24 郷愁
それは、和葉と二人で食事をしている最中のことであった。
「そーちゃん、お米が恋しいよぉ……」
突然、和葉がそんなことを言う。
この世界に来たばかりの頃の俺たちは、その日を生きることで精一杯で贅沢を言う余裕もなかった。
こんなことを言い出したのは、少しずつでも余裕が出来てきた証拠ではあるのだが……。
「無い物ねだりしても仕方ないだろ、我慢しなさい」
「えー、≪スキル創造≫で何とかしてよ、ソウえも~ん」
「誰がネコ型ロボットだ」
というか、“ソウえもん”だとネコ型ロボットというより、江戸時代の武士の名前みたいな感じになるな。
具体的には、忠○蔵に出てきそうな感じの。
「スキル≪農耕≫なんてものなら創れるが、稲そのものがないことにはどうにもな」
少なくとも、この世界にはパンが存在することから、小麦の存在は確定している。
稲も小麦も同じイネ科の植物だ。
小麦があるなら稲もあってもよさそうなものだが、誰に聞いても“イネ”なんてものは知らないとの回答が返ってきていた。
「そっかー、残念……」
心底残念そうに肩を落とす和葉。
その気持ちは痛いほど分かるのだが、こればっかりはどうしようもない。
というか、俺も以前、和葉と同じことを考え、色々と試してみたことがある。
その際は、まず≪創造具現化≫なんてスキルを創ってみた。
このスキルはその名の通り、創造したものを具現化できるという、とんでもスキルだ。
このスキルで稲、というか米を具現化しようとしたのだが……まあ、予想通りこのスキルのエンチャントにはレベル10が必要だった。
次に、対象を米に限定してはどうかと、スキル≪米具現化≫なるものを創造してみた。
が、これもダメ。
エンチャントに必要なレベルは多少下がったものの、それでもレベル9が必要だった。
ここで俺は、無から有を創ろうとするからダメなのだと反省。
必要なのは代償、つまり等価交換だ。
そして、スキル≪米錬金≫を創造する。
このスキルは、米と同価値のものを代償として、米を創造するというものだ。
これでどうだと意気込んだものの、それでもエンチャントにはレベル5が必要だった。
このように色々と試した結果、俺たちが米にありつくには、まだまだ先の話になりそうだという結論に達したのである。
「米といえば、俺はカレーが食べたいな。カツカレーであればなお良い」
「あー、カレーいいよねー」
言っても仕方のないことを俺たちは言い合う。
しかも、カレーの味を思い出しただけで、口の中には大量の唾液が出てきた。
そもそも、この世界の食べ物は全てにおいて味が薄いのだ。
今日の俺たちの食事メニューは、パンにサラダ、そして豆のスープという内容なのだが、パンはまだいいとしよう。
しかし、サラダに関しては、素材の味をそのままに――と言えば聞こえはいいが、ただ野草を並べてるだけで、ドレッシングも何もない。
要するに草をそのまま食べているわけで、味なんて苦みが少々ある程度だ。
今の俺は、文字通り“草食系男子”だった。
そして、豆のスープはお湯に多少味がついた程度のものでしかない。
ついでに言うと、ここにはないが肉はまだ味が濃い方ではある。
しかし、固いうえに獣の臭いが強いので俺は苦手だった。
まあ、和葉は平気で食べていたが。
とまあ、そんな感じで、この世界に来てからというもの、俺たちは元いた世界の食事事情がいかに恵まれていたものであったかと嫌というほど思い知らされていた。
「ネット小説にね、日本の食文化を異世界に持ち込んで、それが大流行するって作品が結構あるの」
「へぇ、そんな作品があるのか」
「うん、その作品を読んでる時はね、日本の食文化が流行するのはお話しの都合くらいにしか思ってなかったけど、実際に異世界の食事事情を体験してみると、そりゃあ流行って当然って感じだよ」
「なるほど、日本の食文化を異世界で流行させる、ねぇ」
面白い試みだとは思う。
それが出来れば俺たちの食事事情も随分と改善されることだろう。
とはいえ、元の世界ではただの学生だった俺たちに、醤油だ味噌だなんてものが造れるはずもない。
「あ、味噌の造り方なら私知ってるよ」
「は? なんでお前がそんなこと知ってるんだよ」
「ネット小説で読んだ!」
そう言って、和葉は得意げに胸を張る。
そんなことだろうとは思っていたが、まさに予想通りだった。
「その程度の知識でいいなら、俺だって農業系アイドルの番組で味噌造ってたの見たから知ってるよ」
「あ、それ私も見てたー」
そもそも本当に造り方を知っていたとしても、確か味噌を造るには一年ほどの期間が必要なはずだ。
そんな悠長なことをしている暇は俺たちにはない。
「はぁ……なんかお味噌汁が飲みたくなってきたよ……」
和葉は、しんみりとした口調でそう呟く。
俺はその呟きを聞いて、胸がつまるような思いがした。
おそらく、その言葉には“母の作った”という意味が込められているのだろう。
「そうだな……」
そして俺は、そんな和葉に気の利いたセリフも言えず、ただ相槌を打つことしかできなかった。
「あ、ゴメンね。雰囲気暗くしちゃった」
「いや……」
「でも、やっぱり早く元の世界に帰りたいよね。そーちゃんも里菜ちゃんに会いたいでしょ?」
「そ、そりゃそうだ、会いたいに決まってる!」
和葉の言う『里菜ちゃん』とは“成瀬里菜”という少女のことで、つまるところ俺の妹のことだ。
里菜はとても可愛い。
いや、可愛いなんて言葉では言い表せないくらい可愛くて、まさに天使のような少女だった。
最近思春期に入ってきたせいか、俺が構うと鬱陶しがられることが多くなったが、それでも里菜が俺の可愛い妹であることになんら変わりはない。
「即答かー、相変わらずのシスコンぶりだね」
「うるさい。兄が妹に会いたがって何が悪い」
「そだね、私もお母さんに会いたいよ。会って、早く安心させてあげたい……」
俺たちがこの世界に転移してきてから、既に一ヶ月ほどの期間が経過していた。
おそらく元の世界では、俺と和葉の捜索願が出されているはずだ。
今、俺の家族はどんな気持ちで俺の帰りを待っているのだろうか。
里菜は泣いていないだろうか。
そんなことを考えると、胸が締めつけられるような気分になる。
「せめて、俺たちが無事だってことを伝えられたらいいんだけどな……」
転移とまでは言わずとも、声だけでもいい。
声だけでも元の世界に届けることが可能なスキルがあれば……。
しかし、そんなスキルを創造したとしても、どうせいつものエンチャントには高レベルが必要とのオチが待っているのだろう。
「結局、元の世界に帰るには、レベルを上げるしかないって話だな」
そのためには今日も今日とてダンジョンへ――といきたいところだが、残念ながら今日は休暇日となっている。
今日はこの後、中央広場でアエリーと合流し、そこで開催される露天市を見て回る予定になっていた。
「それじゃ、そろそろ行くか」
「うん、掘り出し物の装備とかあるといいねー」
そうして俺たちは、郷愁の念を振り切るように食堂をあとにした。