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18 両手に花

「ベネディアさん、魔石の納品をお願いします」


 俺は中身が魔石でギッシリと詰まっている革袋をベネディアさんに差し出す。


「おや、本日はラヴィオリ様が加入しての初探索だったはずですが、この様子ではうまくいったようですね」

「ええ、彼女はうちのパーティーと相性が良かったみたいで、大活躍してくれましたよ」


 事実、スキル≪賢者の叡知Lv1≫を発動させたアエリーは一騎当千の活躍ぶりをみせてくれた。

 和葉に失礼な話だが、むしろ途中から『もうアエリー、一人だけでいんじゃね?』とさえ思ったほどだ。


 ともかく、今回が初となる三人でのダンジョン探索は大成功に終わったと言っていいだろう。

 その証拠に、魔石が入っている革袋には、いつもの倍以上の魔石が詰められていた。


「ナルセ様がどのような“魔法”を使ってラヴィオリ様を導いたのか、興味の尽きぬところではありますが――」


 『少々お待ちを』と言って、ベネディアさんは俺が納品した魔石の査定を別のギルド職員に依頼する。

 いつもは自分で査定を行うのに珍しいこともあるものだ、などと考えているとベネディアさんは周囲を見渡したあと、小声で俺に話しかけてきた。


「正直に申し上げますと、ナルセ様のパーティーがラヴィオリ様を受け入れて下さってホッとしております。実は彼女には早々に冒険者を諦めさせて、娼婦の道を勧めるようにと上から指示が出ていたのです」

「は? 娼婦?」


 確かにあの容姿にあの体型だ。

 もしアエリーが娼婦になったとすれば、瞬く間に人気が出るであろうことは用意に想像できる。

 しかし、何故それをギルドの人間が指示するんだ?


「お恥ずかしい話なのですが、容姿に優れた女性冒険者が現れると、いつもこういった指示が出るのです。どうもあちらの世界では“元冒険者”という肩書きは一種のステータスになるようで……」

「ま、待ってください。それってギルドと娼館が癒着してるってことですか?」

「残念ながら……ただ、ギルド側としても実力のある冒険者を手放すわけにはいきませんので、タチバナ様のように相応の実力を持った方だとキッパリと断ることも出来るのですが……」

「アエリーの場合はそうではなかったと」


 確かにアエリーの能力では臨時ならともかく、どこかの固定パーティーに加入するには厳しいものがある。

 パーティーが組めないとダンジョンへは行けない。

 そして、ダンジョンへ行けないと稼ぎはないわけで……。


 つまり、もし俺たちがいなかったら、アエリーは今頃娼婦として働いていた可能性もあったというわけか。

 アエリーをそんな目に遭わせることにならなくて本当に良かった。

 その一点だけについてはこの異世界に飛ばされて良かったというべきか。


 というか、今さらっと名前が出てきたが、和葉もそういった対象として見られていたということが驚きだ。


(和葉を娼婦に? ――冗談じゃないっ!!)


 ムカムカと怒りが込み上げてくる。

 もし今後そんなバカげた話を強制される可能性があるのであれば、ギルドの脱退も視野に入れるべきかもしれない。


「ご安心ください。指示が出るといっても強制力のあるものではありませんし、あくまで冒険者として生計をたてることが難しい、または難しくなった方を対象に勧めさせていただいております」


 まるで俺の心を見透かしたかのようにベネディアさんは言う。


「……すみません。顔に出てましたか?」

「ええ、それはもう。タチバナ様もラヴィオリ様も随分と大切に想われているようで、女として羨ましく思います」

「いや、大切とかそんなのじゃないんですけど……」


 俺はベネディアさんの言葉を否定するが、彼女はまるで微笑ましいものを見るような目付きで俺を見るだけだった。


「話は分かりました。でも俺にこんな話をして良かったんですか? これって部外秘の情報なんじゃ……?」


 場の空気に堪えられなくなった俺は話題を変えるべく、気になっていたことを質問する。


「そうですね、ただナルセ様はこのような話を言いふらすような方ではないと信頼しておりますので」


 澄ました顔でそう言うベネディアさん。

 なんだかさっきからからかわれているような気がしないでもないが、先ほどの話が部外秘の情報だということは真実なのだろう。

 最初から言いふらすつもりは無かったが、こう言われたからにはその信頼に応えるのが男というものだ。


「安心してください。ベネディアさんの信頼を裏切るような真似はしませんから」

「はい、期待しております」


 と、丁度そこで魔石の査定が終わったらしいギルド職員が、報酬の入った革袋を持ってくる。

 中身を確認すると、そこにはいつもの倍以上の報酬がギッシリと詰まっていた。


(そうだ、こうやって稼げている内は何も問題ないんだ)


