それで、アルファウト様のユニークスキルは、どの様に変化されたのですか?」
「い、言わないとダメか?」
「当然です。なんのためにナルセ様にご協力いただいていると思っているのですか?」
「うぅ……」
一切の容赦なく、ベネディアさんはピシャリと断言する。
それでもやはり抵抗があるのか、暫くはもじもじとしていたセレスティアさん。
しかし、やがて観念したのか、『絶対に笑うなよ?』と念押しをしたうえで、その言葉を告げた。
「私のユニークスキルが……≪扇情の蠱惑魔Lv2≫というものに変化していた……常時魔物の注意を自分に向ける効果があるらしい」
「そ、それはまた……」
戦場ではなく“扇情”。
そして、小悪魔ではなく“蠱惑魔”か。
効果自体は、まさにセレスティアさんの望み通りのものになってはいるが……なんとも淫靡な響きのスキルに変化したものだ。
「――プッッ」
突如、部屋の中に誰かが噴き出したような声が響く。
「……おい、ベネディア。お前今、笑っただろう?」
「いえ、気のせいではないですか?」
ベネディアさんはあくまでシラを切り通すつもりらしいが、俺から見ればそれが嘘だというのがバレバレだった。
(だって、必死に笑いを堪えようとプルップルしてるもんなぁ……)
今なら少しの刺激を与えるだけで決壊しそうだ。
一度爆笑するベネディアさんを見てみたくはあるが、その後が怖いので下手なことはしないでおこう。
「ああ、そうだろう! 私のような武芸一辺倒で色気の欠片もない女が、扇情だの蠱惑だのと! そりゃあ、おかしいだろうさ!」
セレスティアさんは怒りに任せ、テーブルを叩く。
「いやいや、全然おかしくないですよ!? むしろセレスティアさんにピッタリなスキルだと思います!」
「下手な慰めはよせ! どうせ私はダンジョンに籠もったまま行き遅れになって、近所の奥様方に――」
『アルファウト家のお嬢さんはいつ結婚なされるのかしら?』
『あら、奥様知らないの? あそこのお嬢さんは人間よりも魔物の相手をしている方がお好きなんですって』
『まあ、変わったご趣味の方なのねぇ』
「――なんて陰口を叩かれる運命なんだっ!」
そう叫んだあと、セレスティアさんは、わっとテーブルに突っ伏す。
何か心当たりでもあるのだろうか。
えらく具体的な未来予想図だった。
「だ、大丈夫です! セレスティアさんは充分魅力的な女性ですから、その気になれば男の一人や二人、すぐに捕まえられますって!」
「私に魅力なんてあるものか……」
「そんなことありません! 少なくとも俺は、セレスティアさんのような綺麗な人に守ってもらえるなら嬉しいと思ってます!」
「ふぇっ!?」
先ほどまでテーブルに突っ伏していたセレスティアさんは、突如顔をあげ、それと同時に可愛らしい声をあげる。
「その長く美しい金の髪に、凛とした顔つき! セレスティアさんは、まさに俺が思い描く理想の女騎士そのものです! 貴方がウチのパーティーに加入してくれるならどれほど喜ばしいことか!」
「わ、分かった、分かったから! それ以上言わないでくれ……っ!」
セレスティアさんは、俯きながら俺の言葉を制止してくる。
ふと気付けば、隣に座っていたベネディアさんがジト目で俺を見ていた。
「ナルセ様……今の失言ですが、私の方ではフォローできかねますので、あしからず」
「え、失言ってどういう……」
俺はセレスティアさんを、ウチのパーティーメンバーとして勧誘しただけなのだが……。
ともあれ、話は現在に戻る。
俺たちは、スキル≪扇情の蠱惑魔Lv2≫の効果を確かめるためにもセレスティアさんを、臨時のパーティーメンバーとして迎え入れ、ダンジョン探索を行っていた。
「ふはははは! 魔物など何するものぞ、どんとこいだ!」
結果は見ての通り。
念願の盾役の務めを果たせていることが嬉しいのか、セレスティアさんは随分と上機嫌だった。
「喜んでくれてるみたいで良かったね、そーちゃん」
「そうだな」
なお、盾役は通常、≪ヘイトギャザー≫という武技を使用し、魔物の注意を自分へと向けるらしい。
しかし、スキル≪扇情の蠱惑魔Lv2≫を発動させたセレスティアさんは、そんなものを使用しなくても魔物が勝手に彼女のもとへと惹き寄せられていた。
「なんにせよ、もう一人か二人は前衛職のメンバーが欲しいと思っていたところだ。これでセレスティアさんが正式に加入してくれるようならありがたい話なんだがな」
「そうですね、やはり前衛がカズハさん一人だけだと、どうしても負担が大きくなりますし」
アエリーの言う通り、和葉の負担軽減もあるが、やはり前衛職が二人いると安心感が違う。
基本的に通路ばかりだった第一階層と違い、ここ第二階層は開けた場所が多い。
こういった場所だと前後左右から魔物に襲われる可能性を考慮する必要がある。
幸運なことに、まだそういった事態は発生していないが、魔物に複数の方向から一斉に襲われた場合は、和葉一人では対処しきれない可能性があった。
「今回の探索が終わったら、臨時じゃなくて正式に加入してみないか打診してみるか」
「巨乳メガネ魔法使いの次は、金髪女騎士をゲットだね!」
「そこ、余計なこと言わない!」
こうして、俺たちは今回の探索をつつがなく終了させる。
その後、予定通りセレスティアさんを勧誘しようとしたのだが……。
「ソウイチロー殿、少しいいだろうか」
神妙な面持ちでそう告げるセレスティアさんに、機先を制される。
「その、急なうえに不躾な頼みですまないのだが……この後、私の家に来てくれないだろうか……」
「は?」
セレスティアさんを、ウチのパーティーメンバーへと招待しようとしていた俺たち。
その俺たちは何故か、セレスティアさんの家へと招待されることになったのであった。