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23 ザール

「――そこまで! 勝者、ザール!」


 イレーネさんの勝者宣言が行われる。

 その時の俺はといえば、地面に仰向けになって倒れていた。


「やっぱり勝てないかぁ……」


 分かっていたことではあるが、毎日体を張って魔物と戦ってきたザールと、ついこの間初めて剣を握ったばかりの俺。

 両者の間には埋めがたい力量差が存在しており、小細工なしの真っ向勝負だと手も足もでなかった。


「――っ!」


 体を起こそうとするが、激痛が走り上手く体を動かせない。

 俺はザールの“稽古”により、全身くまなく滅多打ちにされていた。

 しかし、不思議なことに今はこの痛みが心地良く、試合にボロ負けしたというのに晴れやかな気分だった。


「……ほらよ」


 倒れたままの俺にザールが手を差し伸べてくる。

 少し、いや、かなり意外に思いながらもその手を取り上半身を起こした。


「ったく、情けねぇな。しっかり立てよ」

「あー、無理。誰かさんが脚にもしこたま打ち込んでくれたお陰で暫く立てそうにない」


 座ったままの状態でザールに答える。


「情けねぇ。下半身の防御がおざなりだからそうなるんだよ。攻撃の時もそうだ、上半身ばっか狙いやがって、何故下半身に打ち込んでこねぇ? もっと上下に揺さぶって――」


 そこまで言って、ザールは語り過ぎたことに気付いたのか、『ちっ』と舌打ちする。


「……もしかして、ザールって意外に面倒見の良いタイプだったりするのか?」

「うるせぇ、あとはイレーネにでも聞きやがれ」


 ザールは、ばつの悪そうな顔をして背を向ける。


「あー、あとこれだけは言っておく」

「ん?」

「俺の方が先輩なんだ、今度からは呼び捨てじゃなく“さん”をつけろよ、()()()()()


 そう言うと、ザールはそのまま振り返ることなく立ち去っていった。


(……多少は認めてもらえたってことかな?)


 相変わらずの野郎呼びだったが、それでも“寄生野郎”なんて呼ばれ方よりは随分とマシだろう。

 これを切っ掛けにして、お互いもう少し歩み寄れるといいのだが。


「そーちゃん、大丈夫?」


 俺とザールの会話が終わるのを待っていたのか、後には心配そうな顔をした和葉やアエリーたちが控えていた。


「治療魔法を使える人を呼んできましょうか……?」

「ありがとう。でも、この痛みに耐えるのも修行の内だから遠慮しておくよ」

「なぁにが“修行”よ!」

「あいたっ!?」


 目の前にしゃがみ込んできたイレーネさんにデコピンされる。

 抗議の声をあげようとしたが、心配そうに面持ちで俺を見つめるイレーネさんを見ると、何も言うことができなくなった。


「まったく、あの“突き”が決まった時点で、さっさと勝負を決めておけば良かったのに、なんでこんな無茶をするかな、キミは?」

「それは……あの後の攻撃で本当に勝負が決まっていたのかは怪しいとこですし、そもそもこの決闘は勝ち負けに関してはどうでもよかったというか……」

「はぁ!? 勝ち負けはどうでもいいって、どういうことよ?」

「なるほど、つまりこの決闘の真の目的は、戦いを通じてザールと周囲の野次馬たちに、同志ソウイチローの実力を示すことにこそあったと」

「はい、俺のことを良く思っていない連中に、いくら口で説明しても効果はないでしょう。なら連中の俺への評価を改めるには、あとは実力を示すとしかないかな、と」


 おそらく今日の晩にでも野次馬たちが、俺たちの決闘の内容を、酒の肴として喧伝してくれるはずだ。

 そして、俺が“戦える”という事実さえ周囲に伝われば、寄生だなんだといった悪評は次第に消えていくことだろう。

 クレインさんの言った通り、これこそが今回の決闘を行った真の目的であった。


「はぁ~、そのためにザールとの決闘を利用したってぇの? あれ、だったらやっぱり勝負に勝った方がより効果的だったんじゃ……」

「いや、それは戦いの最中にも言ったように、ザールにも稽古をつけてほしかったというか……」

「イレ姉ぇ、そーちゃんはね、あの人に遠慮したんだよ」

「和葉っ!?」

「もし、そーちゃんが勝っちゃったら、後衛職に剣で負けた前衛職ってことで、あの人の立場がなくなっちゃうでしょ? だから適当に理由をつけてるけど、あの人に遠慮してわざと負けたの」

「あら、そーなの?」

「いやいやいや、ちげーし! 適当ぶっこいてんじゃねーし!」


 まったく、ほんとに和葉はまったく!

