21 模擬試合①
「ザールと決闘ねぇ、そりゃまた無茶を言い出したもんだわ」
「でしょ!? イレ姉ぇからも何か言ってやってよ!」
あの後、和葉にこっぴどく叱られて探索どころではなくなった俺たちは、街へと帰ってきていた。
そして今は酒場で偶然見かけたイレーネさんに和葉が事情を話し、再び俺が詰問されているところだ。
まったく、本来であれば今日はレベル2になった祝賀会が開かれていたはずであろうに、何故こんなことになってしまったのか。
これも全て奴、ザールもせいである。
「まぁまぁ、ナルセさんも何か考えがあってのことでしょうし……」
「アエリーちゃんは甘いよ! そーちゃんは何でも一人で抱え込むタイプなんだから、放っておくとどんな無茶するか分からないんだからね!」
「あぅ……すみません……」
一人で抱え込むタイプなのはお前も一緒だろ、と心の中でツッこむ。
口に出さないのは、火に油を注ぐ結果になるのが目に見えているからだ。
「で、キミのことだから、ある程度の勝算あってのことだろうとは思うけど、実際のところどんなものなの?」
「そうですね、高めに見積もって、おそらく三割ってとこですかね」
「三割!? なんでそんな勝算の低い勝負を提案しちゃうの、そーちゃんは!」
和葉は『まったく、もー!』とテーブルをバシバシと叩く。
「三割か、決して悪くない数字ね」
「なんで!? 十回やったら七回も負けちゃうんだよ!」
「落ち着きなさい、カズハ。確かに高い数字とは言えないけど、そもそも自分よりレベルの高い前衛職に後衛職が、しかも“剣”で挑もうってのがまずおかしな話で、本来勝ち目なんてあるわけないの」
うん、確かにこうして客観的に聞いてみると、これが如何に無謀な話であるかがよく分かる。
「そう考えると、三割も勝算があるなんて驚きだと思わない?」
「それはそうかもしれないけど……」
「むしろ私は勝算ゼロの状態から、どうやって三割もの勝算をもぎ取るのか、そっちの方に興味が湧いたけどね」
イレーネさんは俺を見て『勿論、教えてくれるのよね?』と、悪戯っぽい微笑を浮かべる。
俺は待ってましたとばかりに口を開いた。
「――とまぁ、こんな感じの作戦で行こうかと考えているんですけど」
「はぁー、よくもまぁそんなこと考えつくもんね」
俺の作戦を聞いたイレーネさんは、呆れた顔で言う。
「どうでしょう、上手くいくと思いますか?」
「さぁね、結局のところ最後にものをいうのは、お互いの地力だからね。ただ――面白そうなことになるのは間違いないでしょうね」
「ハッ、逃げずにやって来たことだけは褒めてやるよ」
決闘当日、俺はギルドの訓練場でザールと対峙していた。
「そーちゃん、がんばれー!」
まだ始まってもいないのに、既にヒートアップ気味の声援を和葉があげる。
無視するのも忍びないので、手をあげて和葉の声援に応えた。
アエリーも何か声援をくれているようだったが、照れがあるせいか声が小さく、残念ながら俺の耳には入ってこなかった。
また、和葉とアエリーの他にも、イレーネさんとクレインさんが応援に駆けつけてきてくれている。
対して、ザールのパーティーメンバーはというと誰一人としてこの場には来ていなかった。
(普通こういう時は、義理だろうが一応パーティーメンバーの応援をしに来るものじゃないのか?)
