22 模擬試合②
「――始めっ!」
試合開始の合図と共に俺はすかさず行動に出る。
「スキルエンチャント、≪敏捷弱化Lv2≫!」
「っ!? なんだぁ!?」
エンチャントが終わるのと同時に地面を蹴って駆け出し、ザールとの距離を詰める。
奴は初めて体験する≪スキル付与≫の効果に動揺し、一瞬反応が送れた。
その隙は逃さない。
木剣を振り上げ、駆けてきた勢いをそのままに袈裟斬りの形で降り下ろす。
ガンッと鈍い音が訓練場に響く。
ザールが木剣を上段に構え、俺の一撃を防いだのだ。
すかさず木剣を引き、左足を前へと踏み出すと今度はザールの胸元へと突き出す。
「チィッ!」
ザールは左足を軸にして巧みに上半身を捻り、俺の突きを躱した。
「体が重ぇ! テメェ、俺に何しやがった!?」
「俺はスキル付与師だからな! お前にスキル≪敏捷弱化Lv2≫をエンチャントしてやったんだよ!」
「はぁっ!?」
喋りながらも次々にザールへと木剣を打ち込んでいく。
俺とザールの木剣がぶつかり合う度に、カッ、カッと乾いた音が鳴った。
「イレーネさんから聞いたぞ! お前はスピードで相手を翻弄するタイプの戦士で、スキル≪敏捷強化Lv2≫を持ってるんだってな! 自慢の強化スキルを弱化スキルで上書きされた気分はどうだ!?」
「弱化スキルで上書きだとぉ? そんなバカな話が――なんだとっ!?」
自身のスキルウインドウを確認したのだろう、ザールが驚愕の表情を浮かべる。
「レベル2の弱化でも、レベル2の強化を打ち消したとなれば合計で4レベルも下がったことになる! それだけ下がれば体が重く感じるのも当然だなっ!」
「ぐっ……!」
「――おいおい、スキルをエンチャントって、さすがに冗談だろ?」
「でも、あのザールの様子を見る限りマジっぽいぜ?」
「そういや、あのあんちゃん、ギルドに登録しに来た時に、自分のことスキル付与師だって言い張ってたような……」
「まだまだぁ! エンチャントできるのは≪敏捷弱化≫だけじゃないぞ!」
今度はザールに≪筋力弱化Lv2≫をエンチャントする。
「筋力を弱くしたから、ちゃんと握ってないと剣を落っことすぞ!」
そう宣言した後、大振り気味に横薙ぎの一撃を放つ。
「くそっ、なんでもありかよ!?」
しかし、これをザールは木剣では受け止めず、後方へと跳躍し躱した。
「――意外ですね。ザール相手に善戦しているのもそうですが、剣の扱い方が様になっている。少し前までは素人同然だったはずですが」
「それが、最近そーちゃんってば、毎晩のように剣の練習をしてるみたいで……」
「毎晩? ダンジョンに向かった日の晩もですか?」
「はい……止めたんですけど『俺はダンジョンで歩いてるだけだから体力に余裕がある』って聞いてくれなくて……」
「なるほど、彼らしい。ですが、残念ながらこのままでは……」
(――さすが、腐ってもレベル3のファイターってことか……)
一旦ザールとの距離が離れたところで小さく息を吐く。
その後も≪体力弱化≫や≪回避弱化≫などのスキルをエンチャントしつつ攻撃を行ったのだが、そのことごとくが防がれ、あるいは躱されていた。
「どうした、もうネタ切れかぁ?」
既に肩で息をし始めている俺に対して、ザールはまだまだ余裕がありそうだ。
それもそのはず、全力で攻勢に出ていた俺と、守りに徹していたザール。
どちらがより体力の消耗が激しいかなんて説明するまでもない。
(そろそろ“切り札”の使い時か……)
意を決し、こんな時のために考えておいた策の準備に入った。
「……さすがレベル3のファイターだな。まさか一撃も入らないとは思わなかった」
「ハッ、そりゃ俺が凄いっつーより、テメェの腕がヘボなだけだな」
「まあ、剣の腕に関しては否定できないな。だから代わりに見せてやるよ。スキル付与師の真髄をな――」