 何故俺があいつに遠慮しないといけないのか。

 いや、確かに利用することへの罪悪感がちょっとはあったけども!


「……アエリーちゃん、覚えておいてね。そーちゃんは図星を突かれてそれを誤魔化そうとする時は、こんな風に言葉使いが乱暴になるから」

「べ、勉強になりますっ」

「だから違うって! なんで俺があいつの心配なんてしなきゃいけないんだ!」

「うんうん、そーだね。ほんとに心配してたのは私たちの方だもんね?」

「な――っ!?」

「あの人の立場をなくして逆恨みでもされたら、自棄やけを起こして私たちが襲われる可能性だってあったもんね。そーちゃんはそれが心配だったんだよねー」


 和葉の指摘に思わず言葉が出なくなる。

 こういう時に幼馴染みというのは厄介だ。

 まるでエスパーか何かの如く、俺の心が見透かされている。

 いや、幼馴染みというか、和葉が異常なだけかもしれないが。


「なるほど、さすが同志ソウイチローです。そこまで考えていたとは」

「あらまぁ、自分が襲われる心配よりも、カズハたちの心配の方が先に来てたの? ソウイチローは随分とお優しいことで」


 イレーネさんは、からかうような表情でニヤニヤと笑う。


「あー、もうっ、いいじゃないですか! この形が誰も不幸にならない一番の形だった! ただ、それだけの話ですよ!」

「うんうん、そーね。ソウイチローは皆の事を考えて、ほんとに優しい子ねー」


 そう言って、イレーネさんは俺の頭を撫でてくる。


「やめろぉ! 微笑ましいものを見るような目つきで俺を見るな-!」


 この後、イレーネさんとクレインさんを交えて、延期になってしまっていた“レベル2”になったことの祝賀会を行うことになるのだが、その間、俺はずっとこのネタでからかわれることとなった……。

 まったく、ほんとに和葉は余計なことを言ってくれたものだ……。







(き、気まずいっ……)


 数日後、俺とザールは食堂の一席で、はす向かいとなって座っていた。

 あの決闘を切っ掛けにザールと仲良くなった俺は、今では一緒にご飯を食べる仲に――とかそういう話では勿論ない。

 では、何故こんなことになっているのかというと、イレーネさんがこんなことを言い出したからであった。




「ザール、アンタが勝った場合の景品だった私とのデート権だけどね」

「お、おう」

「私の承諾もなしに勝手に決められたことだし、最初は断ろうかとも思ったんだけどね。さすがに勝ったのに何もなしじゃ可哀想だから、ご飯くらいは付き合ってあげるわ」

「は、はぁ? あんなん俺が言い出したことじゃねーし、別に断ってくれても全然良かったんだけどな? ま、まあ、飯くらいなら付き合ってやってもいいけどよぉ?」

「それじゃ決まりね。ちなみに、ソウイチローも呼ぶつもりだから」

「はぁっ!?」




 こうして、俺とイレーネさん、そしてザールの三人という、なんとも奇妙な面子で食事を行うことになってしまったのだ。

 勿論、俺のいない場で何故そんなことを勝手に決めるのかと抗議した。

 しかし、『キミだって私のこと勝手に景品にしたでしょ?』と反論されては何も言い返すことができなかった。


 ただ、おそらくイレーネさんがこの食事会を計画したのは、単なる俺への仕返しというわけではなく、俺とザールの親睦を深めるため、という意図もあるのだろう。

 世話焼き好きのあの人らしい話だ。

 まあ、それはともかくとして……。


(イレーネさん、早く来てくれぇーっ!)