それが誰一人として来ていないとは……不覚にも少し哀れだと思ってしまった。
ただ、ザールが今回の件を吹聴でもしたのか、周囲にはそれなりの数のギャラリーが集まっている。
『暇人どもめ、ダンジョン探索はどうした』と言ってやりたいところだが、彼らもこの騒ぎを起こした張本人である俺にだけは言われたくはないだろう。
(ま、今回に限っては、ギャラリーが多い方が都合いいんだけどな)
俺は手に持った木剣を握り直す。
当然ながら、決闘といっても真剣を持ち出しての殺し合いをギルドが認めるわけがない。
なので今回の決闘は、あくまでも木剣を使用しての模擬試合という形式で行われることになったのだ。
「はぁ、なんで私がこんなことを……」
ため息をつきながらイレーネさんが俺たちに近づいてくる。
模擬試合の形式をとっているとはいえ今から行うのは、まがりなりにも決闘なのだ。
ならば立会人がいるだろうとのクレインさんの提案により、急遽イレーネさんにお願いすることになったのである。
「それじゃ、一応私が立会人になるけど、勝負はどちらかが降参する、または私が戦闘不能と判断した時点で終了とすること、いいわね?」
「はい」
「ああ、構わねぇよ」
「あと、これはあくまで模擬試合なんだから、過度な危険行為は控えること、特にザール!」
「へーへー、言われなくとも分かってますよ」
「ほんとに分かってんの? あんまり酷いようだと私の権限で強制的に負けにするからね!」
「ったく、うるせー女だな。ま、決闘のルールだなんだってのはさておいてよぉ、寄生野郎、俺は一つ気になってることがあるんだが」
「ん、なんだ?」
『ルールをさておいちゃダメでしょうが!』というイレーネさんのツッコミは無視してザールは言葉を続ける。
「お前が勝った場合の条件は既に決まっているけどよぉ、俺が勝った場合はいったい何をしてくれるんだ?」
そう言って、ザールがニタリと笑う。
そうか、確かにそれは考えていなかった。
ここで適当なことを言ってごねられても困る。
ここは一つ――
「じゃあ、お前が勝った場合は、イレーネさんと一日デートできる権利を得るということでどうだ?」
「ちょっ、キミぃ! 何を勝手に――っ」
イレーネさんの言葉を遮るようにして、突如周囲のギャラリーがドッと盛り上がりを見せる。
「おいおい、イレーネと一日デート出来るってマジかよ!?」
「うぉぉぉっ! ザール、その小僧の相手を俺と変われぇぇぇっ!!」
「ふざけんなっ! イレーネとデートするのは俺だぁ!!」
つい先ほどまで少しざわついている程度だった周囲のギャラリーたちだが、本来俺たちの決闘に興味がなかったはずの人間たちまで取り込んで熱狂し始める。
今や訓練場は俺たちを中心として、興奮の坩堝と化していた。
「凄いな……イレーネさんって、とんでもなくモテるんですねぇ……」
あの容姿に加え、あのスタイル、そして面倒見も良いとくればモテるであろうことは分かっていた。
しかし、まさかここまでとは思ってもいなかった。
「バカなこと言ってないで、キミ、この状況にどうやって収拾つけるのよ……」
「収拾も何も、ザールがこの条件を呑めば、それで試合開始じゃないですか――な、ザール?」
「あ? ああ……しゃ、しゃーねぇな! ほんとならそんな女とデートなんてしたかねぇんだがな! お前がどうしてもって言うなら、それで我慢してやろーじゃねぇか!」
目が泳いでる状態でそんな虚勢を張るザール。
相変わらず、とても分かりやすい男だった。
「ふざけんなぁ! そんなに嫌なら俺と変われぇ!」
「うっせぇ! 外野は引っ込んでろ、バーカ、バーカ!」
ザールと周囲のギャラリーの間で低レベルや争いが繰り広げられる。
(えっと、小学生かな?)
ともあれ、これで全ての条件が整った。
あとは試合開始の合図を待つばかりである。
「はぁ、もう何でもいいや。さっさと初めて、さっさと終わらせるわよ」
「お、じゃあ、そろそろ始めるか」
さすが腐ってもレベル3のファイターということか、戦闘が近いとなれば先ほどまでの飄々とした態度とはうって代わり、身にまとう空気が戦士のそれにかわる。
思わずゴクリと喉をならす。
「二人とも準備はいいわね?」
イレーネさんの問いに俺とザールは頷く。
深呼吸を一つして剣を構える。
「それじゃ――始めっ!」
イレーネさんの合図と共に、戦いの幕が切って落とされた。