25 仲間③
「見てくれ、ソウイチロー殿! 私のもとへ魔物が群がってきているぞ!」
嬉しそうにそんなことを叫んだのは、俺たちのパーティーに臨時加入している女騎士だった。
その言葉通り彼女は今、多くの魔物たちから総攻撃を受けている真っ最中である。
しかし、彼女はびくともしない。
魔物たちなど何するものぞと言わんばかりに魔物たちの猛攻を、手にした大きな盾で全て受け止めていた。
「嬉しいのは分かりますが、魔物に群がられて喜ぶのは人としてどうかと思いますよ?」
「うぐっ……わ、分かっている!」
魔物の総攻撃に曝されているというのに、その状態を子供のように喜ぶ女騎士。
俺はそんな彼女に苦笑しながらも和葉とアエリーに、彼女が引き付けている魔物の殲滅を頼んだ。
さて、この状況を説明するためには時間を少し遡る必要がある。
始まりはベネディアさんから相談を受けたことだった。
「――ナルセ様、少しよろしいでしょうか」
ベネディアさんから紹介したい人物がいると言われ、ギルドの一室に案内される。
俺はそこで、“セレスティア・アルファウト”なる人物と出会うこととなった。
彼女のクラスは聖騎士で、レベルは3。
身にまとった蒼と白を基調とした鎧に、長いブロンドの髪がよく映えている。
歳は俺よりも少し上だろうか。
凛とした顔つきの美しい女性だった。
「実は彼女のスキルのことで相談させていただきたいのです」
セレスティアさんと軽く自己紹介を行ったあと、さっそくベネディアさんが用件を切り出す。
ベネディアさん――というかセレスティアさんの相談を要約するとこうだった。
「ユニークスキル≪魔の寵愛≫ですか……」
セレスティアさんは、魔物から攻撃対象としてみなされないという効果を持つユニークスキル≪魔の寵愛≫を所持していた。
これは後衛職なら喉から手が出るほど欲しがるであろうスキルだが、よりにもよって彼女はパーティーの盾役を担うべきパラディンだ。
盾役が敵の攻撃を引き受けられないなど言語道断。
そこで、俺の≪スキル付与≫で、この厄介なスキルをどうにかできないかということであった。
「……一応聞いておきますが、今からでも後衛職に鞍替えするなんて気はないんですよね?」
パラディンである彼女は、ある程度の回復魔法を使えるはずだ。
ならばプリーストにでも転職すれば、魔物から攻撃されることのない回復役として活躍できると思うのだが……。
「うむ、我が盾にて皆を護ることこそが我が誇り。だというのに逆に護ってもらう立場になるのは考えられん」
とまあ、予想通りの答えが返ってくる。
そもそも転職する気があるのなら、レベル3になる前にとっくに転職しているという話だ。
なお、『我が盾にて皆を護る』とは言っているが、こんなユニークスキルを所持している彼女が盾役になれるはずもない。
さすがにこちらから攻撃を加えれば、魔物から攻撃対象として認識されるそうなので、今までは重装備の戦士としてやってきていたとのことだった。
「どうでしょう、ナルセ様。なんとかなりそうでしょうか?」
「実際に試してみないことにはなんとも……ただ、その前に一ついいですか?」
俺はセレスティアさんに聞こえないよう、小声でベネディアさんに話しかける。
「アエリーの一件で、厄介なスキル持ちは全部俺に任せようとか、そんなこと考えてませんよね?」
そんな俺の問いに対し、ベネディアさんは――
「フフ……そんな冗談を言うなんて、ナルセ様は面白い方ですね」
――と優雅に微笑む。
肯定にも否定にもなっていない答えだったが、微笑むベネディアさんが美しかったので、まあ良しとしよう。
決して、これ以上の追及を行う度胸が俺にはないとか、そんな話では断じてない。
ともあれ、セレスティアさんである。
要はアエリーの時と同じだ。
厄介もののユニークスキル(今回はスキルではなく人間側に問題があるだが)を、俺の≪スキル付与≫で打ち消してやればいいのだ。
