20 レベル2
『レベルが2にあがりました』
いつぞや聞いた機械音声のような声が脳内に響き、俺のレベルが上がったことを告げる。
『スキル≪スキル偽装≫を習得しました』
続けてそんなメッセージが告げられる。
俺が『スキル偽装?』と思うのと同時に、和葉が『ちょっと待って!』と声をあげた。
「和葉、もしかしてお前もレベルが……?」
「え、てことは、そーちゃんも?」
和葉の質問に答える代わりに、親指を立ててサムズアップのジェスチャーをとる。
「やったぁぁぁーーーっ!! 二人同時にレベルアップだよ!」
和葉は喜びの声を上げて俺に抱きついてきた。
普段であれば『離れろ』と引き剥がそうとするところだが、今回ばかりはその限りではない。
俺も和葉と一緒になって喜びの声をあげる。
「お二人ともおめでとうございます!」
「ああ、ありがとう! これで目標のレベル10に一歩近づいたぞ!」
当然ながら今まで“レベルアップ”なんて経験したことがない俺たちだ。
このまま戦闘を続けているだけで、本当にレベルなんてものが上がるのかと不安になっていたところに、この突然のレベルアップである。
不安を払拭する意味でも、このレベルアップが持つ意味はとても大きい。
「そーちゃん、レベルが上がったお陰でステータスも上がってるよ!」
「マジか、お前まだ強くなるのかよ!」
冗談を言い合いつつ俺は自分のステータスウインドウを確認する。
確かに各種ステータスがレベル1の時よりも上昇していた。
「あー、あと俺はなんか新しいスキルを習得したらしいぞ」
「ほんとに!? どんなスキルなの?」
「なんか、≪スキル偽装≫って名前らしいが、効果はちょっと確認するから待ってくれ」
そう言ってスキルウインドウを確認する。
するとそこには、確かに今までなかったはずの≪スキル偽装≫という項目が表示されていた。
「えぇと、効果は――自身の持つスキルやエンチャント時のスキル名称を好きに変更できる?」
なんだ、このスキルは?
名称を変更することにいったい何の意味があるというのか。
「変更できるのは名称だけ?」
「そうみたいだな、さすがに効果までは変更できないみたいだ」
俺は少しの間思案するが、このスキルの上手い利用方法が思い付かなかった。
これはもしかすると実用度を度外視した、いわゆる“趣味スキル”というものなのかもしれない。
もし本当にそうであれば、俺は今度こそハズレスキルを引かされたことになる。
「えっと、相手に≪筋力弱化≫をエンチャントしたと思わせておいて、実はエンチャントしたのは≪敏捷弱化≫だった――とかそんな使い方になるのでしょうか……?」
「着眼点は悪くないと思う。でも、人が相手ならともかく、魔物相手にそんなことをして意味があると思うか?」
「あ、そうですね、すみません……」
「別に謝る必要はないが、それよりもだ! 俺がレベル2になったことで、エンチャントできるスキルレベルの上限も2に上がったぞ!」
あと、≪スキル付与≫でエンチャントしたスキルの持続時間が十分から三十分に延長されているのだが、まあ、これは現状ではあまり関係ないだろう。
「あ、それじゃ≪自動MP回復≫の効果がさらに上がるんですね!」
「ふふん、それだけじゃないぞ?」
俺はアエリーにスキル≪魔力制御Lv2≫をエンチャントする。
「これでスキル≪賢者の叡知≫がレベル2になっているはずだ。確認してみてくれ」
「え? あ、ほんとに≪賢者の叡知Lv2≫が発動しています!」
「やはり予想通りだな。ちなみに効果はどうなってる?」
「えっとですね、消費魔力が0.9倍なのは変わっていませんが、魔法威力が2倍から3倍にアップしています!」
2倍から3倍か。
スキル≪魔法威力強化≫は、レベルが1上がるごとに威力増加率が0.2倍ずつ増えていくらしい。
それを考えると、かなり凶悪な増加率と言っていいのではないだろうか。
「うわっ、アエリーちゃんがどんどん反則級の強さになってくよー」
「そんな……私なんてナルセさんの支援あってこそですから……」
「おいおい、そんなこと言ったら俺なんて仲間がいないと何もできないんだぞ」
「そうだよー、私だってアエリーちゃんがいないとジャイアントバットに手が出せないし」
「ま、俺たちはパーティーメンバーなんだ、お互い持ちつ持たれつってことだな」
そうして俺たちは三人で笑いあう。
しかし、それもつかの間、俺たちの歓談は聞き覚えのある声により中断されることとなった。
「――ったく、ダンジョンでバカ騒ぎしてるのは、どこのマヌケどもかと思えば、やっぱりお前らか」
声がした方向を見やると、そこにはいつぞや俺たちに絡んできたザールという男がこちらへと近づいてきていた。