俺はザールに“とあるスキル”をエンチャントする。
「真髄だぁ? 今更どんなスキルをエンチャントされたって――ぶほぉっ!?」
突如、ザールが吹き出す。
その隙をつき、再びザールに突撃を敢行した。
「ちょちょちょ、ちょっと待てぇ! なんだこのスキルは!?」
「さぁな! 自分で考えるんだなっ!」
ザールをここまで動揺させたスキルの正体、それは≪イレーネの秘密≫というスキルだ。
しかし、当然ながらそんなスキルは存在しない。
先日新たに習得した≪スキル偽装≫で、≪集中力弱化Lv2≫の名称をそのように“偽装”したのだ。
狙いは集中力を低下させたうえで動揺を誘い、正常な判断力を奪うことだったのだが、どうやら効果はバッチリのようだ。
なお、本来であればこの策は、先日イレーネさんに説明をした通り≪集中力弱化Lv2≫を≪???≫という名称に偽装する予定だった。
しかし、試合開始直前のあの騒動を見て思いついたのだ。
≪???≫なんて名称より、イレーネさん関係、それこそ≪イレーネの秘密≫といった名称の方が、より動揺を誘えるのでは、と。
そして、どうやらその判断は正しかったようだ。
「おい、ふざけんなっ! このスキルはどんな効果があるんだ!?」
「誰が教えるかよ!」
今のザールの動きは≪敏捷弱化Lv2≫をエンチャントした際よりも、さらに精彩を欠いている。
その証拠に、先ほどまでならヒラリと躱していたはずの攻撃を全て木剣で防いでいた。
(今なら当たるっ!)
俺はザールの胸元目がけ、もっとも防ぐことが困難である攻撃“突き”を繰り出す。
「ぐぅっ!?」
ザールが短いうめき声をもらし、たたらを踏む。
試合が開始されて以降、初めてとなる攻撃がようやく、そして最高の形で直撃した。
木剣の剣先は潰してあるし、レザーアーマーの上からではあったがダメージは充分のはずだ。
この機を逃す手はない。
「とどめえええぇぇぇーーーっ!!」
俺は、前傾姿勢で胸を押さえたままのザールに向け、渾身の一撃を――
「――なんてな」
今まさに降り下ろさんとしていた木剣を途中で止める。
ザールは何が起こったのか分からないといった風に呆気にとられた顔をしていた。
「……は? なんのつもりだ、テメェ?」
「さてね、スキル≪自動HP回復Lv2≫をエンチャントしたから、そのままじっとしてろ」
「なんだとぉ!?」
周囲から『そんなレアスキルまで』と、どよめきが起こる。
「ふ、ふざけんなっ! 情けでもかけたつもりか!?」
「情けなんてかけちゃいない。さっきまで戦いは、いわば前座。自己紹介を兼ねてスキル付与師としての俺と戦ってもらっただけだ」
「はぁ!?」
「どうせ、お前のことだから口で説明したって理解しようとしないだろ? だから、スキル付与師がどんなクラスなのかを身をもって体験してもらったんだよ」
「ふざけやがって……っ!」
「そして、ここからは――」
俺は再び剣を構える。
「――ただの冒険者ソウイチロー・ナルセと戦ってもらう」
「は? ただの冒険者だぁ?」
「そうだ、俺はスキルに頼ることなく強くなりたいんだ。だから稽古をつけてくれよ、“先輩”?」
「――クッ、クハハハハハハハハハハッ!」
戦いのさなかだというのにザールは大声で笑いだす。
ひとしきり笑ったあと、『あ~、胸が痛ぇ』と胸をさすった。
「おい、≪自動HP回復≫のスキルを解除しろ」
「いいのか? まだ全快してないみたいだが……」
「舐めんじゃねぇ、この程度の痛みなんざ、なんのハンデにもなりゃしねーよ、“後輩”」
「……そうか」
言われた通り、ザールにエンチャントしていたスキル≪自動HP回復Lv2≫を解除する。
「さて、それじゃお望み通り、稽古をつけてやろーじゃねぇか。ただし、俺はスパルタだからな、後悔しても知らねーぞ?」
「望むところだ!」
こうして、訓練場に再び俺とザールの剣戟の音が響き渡る。