(どうせアレだ。今回もスキル≪ヘイト上昇値強化Lv2≫とかエンチャントしたらスキルが合成されて、別のスキルに~とかそんなパターンだろ)
そう気楽に考えた俺は、セレスティアさんに事情を説明し≪スキル付与≫を使用する。
しかし、≪ヘイト上昇値強化Lv2≫を筆頭に、様々なスキルをエンチャントしたのだが、セレスティアさんのスキルは一向に変化する気配がなかった。
(おかしい、アエリーの時と違うぞ……)
スキル≪魔の寵愛≫とは、魔物からの敵対心――つまりヘイト値を限りなくゼロにするスキルのはずだ。
≪ヘイト上昇値強化Lv2≫をエンチャントしても、セレスティアさんのスキルウインドウにこのスキルが追加されないことからもそれは確かだ。
何故ならスキル≪魔力暴走≫を持つアエリーに、≪魔法威力強化Lv2≫をエンチャントできないように、既に同種かつ上位のスキルを付与対象が所持している場合は、下位のスキルをエンチャントできない仕組みになっている。
であればその逆、ヘイト値を上昇させるようなスキルをエンチャントすれば、アエリーの時と同じくスキルが合成されるかと思ったのだが……。
「ソウイチロー殿、ダメでもともとの話なのだ。無理はしなくてよいのだぞ?」
急に黙りこんだ俺を心配したのか、セレスティアさんがそんな事を言ってくれる。
「すみません、少し考え事をしていただけですので大丈夫です」
「ならいいのだが……その、な? 先ほどはああ言ったが、実はプリーストへの転職も考えているんだ」
「え?」
「私はある伝説級のアイテムを求めてダンジョンに潜っている。そのアイテムを手に入れるためには、私の矜持など捨て去るべきだと最近思うようになってな。身体能力には自信があったゆえに、一年ほど前衛職として頑張ってはみたが、そろそろ潮時なのだろう」
そう言って、セレスティアさんは寂しそうな顔をして笑う。
明らかに前衛職として不利なスキルを所持している彼女が、周囲からどんな扱いをされたのかは想像にかたくない。
そんな状況であるにも関わらず、それでも彼女は己の矜持のため、この一年間を戦い続けてきたのだろう。
しかし、彼女は今、プリーストへの転職を考えているという。
そのことを決意するまでには、様々な葛藤があったはずだ。
彼女の事情や目的は俺には分からない。
分からないのだが、なんとかしてあげたい――そんなことを思った。
俺はもう一度思案する。
ヘイト値に関するスキルは全て不発に終わった。
ならば発想を変えてみるしかない。
要はヘイト値に関係なく、魔物をセレスティアさんのもとへと誘導できればいいわけだ。
まず、スキル≪魔の寵愛≫を持つ彼女は、魔物たちに愛されている状態だと定義しよう。
愛されているが故に、こちらから攻撃しない限りは魔物からも攻撃されない。
この状態を上手く利用してやればいいのだ。
つまり、魔物たちの敵意を煽るのではなく、歌や躍りで魔物たちを惹き付けることができれば……。
(馬鹿馬鹿しい……セレスティアさんに魔物のアイドルにでもなれっていうのか……)
自分のあまりにも馬鹿げた考えをすぐに否定する。
しかし――
(待てよ……アイドル……?)
ふと思い至ったことがあり、試しにセレスティアさんに“とあるスキル”をエンチャントしてみる。
すると、今回は彼女から、明らかに今までとは違う反応が返ってきた。
(お、この反応は成功したか?)
俯いているせいでセレスティアさんの表情は見えない。
しかし、彼女のスキルに、なんらかの変化がおとずれたのは確実だろう。
「あの、セレスティアさん、どうですか……?」
恐る恐るセレスティアさんに声をかけた、その時だった。
「貴様ァァァッ! いったい私に何をしたッ!!」
突如、セレスティアさんは抜剣し、その切っ先を俺の首筋に向けた。