 ダンジョンに潜るのはあくまでレベルを上げるのが目的であって、金を稼ぐのは目的から外れる。

 しかし、今後怪我などで長期間ダンジョン探索を行えなくなる可能性もあることを考えると、やはり貯蓄は多い方がいいだろう。

 そうなると、やはり明日にでも、より稼ぐことができる第二階層へ挑戦してみるのも悪くない。


(一度、和葉たちに相談してみるか)


 そうして、俺は和葉とアエリーが待つ、酒場へと向かうのであった。







「どうしてこうなった……」


 俺たちは初となる三人でのダンジョン探索の成功を祝して、軽い打ち上げを酒場で行っていた。

 当初こそ和やかな雰囲気で行われていた打ち上げだったのだが――


「ちょっと、ナルセさーん! 聞いてるんですかぁ!?」

「あー、うん。聞いてる聞いてる」


 アエリーが二杯目となる木樽ジョッキを飲み干したあたりから様子がおかしくなり始め、今や完全に酔いどれウィザードへとクラスチェンジしてしまっていた。

 しかもこの酔っ払い、俺の右隣に陣取ったうえに俺の右腕にしがみついたまま離れない。

 お陰で柔らかなアレやソレが俺の体に密着している。

 明日は第二階層へ挑戦してみるかどうかの相談を三人でするつもりだったのだが、もはやそれどころではなかった。


「だから私はですねー、ナルセさんにとぉーーーっても感謝してるんですよ!」

「あー、うん。俺もアエリーには感謝してるよ」

「やだもー! ナルセさんってばっ!」


 アエリーはバシバシと俺を叩いてくる。


「痛い、痛いです。アエリーさん」

「そーちゃん、大丈夫?」

「あー、うん。大丈夫だけど……」


 そう心配そうに尋ねてくる和葉といえば、俺の左隣に陣取っており、さらにはアエリーと同じように俺の左腕にしがみついていた。


「というか、なんでお前まで俺にしがみついてんの?」

「んー、特に理由はないけど、しいて言うならそーちゃんの困った顔が可愛いからかな?」

「困ってるのが分かっているなら離してくれ……」


 俺は今、右腕はアエリーに、左腕は和葉に絡め取られており、両腕をいっさい動かせない状態だ、

 いわゆる“両手に花”といった状態で、本来なら喜ぶべきところなのかもしれないが、お陰で周りの視線が痛いことこのうえない。


「両腕とも動かせないお陰で、何も飲めないし食えないんだが……」

「じゃあ、私が食べさせてあげる! 何が食べたい?」

「そこで腕を離すという発想は出ないんだな……」

「腕はねー、アエリーちゃんが離したら一緒に離してあげる」


 そう言って、和葉はさらに体を密着させてくる。


(和葉……こんなに立派になって……)


 アエリーほどではないものの、和葉だってそこそこの“もの”を持っているのだ。

 そろそろ俺の理性は崩壊寸前だった。


「和葉、トイレに行きたいんだ。すまんが、ホントに離してくれ」


 勿論これは嘘だ。

 しかし、こうでも言わないと和葉は離してくれそうにない。

 理性が持たないというのもあるが、ただでさえ周りからの評判が悪い俺なのだ。

 こんなことをしていては、さらに悪評が広まってしまう。


「むー、仕方ないなー」


 企み通り、和葉は素直に腕を離してくれる。

 さて、あとはアエリーだが……。


「アエリー、すまんがトイレに行きたいから離してくれ」

「いやですー! トイレなら一緒に行きましょう!」

「バカなこと言ってないで、ホント離してくれ」

「離しませんーっ!」


 頑なに俺の腕を離すことを拒むアエリー。


(こうなったら仕方ないな……)


 俺は強硬手段に出ることにする。

 さすがに和葉が相手では無理だが、同じ後衛職であるアエリーであれば男である分、俺の方が力が強い。


(すまん、これ以上悪評を広めるわけにはいかないんだ)


 俺は嫌がるアエリーを無理やり引き剥がし席を立とうとする。

 その時――


「ナルセさぁぁぁん! 見捨てないでくださいぃぃぃーーーっ!!」


 酒場中に、そんなアエリーの涙ながらの叫び声が響き渡った。


(あ、これ終わったわ)


 翌日、俺に関する悪評が、さらに広まっていたのは言うまでもない。

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