その後方にはザールのパーティーメンバーらしき三人の男たちも見える。
瞬時に和葉が、俺とアエリーを庇うようにして前へと出て、警戒態勢をとる。
「ハッ、相変わらずの寄生ぶりだな? そんな警戒しなくてもダンジョン内で冒険者同士のいざこざはご法度だ。ここじゃ何もしねーよ、ここじゃな?」
そう言ってザールはニヤリと挑発的に笑う。
これではダンジョンの外では俺たちに手を出してくると暗に言っているに等しい。
しかし、次の瞬間――
突如、ザールのパーティーメンバーらしき長身の男が、スパーンとザールの後頭部をはたいた。
「――ってぇな! いきなり何しやがんだ、ガイス!?」
「無用な挑発をするな。お前たちもすまない、連れが迷惑をかけた」
そう言ってガイスと呼ばれた男は俺たちに頭を下げる。
彼は、その精悍な顔付きと鋭い眼光からは想像しにくいが、とても礼儀正しい人物のようだった。
「無用じゃねーよ! 俺はあの寄生野郎をだなぁ――」
「それは俺たちに関係のないことだ。それに、俺には彼がそんなことをするような男には見えないがな」
「そうですよ。いくらイレーネさんに相手してもらえないからって人に当たるのはよくないですよ?」
ガイスさんに同調するように、ウィザードらしき少年がザールを嗜める。
「は、はぁ!? イレーネは関係ねぇだろーが、イレーネはよぉ!」
「はいはい、そう思ってるのはザールさんだけですよ」
「なっ、テメッ――」
「ええと、貴方はナルセさん、でしたよね?」
「ああ、そうだけど……」
「うちのザールさんがご迷惑をおかけして申し訳ありません。この人も根は悪い人じゃないんですよ。ただ、根から上の部分が腐ってるだけなんです」
そう言って、ウィザードの少年は愉快そうに笑う。
ふむ、なかなか上手いことを言う少年だ。
「ぶ、ぶっ殺すぞ、コラァッ!!」
「まぁまぁ、そのくらいにしておきなさい。このままだとそちらのお嬢さん方に我々が“ダンジョンでバカ騒ぎするマヌケ”だと思われてしまいます」
プリーストらしき小太りの中年男性がそう言うと、ザールは『ぐっ!?』と苦虫を噛み潰したような顔をする。
「チッ、興醒めだ。おい、寄生野郎、今日のところは見逃してやるからさっさとどっかに行っちまえ」
ザールはこちらも見ずにシッシッと手を振る。
意外にも他のパーティーメンバーたちは俺に対してそこそこ友好的なようだったが、やはりこの男だけは俺への敵意が剥き出しで隠そうともしない。
しかし、いつまでも寄生野郎呼ばわりというのも腹が立つ。
ここは一つ、前々から考えていた“計画”のために、この男を利用させてもらうとするか。
「――寄生野郎じゃない」
「あ? なんか言ったか?」
「俺の名前はソウイチロー・ナルセだ。覚えておけ」
俺は和葉よりもさらに前へと出て、そうザールに告げる。
「そーかよ。興味ねーな、寄生野郎」
「じゃあ、どうすれば俺の名前を覚えてくれるんだ?」
「はぁ? なんで俺がお前なんかの名前を覚えなきゃいけねーんだよ」
それは、まさに予想通りの答えであった。
この男は、はなから俺の話を聞く気がない。
ならば次に取るべき手段は一つだ。
「ならこんなのはどうだ? 俺とお前が一対一の決闘をして、俺が勝てたら名前を覚えてもらうってのは?」
「そーちゃん!?」
俺の突然の提案に和葉が驚きの声をあげる。
対してザールは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたが、やがて――
「――いいぜ。俺がその腐った性根を叩き直して、二度と冒険者なんて名乗れなくしてやるよ」
ザールは初めて見せる真剣な顔付きでそんなことを言う。
(“腐った性根”――ねぇ?)
先ほどウィザードの少年に、根から上の部分が腐ってると言われたことを引きずっているのだろうか。
「待ってください! ナルセさんは確かレベル1の付与師でしたよね? ザールさんはこんなでもレベル3のファイターですよ? さすがに分が悪いというか……」
「それなら大丈夫。俺はついさっきレベル2になったところだ」
「いや、レベル差の問題じゃなくて、前衛職と後衛職が決闘すること自体が間違いというか……」
「ハッ、こいつから言い出したことだ。そこら辺は百も承知だろうよ。――おい、ガイス! これは売られた喧嘩だ、これなら買っても文句ねぇよな!?」
ザールがそう叫ぶと、ガイスさんはため息をつき『もう知らん。好きにしろ』と呟いた。
この男がパーティーメンバーでは、ガイスさんもさぞかし苦労しているに違いない。
ともあれ、こうして俺とザールは、今日より三日後に決闘を行うことになったのであった。
勿論、この後和葉にこっぴどく叱られるはめになるのだが、それはまた別の話だ。