15 アエリー
「そーちゃん、朝だよー!」
「んあ?」
その日の朝、俺は和葉の騒がしい声で起こされるハメになった。
「今日もいい天気だし、絶好の探索日和だよー!」
「いや、ダンジョン潜るのに天気は関係ないだろ……」
まだ完全に目覚めておらず、朦朧とした意識の中であっても律儀にツッコミを忘れない俺。
しかし、だんだんと思考がクリアになっていくにつれ、この状況が不自然であることに気付き始めた。
「部屋には鍵をかけていたはずだが……お前どうやって入ってきた?」
「女将さんに頼んだら合鍵貸してくれたよ?」
『何を当たり前のことを』と言わんばかりに首を傾げる和葉。
(女将さん、気軽に合鍵渡しすぎだろ……)
これじゃプライベートも何もあったもんじゃない。
「そんな細かいこと気にしてないで、早く準備してアエリエールさんに会いに行こうよ!」
「あ、ああ……」
アエリエールがパーティーメンバーとして加入することになったことは昨晩の内に和葉に伝えてあった。
その際は『分かった』と一言呟いただけだったのだが……。
「和葉」
俺は真剣な面持ちで和葉の名を呼ぶ。
「なぁに、そーちゃん?」
「もう、大丈夫なんだな?」
俺の問いに、和葉は少しの間沈黙するが、やがてーー
「うん、もう平気!」
そう言って、少し照れたような表情で笑顔を見せる和葉。
「そうか、でも辛くなったらいつでも言えよ? お前に無理をされて倒れられでもしたら、俺だって困るんだからな」
「うん、ありがとね、そーちゃん」
「よし、それじゃすぐに着替えを済ませるから外で待っててくれ」
「じゃあ、着替えるの手伝ってあげるね!」
「は?」
そう言って、俺の服に手をかける和葉。
「ちょ、別にいいって! え、なにこいつ、力つよっ!? マジでつよっ!!」
俺は脱がされまいと抵抗を試みるが、そんな抵抗も虚しく次々と和葉に服を脱がされていく。
「待って!? 下だけは勘弁して! 今はちょっとまずいんだ! ホント、マジで! 待って、待って! 下だけは勘弁してぇぇぇーーっ!!」
その後、女将さんからさっきの悲鳴はなんだったのかと執拗に問い詰められたが俺は黙秘を貫き通した。
全てを忘れよう……。
人は悲しい思い出を忘れることで前に進むことができる生き物なのだから……。
「は、初めまして、アエリエール・ラヴィオリです……」
「初めまして! カズハ・タチバナです!」
いつもの食堂でアエリエールと合流した俺たちは、朝食をとりつつ和葉とアエリエールの顔合わせを行っていた。
「えっと、名前がアエリエールだから、“アエリー”ちゃんって呼んでもいい? あ、私のことはカズハでいいからね」
「は、はい!」
初めてになる俺以外のパーティーメンバーの加入が嬉しいのか、今日の和葉はテンションが高めだ。
「じゃあ、俺もアエリーって呼ぶことにするか。勿論俺のことも名前で呼んでくれていいからな」
「あの、それはちょっと……」
「ん、何かまずかったか?」
「えと、そういうわけではないんですけど……男の人を名前で呼ぶのは、その、少し恥ずかしいです……」
「そ、そうか。まあ、呼びやすいように呼んでくれればいいから」
「す、すみませんっ」
アエリーは朝から男の服を無理やり脱がすようなどこぞの娘とは違って、とても慎み深い女性だった。
「和葉よ、これがお前に足りていない“慎み深さ”というものだぞ、覚えとけ」
「やだなー、そーちゃん。それくらい私も持ってるよー」
こいつ、ついさっき俺にした仕打ちをもう忘れているというのか。
「ところでアエリーちゃん、その大きな胸、揉ませてもらってもいいかな?」
「え? えぇぇぇっ!?」
「お前、ホントそういうとこだかんなっ!?」
席を立ち、アエリーの近くまでにじり寄る和葉。
「冗談、ですよね……?」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
そう言って、和葉は両手の指先をわきわきと動かす。
「ナ、ナルセさん、助けて……」
「アエリーよ、今更で申し訳ないんだが、俺たちのパーティーに加入するにあたって、一つだけ覚えておいてほしいことがある」
「な、なんですか、急に……?」
「うちのパーティーで一番強いのは間違いなく和葉だ。今日俺も身をもって知ったが、こいつが本気になった場合、俺たちに抵抗する術はない」
「えっと、つまり……?」
「諦めろ」
「そんなぁぁぁーーーっ!?」
「じゃあ、揉ませてもらうねー!」
「いやぁぁぁーーーっ!!」
俺はせめてもの武士の情けとして後を向き、アエリーの痴態を見ないようにしてやる。
「そ、そーちゃん! 凄いよ、これ!? こんなに大きいのにすっごく柔らかい! それに私の手じゃ収まりきらないよっ!?」
背後からはそんな和葉の声とアエリーの喘ぎ声ならぬアエリ声が聞こえてくるが、俺は無視した。
(ふむ、アエリーの“アエリ声”か。自分で言うのもなんだが、なかなか上手いこと言ったな。今度機会があれば広めてみるか)
俺はそんなことを考えつつ嵐が過ぎ去るのを、ただひたすらに待つのであった。
なお、周囲からは男たちの野太い歓声が上がっていた。
「それじゃ、今日も一日がんばろー!」
ダンジョンに来たというのに和葉のテンションはまだ高いままだった。
「アエリーちゃん、改めて今日からよろしくね」
和葉は握手をするために手をアエリーの前に差し出す。
しかし、その手に過敏に反応したアエリーは、その身をサッと俺の背後へと隠すのであった。
「えー、なんで隠れるの?」
「お前、どの面下げて『なんで』とか言ってんの?」
この二人にはパーティーメンバーであると同時に、友達同士にもなってもらいたいのだが、今後の行く末がちょっと不安になってきた俺である。
ホントに大丈夫か、この二人?
「ともかく、隊列は基本通りに和葉が前衛で、俺とアエリーが後衛だ」
「は、はいっ」
「で、今日の作戦だが、三匹以上の魔物と遭遇した場合は、アエリーの攻撃魔法で一掃してもらいたい」
「待ってくださいっ。それだと私、すぐに魔力が尽きてしまう可能性が……」
「大丈夫、策は用意してある。その一つ目がこれだ」
俺はアエリーに≪消費魔力軽減Lv1≫のスキルをエンチャントする。
「な、なんですか、これ! スキルが増えてるっ!?」
「それが俺のスキル、他人にスキルを付与することが可能な≪スキル付与≫の効果だ。まあ、レベル1だから一割程度の軽減しかできないが、それでもないよりはマシだろ?」
「凄い……スキル付与師の噂って本当だったんですね……」
『凄いでしょー』と何故か和葉が得意げに胸を張る。
「策はもう一つ用意しているが、まあそれは後のお楽しみってことで。それじゃ探索を開始しようか」
「おー!」
「はい!」
こうして、三人となってから初となる、俺たちパーティーのダンジョン探索が開始されたのであった。