16 ユニークスキル
「エンチャント、≪消費魔力軽減Lv1≫! ――アエリー、撃て!」
「はい!」
アエリーが手にしたロッドを構える。
すると、その先端部分に取り付けられているオーブが、バチバチと火花を散らし始めた。
「ライトニング――ボルトォォォッ!!」
アエリーが叫ぶのと同時に、ロッドから凄まじい勢いで電撃が放たれる。
その電撃をまともに浴びてしまった四匹の魔物たちは、哀れにも一瞬にして丸焦げになってしまった。
「これは凄いな……」
俺は感嘆の声を漏らす。
この世界に来て初めて“魔法”というものを目にしたが、想像以上の迫力に思わず圧倒されてしまった。
「ホント、ホント! アエリーちゃん、今の凄かったよ!」
「あはは、ありがとうございます」
ただ、先ほどの魔法は≪魔力暴走≫という、威力が五倍、消費も五倍の傍迷惑なスキルを持つ、アエリーだからこその威力なのだろう。
これはクレインさんから聞いた話だが、彼の持つスキル≪魔法威力強化Lv3≫でも1.6倍の増加率しかないらしい。
このことからも彼女が持つスキルのでたらめ具合がうかがえるというものだ。
「でも、せっかくナルセさんに≪消費魔力軽減Lv1≫をエンチャントしてもらったのに、やっぱりあと一発しか撃てないみたいです……」
そう、彼女のネックはまさにそこである。
いくら威力があっても二発しか撃てないのでは、長時間に渡るダンジョン探索へ連れていくには心許ない。
「そこで、もう一つの策の登場ってわけだ。アエリー、新しいスキルをエンチャントするぞ」
「え?」
了承を得る前に俺はアエリーに≪自動MP回復Lv1≫のスキルをエンチャントする。
「ほぁぁぁーーーっ!?」
するとアエリーは変な顔をして奇声をあげた。
「ななな、ナルセさん! このスキルは――っ!?」
「え、名称通りに自動でMP、つまり魔力を回復するスキルだが……何かまずかったか?」
「まずいというか、これ全ウィザード、いえ全魔法職垂涎の的になってるレアスキルですよ!?」
「そ、そうなのか? じゃあ、何が問題なんだ?」
「こんなレアスキルを付与できるなら、なんでメンバー募集の時にもっと全面に押し出して宣伝しなかったんですか!? そうしてれば応募者がこないなんてこと絶対なかったのに!」
普段の様子からは考えられないほどの剣幕で捲し立ててくるアエリー。
仮にアエリーの言う通りにしていた場合、彼女は俺たちのパーティーに加入できないことになってしまうのだが、そこには触れない方がいいのだろうか。
「いや、そのスキルってアエリーが仲間になる直前に創ったやつだから、応募を開始した時はなかったし……」
「なんで最初から創ってないんですか! ナルセさんも魔法職なんですから、魔力の重要性を嫌というほど理解してるでしょ!?」
「……すまん、俺は名目上“付与師”ということになってるが、実際には“スキル付与師”だから魔法職というわけではないんだ」
そう、なので俺は一般的な付与師が使えるような魔法は一切使えない。
そもそも魔力とやらが俺には存在しないのだから。
「魔法職じゃない?」
「ああ、俺のスキルって魔力の消費なしで使えるから、魔力の重要性といわれても、いまいちピンと来ないというか……」
勿論ゲームなどを通じてMP管理の重要性を頭では理解している。
しかし、自身で体感したことがないため≪自動MP回復≫スキルについては、あれば便利だとは思うが、どうしても垂涎の的と言われる程のものとは思えないのだ。
「は? 魔力を消費しない? これだけの効果があるスキルなのに?」
「まあ、そうだな。わりと使い放題だ」
「は、はは……なんですか、それ……」
ガックリと肩を落とし、乾いた笑い声をあげるアエリー。
しかし、次の瞬間ーー
「うぅ……酷いです、あんまりです……」
なんと、アエリーはその場で泣き出してしまった。
「ちょっ、何故泣く!?」
「あー、そーちゃんが女の子泣かしたー」
「わ、私が消費魔力の問題にどれだけっ、頭を悩ませてると思ってるんですかっ……なのに消費ゼロって、使い放題って!」
『いや、そんなこと言われても』と心の中で呟く。
口に出すのは簡単だが、おそらく今は火に油を注ぐ結果にしかならないだろう。
「ナルセさんだけズルイですーっ!」
『うわーーーん』とアエリーは俺の胸をポカポカと叩いてくる。
力は全く込められていないため痛くはないのだが、代わりに何だかいたたまれない気持ちになってきた。
「あー、なんかゴメンな? ほら、アメちゃんあげるから機嫌直してくれ」
俺は小腹が空いた時用に常備している飴玉をアエリーに差し出す。
気軽に食事をとることが出来ないダンジョン内では、こういった糧食の類いはわりと必需品なのだ。
「こ、子供扱いしないでくださいっ! でもください!」
『結局いるのかよ』とまたしても俺は心の中で呟いた。
「さ、先ほどは取り乱してしまって申し訳ありませんでした……」
ひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻したアエリーが、恥ずかしそうにしながらも頭を下げる。
「別に謝る必要ないってば、ね、そーちゃん?」
「そうだな。むしろ俺も和葉も、少し世間ズレしているところがあるから、今後もおかしな点があれば指摘してくれるとありがたい」
「は、はい」
やはり、もともとは別世界の人間である俺たちは、どうしてもこの世界の常識に疎いところがある。
そういった意味でもアエリーのパーティー加入はありがたい話だ。
そうして俺たちは探索を再開する。
当初こそ多少のトラブルがあったものの、その後の探索は絶好調であった。
「エンチャント、≪消費魔力軽減Lv1≫!」
「ライトニングボルトォッ!」
「エンチャント、≪自動MP回復Lv1≫」
以降、これの繰り返しである。
さすがに≪自動MP回復Lv1≫があっても所詮はレベル1の効果なのでアエリーの魔法は連発できるというところまではいかない。
しかし、二匹以内の魔物の相手であれば和葉一人で充分なので、その間アエリーは魔力の回復に専念させることができた。
アエリーの加入で何よりもありがたかったのは、やはり三匹以上の魔物との戦闘時だ。
いくら和葉といえども三匹以上の魔物が相手ともなれば慎重に戦わざるをえない。
それがアエリーの加入のおかげで、今や一瞬でかたが付いてしまうのだ。
これにより二人で戦っていた時よりも効率と安全性がグッと上昇していた。
何より――
「なあ、アエリー。俺こんなに誰かを支援したのって初めてなんだ。俺は今、ようやく自分がスキル付与師なんだってことを実感できた気がするよ」
「奇遇ですね、私も一回の探索でこんなに魔法を使用したのは初めてです。私もようやく人並みのウィザードになれた気がしています」
「そうか」
「はい」
「なあ、アエリー」
「なんでしょう」
俺は少し間を置き、そして――
「俺たちって今、輝いてるよな!」
「はい! とっても輝いています!」
俺とアエリーは、ガシィと熱い握手を交わす。
俺は今、この世界に来て始めて“冒険”をしているような気がした。
「アエリーちゃんばっかりズルいー! そーちゃん、私にも何かエンチャントしてよー」
「そう言われてもな、お前戦闘系のスキルを全部高レベル帯で持ってるだろ」
だからこそ、俺は今まで支援が主体のクラスであるにも関わらず、支援の経験が皆無だったのだ。
「むー」
「拗ねるなよ、今度何かお前にも有用そうなスキルが創れないか考えておくから」
「ホント? じゃあ楽しみにしてるね!」
膨れっ面が一瞬にして笑顔に変わる和葉。
扱いが簡単なのは助かるが、少し面倒な約束をしてしまったかもしれない。
「新スキルといえば、アエリー用にも何か考えておく必要があるな」
「え、今のままでも充分過ぎると思いますが……」
「いや、見たところ、アエリーの魔法はこの階層の魔物に対して威力がありすぎる。そこで、多少威力を落としてでも、消費魔力を落とせるようなスキルを創れたらと思ってな」
強化スキルを弱化スキルで上書きした時のように、≪魔力暴走≫も対照となるスキルで上書きできないかと考えたのだ。
そして俺は≪スキル創造≫を使用する。
(“暴走”の対照となる言葉は“安定”――いや、この場合は“制御”か?)
威力を抑える代わりに消費魔力も抑える。
そんなイメージをもとにして俺は≪魔力制御Lv1≫のスキルを創造した。
効果は、魔法威力が半減する代わりに消費魔力も半減するというものだ。
早速事情をアエリーに説明し、≪魔力制御Lv1≫のスキルをエンチャントする。
まあ、仮にうまくいったとしても、それで魔物を確殺できなくなってしまう可能性だってある。
その場合は、一、二匹の魔物を相手にする時に和葉の援護として使い分ければ――などといったことを考えている時だった。
「あわ、あわわわわわわわわわっ」
突如、アエリーが尋常ではない勢いで震えだす。
「わわっ、アエリーちゃんどしたの!?」
「ままま≪魔力暴走≫スキルが、消えましたっ」
「おお、ということは成功したのか」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
どうやら“上書き現象”はユニークスキルに対しても有効らしい。
「まあ、魔法威力が半減するのは不満かもしれないが、その代わりに手数が――」
「――違うんです!」
「違うって何が?」
「エンチャントしてもらった≪魔力制御Lv1≫スキルもないんです!」
「……は?」
「その代わりにですね……≪賢者の叡知Lv1≫ってスキルが増えてます……」
「はぁぁぁーーーっ!?」
石造りのダンジョン内に俺の叫び声が響き渡る。
この後、俺は自身の≪スキル付与≫について、まだ何も理解していなかったことを知る事となった。