 既に約束の時間は過ぎているというのに、イレーネさんは一向に姿を見せなかった。

 お互い一言も喋らず、沈黙が気まずいのもそうだが、周囲から『何故あの二人が同じテーブルに?』という好機の視線に晒され続けているのも辛い。


「……あのよぉ」


 しかし、さすがに沈黙に堪えかねたのか、意外にもザールの方から話しかけてきた。


「結局、あの≪イレーネの秘密≫ってのは、なんだったんだ?」

「え? ああ……」


 単に動揺を誘えれば何でもよかったので、スキルの名称自体に意味はなかったのだが……。

 その旨を伝えようした寸前に俺はふと思い至ることがあり、こんなことを言った。


「イレーネさん秘密、それは――“Gカップ”、それが彼女のバストサイズだ」

「マママ、マジかっ!?」


 勿論、真っ赤な嘘である。

 俺がそんな情報を知っているはずもない。

 しかし、時間通りにやってこないイレーネさんへの罰も兼ねて、適当な情報を流してやることにした。


 その後、なんやかんやで俺たちは、主にイレーネさんの話題で盛り上がることになる。

 第一印象は最悪な相手だったが、こうして話し合ってみると意外に面白い奴だと認識を改めることになった。

 やはり、どんな相手であっても、一度対話を行ってみるというのは大事なことなのかもしれない。


 そうこうしている内にイレーネさんが合流し、ようやく俺たちは三人で食事を始めることになる。

 しかし――


「はい、ソウイチロー、あーんして」

「ななな、何をやってやがんだイレーネッ!」

「何って、この子は怪我人なんだから、食べさせてあげてるだけでしょ」

「いや、あれから三日も経ってるんで、怪我なんてとっくに治ってるんですが……」

「まぁまぁ、細かいことはいいじゃない」


 そう言って、イレーネさんは再び『はい、あーん』と俺に擦り寄ってくる。


「ちょ、イレーネさん、今日はどうしたんですか?」

「そうだぞ! ってか、さすがにそれはくっつきすぎだろ!」

「なによ、なんでいちいちそんなことをアンタに言われなきゃいけないワケ?」


 『ねぇ、ソウイチロー?』とイレーネさんは体を密着させてくる。

 イレーネさんの真意を計りかねるも、そんなことはどうでもよくなるくらい柔らかかった。

 というか、最近女性に密着されることが多い気がする。


「――はっ!?」


 はす向かいのザールが凄まじい形相で俺を睨み付けていることに気付く。

 それは、怒り、憎しみ、妬み――そんな感情を全てないまぜにしたような表情だった。


「ち、違うんだザール! これはイレーネさんがふざけてるだけで――っ!!」

「――や、やっぱりお前なんか嫌いだ、このクソ野郎があああァァァーーーッ!!」


 そんな捨て台詞を残して、ザールは泣きながら立ち去ってしまう。

 せっかく寄生野郎からスキル野郎にランクアップしたというのに、今度はクソ野郎にランクダウンしてしまった。


「イレーネさん……この食事会って俺とザールの親睦を深めるためのものだったのでは……?」


 イレーネさんが余計なことをしてくれたお陰で、塞がりかけていた溝が再び広がってしまった。

 しかも今度はより複雑な形で。


「え、違うけど?」

「は? じゃあ、なんでわざわざ俺を呼んだんですか?」

「いやー、前々からあいつ、何かにつけて私に絡んでくるから鬱陶しいと思ってたのよねー」


 あいつ、そんなことしてたのか。

 それ、好きな子に構ってほしくてちょっかいかけるけど、やればやるほどその子から嫌われるパターンだというのに……。

 というか、やはりザールの行動は小学生男子のそれだった。


「で、これで私のこと諦めてくれたら万々歳かなーって。ま、キミ風に言うと、ソウイチローを利用させてもらったってことになるかな?」


 イレーネさんは、したり顔で笑う。

 その時俺は理解した。

 本当に敵に回してはいけなかったのは、ザールでもその他の冒険者たちでもなく、“女性”だ。


 女性から悪評をたてられるようなことだけはするまいと、心に固く誓う俺であった。

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